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第七話・ユージン編※

「は、はー……、はぁ」 潤滑油越しに指が入ってくる感覚で、ヴィクターは息を詰まらせた。 一から十まで未知の感覚に、意図せずとも身体が強張ってしまう。ただ、蕩けるほど丁寧に、愛おしげに愛撫を続けられているせいか、苦しさは感じずに済んでいることが救いだった。 辛くないかと確認する声に、都度頷いて答える。挿入されている指は、今は二本らしい。 「じゃあ少し、触り方を変えるね」 「は、い……」 出てきた声が思っていたよりも情けなくて、ヴィクターは少し可笑しくなった。状況が気恥ずかしくて自分がどういう声を出せば良いのか分からないし、かと言ってはっきりと返事をするのも違う気がする。 ──そんな事を考える余裕が、この時のヴィクターにはあった。 ぐちゅ、ぐちゅ、とユージンの指が、もしくはヴィクターの秘部が濡れた音を響かせる。 (ん、なに、これ……) 徐々に、しかし確実に、先ほどまでとは違う反応が身体に生まれているのを、ヴィクターは感じとっていた。 「ん……ふ……」 優しいままの筈の指の動きがだんだんと堪らなくなって、腹の奥がじんじんと発熱する。酒の火照りが戻ってきたのか、それとももっと別の原因なのか。 不思議な顔をするヴィクターを見透かすように、ユージンは微笑んだ。 「ここをゆっくり開発してくと、お尻で気持ちよくなれるんだよ」 熱くなってゆく場所に集中を奪われるせいなのか、ヴィクターはこくこくと頷くことしか出来ない。その様子を見て、ユージンはさらに満足げにしてから、空いている方の手を下腹へと伸ばした。 「こっちも触ろうな」 「!」 突然、ぬるりと性器を包む指の感覚。自然と腰が引ける。当然ながら、他人に触られ、扱いてもらった経験などヴィクターにはない。 「ぁ、……あっ、あ、だめ……っ」 案の定、ヴィクターに与えられたのは、これまで感じたことのない強い快感だった。手を動かされるたび、声が口にした側からとろけて、うまく言葉にならない。自分でする行為とは訳が違う。予測できないと言うことがこんなにも、気持ちがいいなんて。 ヴィクターは、空いた両腕で顔を覆い隠す。 「どうして顔を隠すの」 「いま、っ、とても、酷いかおを……ッ!ゔっ、ぁ、あっ♡」 見られたくない。格好いいこの人に見せたくない。ヴィクターは身を捩ってさらに顔を覆う。 ──きっと今、俺はひどく不細工だ。気持ち良すぎて、自分の体なのにまるで制御が効かない。 それなのに。 「見せて」 そう言って白い腕を掴むユージンの力は、強くはないものの頑なだった。抵抗もそこそこに、顔の前に組んだ手はほどかれてしまう。 「ぅ、っあ、お嫌いにならないで、ください……」 ヴィクターは恐れていた。ただでさえ、想いを寄せていた友人に最悪の形で否を突きつけられたばかりであったし、ユージンに好意を抱き始めている今、失望されたくないと言う思いはさらに高まっていた。 そんな恐れなど知らないとでも言いたげに、ユージンは顔を寄せて笑う。 「とても可愛い。恥ずかしがってるのも」 「……ぅ、え……?」 ヴィクターは困った顔を上へ向けた。 相手の言う可愛い、というのが先程からヴィクターにはよく分からない。分からないが、どこか心地良いような気もする。許されたのだから、今はそれで、いいのだろう。ヴィクターの心のどこかで、張り詰めた緊張の糸がまた一つ解けていく。 「もっとぐずぐずに溶けて。情交とは、そういうものだ。怖かったら、俺の手を掴んでおいて」 命綱だと思って、と付け加え、ユージンが指を交互に絡ませる。 今やヴィクターには、言う通りにする、ぐらいしか思いつかなかった。現に、手を繋いでいることは、何かにしがみつけるようで安心感がある。命綱というのも言い得て妙かもしれない。 「ん……、はぁ、はぁ……っ、ぁ……」 繋いだことで塞がったユージンの片手の代わりに、ヴィクターが自身のそれを扱く。他人に触られるよりかはいくらかコントロールが効く筈なのに、侵入したユージンの指から与えられる快感が加速度的に高まっていて、全く楽になどなっていない。 「こえ……っ、がまん、できない……ぃ、」 「沢山聞かせてくれ」 「ぅあ……っ♡、ぁ、あっ……っ」 求めるままに声をあげると、ヴィクターは、自分が自分でなくなるような感覚がする。 これまでの人生で一度も手放さなかったもの──理性と呼ぶべきものを、会ったばかりの人間の前で曝け出している。今すぐに殺されてもおかしくない無防備さを、嬉しく感じている。 (イキそう……) こみあげる感覚にヴィクターが思わず握った手の力を強くすると、応えるように握り返された。押し寄せる未知の感覚の奔流の中で、繋いだ手は無性に心強く感じる。 「ぅあ……っ、あんっ、ん……っ」 「かわいいよ、ヴィクター、かわいい」 「あ、ぁ──っ」 じわりと汗ばんだ腹筋の上に、ヴィクターは白濁を散らした。 「は……はぁ……、はぁ……」 (なにこれ……、幸福感、すごい……) 目を閉じるなりベッドへぱったりと倒れるヴィクターの身体。 「今日はここまで。ゆっくり慣らしていこうね」 額に落とされた感触が唇だと気付くよりも先に、ヴィクターは深い眠りへと落ちて行った。

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