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第五話・ユージン編

「誘ってます……っ」 口をついて出たヴィクターの言葉。数秒遅れて、ヴィクターは自分の発した言葉の意味に気付いた。 「って、え……?」 とんでもないことを言ってしまった気がして、狼狽する。にわかに回り出した酒に、ぐるぐると脳内が揺れる。 「……っ、すみません、帰ります!」 思わず、踵を返して扉に身体を向ける。ただでさえ目まぐるしい環境の変化に翻弄されていたのだ。動揺していた。妙な事を口走ったとすればそのせいだ。 「ヴィクター、」 「忘れてください!俺、こんなこと言うつもりなくて、……貴方にまで、嫌われたくないのに……っ」 「嫌いになんてならないよ」 後悔に震える指を、昼と同じ手が包んでいた。 「……落ち着いて、ゆっくり話してくれる?」 ♡ 部屋に通され、コップ一杯の冷水を飲まされる。身体は温まっていたが、頭の熱はいくらか引いた。 こんな時でもこの人は、話を聞いてくれる。そのことに安心して、ヴィクターはゆっくりと閉ざしていた記憶に触れる。 「自分は……、おれは、小さい頃から、自分より屈強な男の人が好きで…それを、隠して……」 「うん」 「親友にも告白して……振られて、だからもうそういうの、辞めようって思って、ここに来て」 「そっか」 「でも、一度でいいからしてみたいことが、あって」 「だ、抱かれてみたい……」 おそるおそるヴィクターが顔を上げると、目の前の男の雰囲気はまた、切り替わっていた。 「引きました、か?」 「いや…これが俺だけに対する口説き文句なら良かったのにな、と」 「君は魅力的だから、他の奴らにも惹かれてしまうのは惜しい」 「…!」 ──慣れているのだろう。しかしだからこそ、委ねられるかもしれない。 「初めてが私でいいのかい?」 「駄目でしょうか」 「……俺は嬉しいよ。とても」 再び近づいてきた顔が、キスの催促だと気付く前に、唇をこじ開けられた。 「んむっ」 ワインの味が唾液に溶け込んで、薄く広がってゆく。 「ん………、ふっ………」 それがヴィクターの、生まれて初めてのキスだった。

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