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プロローグ・哀れな男の顛末
首都へと向かう馬の上で、ヴィクターは、どこまでも続く寂寥とした大地を眺める。生まれて初めて見た故郷以外の景色も、物悲しさを助長するだけで、沈んだ気持ちを癒してはくれない。
男が好き。
そんな、自分にとっては当たり前の本心を、ヴィクターは誰からも隠して生きてきた。
ヴィクターの生まれ育った辺境の狭い村で、周りを取り囲む人々は、そんな本心を明かしてはならない人種の人々だと、判っていたからだ。
小さな村では、子供も大人も、全てが村全体を運用するための労働力であり、集団の運営から少しでも外れた者は迫害される。牧歌的に見えるのは、仲間外れを作って、残りの人々で団結しているからだ。
そんな中でヴィクターは、屈強な男が好きだという、まさに恰好の「仲間外れ」の属性を持って生まれてきた。毎日が息苦しくて、こんな場所で一生を終えるのは嫌だと、小さな頃から感じていた。
それでもひとつだけ、故郷への未練があったのだ。昨日までは。
「お前なら良い騎士になれるって。努力家だし、剣技もここら辺で一番だし」
そんなことを言ってくれた親友に。
「俺、お前のことがずっと……好きだった」
決死の思いで伝えた。村を出る最後の日だった。
返事を貰える自信はなかったから、逃げるようにその場を去った。伝えられた事だけに満足して、想い出だけを抱えて、この地を離れようと思ったのだ。
しかし神様は、そんな微温い結末を許してはくれなかった。最後の日まで家族にこき使われて水を汲みに行って、親友の家の横を通過した時。
「俺…ヴィクターの奴に告られたんだよ……」
自分の名前が、聞き慣れた声で聴こえてきて、つい足を止めてしまった。口調から友人と話しているのだと分かる。
「え?それでどうしたんだよ」
その先を聞いてはいけないと思うのに、足が縫い付けられたように動けなかった。
要するに、一縷の望みを捨てられていなかったのだ。なんとも未練がましい。
周りの音が全て消えて、親友の言葉だけに集中が研ぎ澄まされる。あいつは一体、なんて──
「俺は友達って思ってたのに、向こうはそうじゃなかったってことだろ?それって……」
「キツい」
「……!」
この上なく短い言葉。それが答えだった。
足元にぽっかりと、穴が空いたような気がした。深い深い穴。立っている場所があやふやになり、視界が暗くなる。
「ははっお前、ひでー」
「いや〜でも実際自分だったらキツいべ?」
嘲笑が親友とその友人の間に交わされる。聞きたくない言葉の一つ一つが、心に入り込んでいく。
「……っ!」
胸を抱いて、声を抑えるのに必死だった。
目が酷く熱を持って、沸騰しそうな涙が、瞳を離れてまっすぐ地面に落ちて行った。
なぜ俺は悲しんでいるんだろう。そんな資格はないのに。
なぜ期待したのだろう。そんな望みは初めからなかったのに。
「お前の銀の髪、綺麗で好きだな」
もっとずっと昔に、何気なく言われたことを、未練がましく覚えていた。髪はいつも伸ばしていた。
家に戻ると衝動的に、ナイフで髪を切り落とした。夕陽を浴びて透明になった髪が地面に散らばってきらきら光った。まるで泣いているようだった。
それが俺の無様な失恋の顛末であり、生まれた村との訣別だった。
しかし、明日からは違う。昔から只管に打ち込んできた剣技を遠征に来た騎士の一人に見初められ、首都の騎士見習いとして召し抱えて貰えることになったのだ。
しばらくは正式な登用ではないが、結果次第では国直属である白馬騎士団で指揮官級の高い地位も望めるらしい。
生まれてこの方持ったことのなかった「野望」と呼ぶべきものは、傷ついた心を癒してくれるのかもしれない。希望とも言えないぼんやりとした予想で心を誤魔化しながら、馬を走らせる。
兵舎を囲む都市の白い壁が、遠くから見えてきていた。
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