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第四話・ユージン編
ユージンから飲みの誘いを受けた。
当然、承諾した。
これから世話になる先輩と、円滑にコミュニケーションを取っておくためだ。そう言い訳しつつ、ヴィクターは心が弾むのを抑えられなかった。
緊張で醜態を見せても、嫌な顔をせず助けてくれた。それどころか、的確にフォローしてくれた。今日の出来事だけでも、ユージンが信頼に値する先輩であると感じるには、十分だった。
父のいないヴィクターにとっても、父性と感じられるような優しい笑顔。まっすぐに相手を見つめるブラウンの瞳。
ついでに撫でられた頭の感触まで思い出してしまい、すぐに振り払う。
(違う、これは恋愛感情じゃない)
そうであってはならない。
教えてもらったユージンの部屋の前で、小さく息を吐く。服は、失礼でない程度に緩く。故郷の手土産を持って。よし、OK。
「失礼します」
満を辞して部屋の扉を開ける。
しかしヴィクターを出迎えたのは、少しばかり困ったようなユージンの顔だった。
「……本当に来たんだな」
「はい?」
「そうだね……君は辺境の出身だと言っていたし、こういう感じで普通なのかな…素直なのはかわいらしいけれど」
「?」
何やらぶつぶつと言っているユージンの顔を、何が何やら分からず見つめる。
想像通りのリアクションでないのは確かだったが、その顔に相変わらず拒絶や否定の色は見られない。
ではなぜユージンは困った様子で眉を曲げているのだろうかと、ヴィクターは疑問に思う。
扉を背にして玄関に立ち尽くしていると、ユージンの顔がずい、と近づけられた。
「あのな。会ったばかりの男の部屋に、一人でのこのこ上がってきてはいけないよ」
その表情には少しばかり圧力が籠っている。
「特に君はとても、容姿が整っているからな」
「はぁ」
何故急に容姿を褒められたのだろうか、やはりヴィクターには訳が分からない。
ユージンはヴィクターの顔を暫し見つめ、その表情をじっくり検分した後で、意を決したようにため息をついた。
「ヴィクター君」
「はい」
「今日も君はたくさんの女性達の目線を集めていたが、何もそれは、女性に限らないと言うことだよ」
諭すような言葉の途中で、ユージンのたくましい手がヴィクターの顎をぐい、と持ち上げる。
白い肌に親指が触れたかと思うと、その指はじっくりスライドして顔を撫ではじめた。
こそばゆい感覚に、ヴィクターの背筋がぴく、と震える。
「しっかりとした顎。意志の強そうな眉毛。きりっと切長の瞳に、細いくちびる。そういった男性らしさも、ここでは男性からの性愛の対象になることが珍しくない」
「……!?……???…………?」
ヴィクターの心臓が早鐘をつく。優しく肌を這う指が、柔く唇に食い込まされる。その手つきは、昼に手を握ってくれたものとも、撫でてくれたものとも異なる。
「あの、ユージン、様……?」
ヴィクターは、覆い被さるように視線の上にある、ユージンの顔を見上げた。悩ましげな眉と、優しい瞳の奥にある鋭い眼光。
目の前の顔が、上官のものから、何か違った色に変化しているのを、やっと理解する。
「ユージン、さま……」
おそるおそる、回された手に触れようとした瞬間。
ぱ──とユージンの身体は離れた。
「まあ体格は、ここではもう少し屈強になって貰わないと困るな」
「え?」
「これも教えの一つだよ」
ユージンが肩をぽんぽん、と叩く。
「敵の部屋に入る時は気をつけた方がいい。たとえ同性でも、何を考えているか分からんぞ。飲み物もな」
事態を理解できないうちに、いつのまにかユージンの顔は元の先輩の顔に戻っていた。
「やっぱり、今日は酒はやめておこう」
ユージンは自分で持っていたホットワインのカップを、脇に置く。ジュースでも出すからおいで、と招く手に、ヴィクターは素直に従うことはできなかった。
(なんだそれ。……なんだそれ。)
「どうした?」
「……ユージン様は…、俺が襲われそうだって……襲いたいって、思いましたか……?」
「……それは、誘っているように聞こえてしまうよ」
再び近づいてきた顔に、ヴィクターはごくりと唾を飲み、覚悟を決める。ユージンが脇に置いたカップを手に取り、飲み干した。
かあっと喉が熱くなり、その熱が身体に広がってゆく。
「さ、誘ってます……」
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