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第12章:日向彰良 〜素直〜

先生の家のドアベルを鳴らすと、 扉は思ったよりもすぐに開いた。 息を切らしながら手を膝につき 腰を曲げる僕をみて、 先生は、 「どうしたんですか?」 とびっくりした様子だ。 何をどうやって先生に伝えたらよいかなど 考える余裕なく ほぼ勢いで先生の家まできてしまった。 心の準備も言葉の準備も 何もできていない僕は ただただ今心にあるものをそのまま口にするしかない。 「先生は・・・ あの・・・ 先ほどの方とクリスマスを過ごすのですか?」 「え?」 咄嗟にでた質問に 先生はとても困惑しているように見えた。 「あの・・・ 先ほど一緒にいた方と・・」 「・・・日向さん、 とりあえず家に入られますか?」 先生は僕の真意が全く分からぬかのように、 首を傾げながら訊いた。 「いえ、でも・・・先ほどの・・・」 「彼は帰りましたよ。 なんか近所に来ていたみたいで、 前に忘れていった洗顔を とりにきただけです。 ちょうど俺もコンビニに用があったので、 下で待ち合わせして、 一緒に上がってきただけですよ。」 「・・・え?あ・・・そうなんですか。」 僕はなんだか気が抜けて、 息を大きく吸って、大きく吐いた。 そんな安心したような僕を見て 「もしかして妬いてくれたんですか?」 と先生は尋ね、でも即 「なーんて、違うか。」 と冗談っぽく笑った。 「・・・えっと・・・その・・・ はい、その通りです。」 そう素直に答えた僕に、 先生は信じられないように目蓋を大きく開いた。 の反面、 僕は かっこわるい感情を伝えたことが とても恥ずかしくて下を向いた。 だけど先生はそんな僕を優しく包み込むように 「困った人ですねぇ・・・」 と言い、 「座りませんか?」 と自ら上がり框に腰をかけた。 僕が横に座ると、 先生はハッと思い出したように 「そういえば、お見合いは?」 と訊いた。 「爽太をそのまま母に預けて ドタキャンしてしまいました。」 「え?大丈夫なんですか?」 「・・・多分。 その・・・先生と一緒にいた人のことが どうしても気になってしまったのもありますが・・・ 実は・・・爽太から後押しされて・・・。」 「爽太君が?」 「爽太が、新しいママよりも、 これからも 先生を含めて3人で 一緒にいたいと言ってくれて。 どこまで理解しているのかは分かりませんが。」 「・・・そうですか。」 「だから、僕も爽太を言い訳にするのはやめて 先生の交友関係に嫉妬するくらいなら 自分の気持ちに正直になりたいと思って・・・。 もし先生がまだ僕と恋愛をしたいと思ってくれているのなら、 今更遅いかもしれないですが・・・ 僕も先生と恋愛がしてみたいです。 幼い子を持つシングルファザーとして それは正しいのか分かりませんし いつか後悔するかもしれません。 爽太に、幻滅される時もくるかもしれませんが、 もしもそうなったら、 その時に一緒に考えてくれませんか?」 「日向さん・・・。」 先生は、動揺しているように僕の名前を発した後、 少し間を置き、 そのまま震えた口元で続けた。 「この3週間、 俺は日向さんのことを 何度も諦めようとしました。 だけど、そう簡単にはいかなくて、 前のような誰とでも気軽な関係を築くような生活には なかなか戻れませんでした。 日向さんと爽太君と家の前で会ったり、 壁から二人の声が漏れてくるたびに もう引っ越した方がいいかな・・・なんて思ったりも。」 「・・・」 先生が苦しそうに 話すたびに、 僕も苦しくなった。 先生はあれからの日々を きっと僕以上に苦しんだのかもしれない。 低く声を揺らす 先生の顔を見ると、 目には涙が溜まっていて、 今にも溢れ落ちそうだった。 「爽太君の将来のことを考えたら あの時日向さんの選択した答えは正しいとは 頭では理解をしたので 俺は、食い下がることが出来なかった。 だけど、本当は 心では こうやって言ってくれることを願っていて・・・ だから、すごく嬉しいです。」 そう言った後に、 先生の目に溜まっていた涙は頬を伝った。 元々眉目秀麗な先生は 泣いた顔ですら、 とても雰囲気がある。 僕は電車で爽太が拭ってくれたように 先生の涙を指先で拭うと、 そのままその艶っぽさに引き寄せられるように 先生の血色の良い唇に唇を重ねた。 すると先生は 僕の大胆な行動を受け入れるように 優しく口付けを返した。 そして温かい手で 未だ外気で冷えていた僕の頬に触れ、 瞳をまっすぐ見つめながら、 「日向さんも爽太君も 後悔させないくらい俺は 二人を大切にしていきます。」 と伝えてくれた。 「僕も 3人で頑張っていきたいです。」 僕は一度結婚に失敗しているし、 そもそもあまり自分に自信もないので このような言葉しか返せなかったが、 先生はそんな僕の心もちゃんと受け止め、 今まで見た中で一番の笑顔で 僕を抱き寄せた。 温かい。 心が通い合うことは なんて満たされることなのだろう。 僕も自分の腕を先生の背中に回した。 この時間がずっと続けばいいと 思えるような瞬間。 その充実感に浸るように しばらくの間 そのまま 互いの温もりを感じていた。 その後僕たちは寝室に流れ込むわけでもなく 近くのスーパーやモールを巡って 爽太が望んでいた3人での クリスマスパーティーの準備をした。 「日向さんは、ローストビーフ派ですか? チキン派ですか?」 「チキンですかね。」 「これくらいならサッと作れそうだけど、 まぁ、いいか・・・」 今日は時間がないということで 食べ物は 出来合いのものにしようと決め、 それでもそれを悔しそうに選ぶ 先生がとても可愛く見えた。 買い物が終わり、僕の家に二人で帰ると、 「そういえば、ツリーは飾っていないんですか?」 とリビングルームを見渡し先生は残念そうに訊いた。 「あるはあるんですけど、 なかなかそんな気分になれなくて 今年はいいや、って。」 「せっかくなんで組み立てましょう!」 爽太を迎えに行こうと思っていた時間まで あと1時間ほどあり 先生が楽しそうにそういうので、 僕はクローゼットの奥の方にしまっていた 160cmほどの 組み立て式クリスマスツリーを取り出した。 二人でせっせと組み立てていると、 今までこんなことですら全て 元妻に任せきりだったことを思い出す。 恋人にしろ、夫婦にしろ、家族にしろ、 本来は紙切れや、肩書きだけではなくて、 日々このような小さなことでも 協力しながら 絆を深めていくものなのかもしれない。 先生と一緒に ああだこうだ言いながら ライトやオーナメントなどを つけていたらあっというまに1時間がすぎ 僕は爽太を迎えに行くことにした。 先生は残って準備の続きをしてくれると言うので、 僕は合鍵を渡して家を出た。 爽太を迎えに行くと、 20分ほど母から説教されたが 最後にはもう勝手にしなさいと 言われて爽太を引き取った。 帰りの電車で爽太に 「先生が家で待っているよ」 と言うと ここ最近見なかったような 嬉しそうな顔で 喜んでいた。 そんな姿を見せてくれると、 先のことは読めないけれど 今の爽太にとって 僕がやっと出来たこの選択は 間違えではなかったのかもしれないと 思える。 「ただいま」 「ただいま」 電気のついた家に戻ると、 爽太は一目散にリビングルームにいた先生に抱きつき そしてその後ろで ライトアップされたクリスマスツリーを見て はしゃいでいた。 「おかえりなさい。」 「ただいまー!!!  ツリー!先生が出してくれたの?」 「パパと二人で組み立てたんだよ。」 「綺麗!!」 ツリーをキラキラした目で眺める爽太の横で先生は、 「出して正解でしたね。」 と俺に微笑んだ。 「そうですね。」 僕たちは互いに惹かれ合っているけれど それ以前に 爽太の笑顔が何よりも大切だということを 共有出来ていることが 心から幸せだと思った。 ダイニングテーブルには 僕が爽太を迎えに行っている間に 先生が買ったものを綺麗に並べてくれていた。 ローストチキン、 ポテトサラダ、 生ハムの盛り合わせ、 クリスマスケーキとして買ったブッシュドノエル・・・ そして、なんと 僕がちょうど食べたいと思っていた クリームパスタがあった。 「今日は楽《らく》しましょうって言ったじゃないですか。」 と僕が驚いた顔で言うと 「ちょうどメッセージのやり取りをみていて、 これを食べた時の日向さんの満足げな顔が 思い浮かんで、 作りたくなって。」 と、僕へのサプライズが成功したように 得意そうな顔で言った。 輸入食品を取り扱っている店で 先生が奮発してくれたボルドー産の赤ワインと ぶどうジュースで乾杯をした。 爽太は終始楽しそうに ぺちゃくちゃとたくさん喋っていた。 夕飯もケーキも食べ終えた後は、 お腹も心も満たされたように 3人でソファーの上でごろんと まったりした。 爽太は先生の膝の上に乗って、 先生と今日もお風呂に入りたいと甘えた。 隣に住んでいると言うことは本当に便利で、 一旦帰って準備をし、 また爽太を風呂に入れてくれることになった。 前と同じように 先生は爽太を風呂に入れ、 その後僕が入っている間に クリスマスの本で 寝かしつけをしてくれてた。 爽太が寝たのを二人で確認すると、 僕は用意していた クリスマスプレゼントを ツリーの下に置き、 先生も、先生で 爽太へのプレゼントを用意してくれていたようで それも一緒に並べた。 とりあえず爽太のためのパーティーは これで終了し、 僕たちは パジャマ姿でソファーに戻り、 残った赤ワインで再び乾杯をした。

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