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第三話・ユージン編
初日の訓練はさんざんだった。
正式入団のためには、自分の力を余すことなく見せつけなければならない。そんな力みが、全てにおいて空回りしていた。
原因の一つはこの剣だ。騎士団の紋章が刻まれたそれは、今まで握ってきた剣より、ずっと重い。
目の前の標的を一息に薙ぎ切る。ヴィクターをスカウトしてくれた騎士の前でも見せた技だったが、今日はそのことごとくが不発だった。
「ぐ、……ああぁっ!!!」
もう五度目の挑戦。斬りつけた剣はしかし、藁で出来た標的に浅い傷を付けるだけで、全く切り落とすには至らない。
後ろで黙って見ているユージンは、きっと失望しているに違いない。出来ると言っていたことが出来ないのだから、嘘をついているも同然だ。
とにかくもう一度構えの体勢に入ろうとして、
「君はちょっと筋肉が足りないな」
「……っ、」
ユージンがはじめて声を出した。
短く、ぐうの音も出ない指摘に、胸が痛む。このままでは、早々に見捨てられてしまう。そんな恐れが心を埋め尽くす。
強ばるヴィクターの肩を、しかしユージンは優しく叩いた。
「いや、新入りとしては十分だよ。でも、騎士としてはまだまだ」
そう言うとユージンは、剣を握るヴィクターの腕の間に自分の腕を差し込み、補助するようにぴったりと触れた。
「……!?」
「見かけの太さだけではない。全体のバランスや、筋肉の質も重要になってくるんだ」
ユージンの身体が近すぎて、別の意味で心臓が跳ねる。腕が優しく包み込まれていて、何より顔が、顔が近い。
「あの、あまり触りすぎないでください」
「苦手か?」
「そういうわけでは、無いのですが」
じろじろ見てはいけない。ドキドキしてはいけない。しかし上手くやらなくてはならない。
さまざまな緊張と困惑が入り混じり、混沌と化したヴィクターの思考を、
「安心して」
ユージンの一言が切り裂いた。
その言葉で不思議と、しかし驚くほどに、心が軽くなった。重なったユージンの身体を、素直に受け入れる。
そのまま二人で剣を構え──斬る。
「……やった!」
喜びに声をあげた。目の前には真っ二つに切り裂かれた巻藁の胴体が転がっている。
「出来ました!」
はしゃぎながらユージンの方を振り向いた──
と思った時には、ユージンの手が頭を撫でていた。
「え、ぇ………っ?」
「先程の剣、私はほとんど力を入れてなかったよ。申し分ない実力だ。改めて歓迎するよ、ヴィクターくん」
ユージンの優しい視線が、また余すことなくヴィクターに注がれる。
恋愛対象としての魅力を抜きにしても、ユージンは好ましい人間だった。むしろ接した人間に、「この人には嫌われたくない」と思わせるなにかを、ユージンは持ち合わせていた。
「お疲れ様。よかったら今日は、私の部屋でお酒でも飲まないか?」
「はい!是非!」
願ってもない誘いを、ヴィクターは二つ返事にOKした。
その時はまさかあんなことになるなんて、思っても見なかった。
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