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第14話 アーサー・出会い

 四方に聳え立つ白い砦に見下ろされ、ヴィクターは剣を振っていた。 「やあぁぁぁっ!」  剣は日に日に鋭さを増し、その紅い目に宿る光も輝きを増しつつある。そんなある日の朝の出来事だった。    剣を振るヴィクターの視界に、ふと影が映り込む。 「よぉ」 「?」  声をかけてきたのは男だった。ヴィクターは剣を降ろし、そちらへ向き直る。  ひょろりとした男だ。体格としては、ヴィクターと同じくらいの身長で、より筋肉が少ない、と言ったところだろうか。僅かに猫背気味の姿勢が細身な印象を助長している。 しかしヴィクターの目に留まったのはそこではなかった。 (碧い、目……?) ヴィクターの視力は良い方だ。男が着用している視力矯正用の魔法機械の奥に、ちらちらと光るものがあるのが気になった。赤い目は珍しいとはいえ故郷にも居ないことはないが、碧い瞳の人間がいるとは聞いたこともない。目を凝らして確認しようとするが、機械のせいでよくわからなかった。 「お前がもう一人の新入りか」  顔を顰めていたヴィクターに対し、男はぶっきらぼうな口調で投げかける。どうやら自分と同じ白馬騎士団の新入りであるらしいことを、ヴィクターは察した。 「ヴィクターだ」  同僚となれば怪しい者ではないはずだ。ヴィクターは姿勢を正し名前を明かし、片手を差し出す。  しかし、返事の代わりに寄越されたのは、頭からつま先まで見定める様な視線だった。 「……?」 「お前、スカウトでやって来たらしいな」 「それがどうした」 「はっ、実力はどんなもんだかな。その白い肌、本当に戦ったことあるのか?」  あからさまな挑発だったが、ヴィクターは気にしない。元より好戦的な性格ではなかった。そもそも、挑発とも思っていない。侮辱や罵倒は黙って聞くのが彼の生き方だ。 「話は少しだけ聞いている。必要なら教官の元へ案内しよう」  握手のため上げていた片手を下ろし、ヴィクターは朴訥とした口調で言い放った。 「チッ」  男が唇を歪め、不快感を露わにする。さらに言葉を紡ぐ。 「ああ、教官ね。昨日会ったけどさぁ」 「あまり強そうじゃなかったな。ユージン、だっけ?あんまり頭を使えるように見えねぇ」  それを聞いた時、ヴィクターの表情にほんの少し変化が生じる。それは、初めての感情だった。  尊敬する人を軽んじられると、こうも腹が立つものか。 「お前もあまり、剣士らしい風貌には見えないが」  結果的にいえばそれは、ヴィクターの人生で初めての挑発だった。もっとも、本人にとっては全く無自覚で、素直な感想程度のもので、アーサーにはそう聞こえたというのにすぎない。 「あ?」  眉間に皺を寄せたアーサーとの間で、視線がかちりと交わり合う。涼やかな朝の空気に、相応しくない緊迫感が横たわる。  その緊張の水面へ小石を投げかけるように、アーサーは右手に着けていた白い手袋をヴィクターの足元へ放った。  相手の不可解な行為に、ヴィクターが眼鏡の男の方へ怪訝な瞳を向けて問い返す。 「?」 「良いだろう?鎧なし、剣は模造、今なら教官の目もなしだ」  手袋を放ること──即ち、決闘の申し込み。その作法を知らなかったヴィクターも、僅かな言葉と相手の態度で理解した。  互いの返答は構えだった。 次の瞬間、二つの点が跳ねた。 はじめに驚いたのは、新入りの──不審者の男の方である。 (早い!?) それだけで、ヴィクターには確信が持てた。力とスピード、この点はこちらが上手らしい。 いける。 ヴィクターは自信と、それに見合う覚悟を持って一歩踏み込む。 実際、ヴィクターの読みは間違っていなかった。 急速に体重を移動し、振り下ろす。こちらの動きには、なんの妨害も間違いもない。ただ、これから思い切り横っ面を殴られる男にしては違和感のある表情だというだけで── (あ、また輝いた) 「こら!」 子供を叱責するような言葉が朝の空間に響いて、二人の動きが止まった。正確に言えば、動いていたのはヴィクターだけで、ぴたりと止まったのもヴィクターの方だった。 「すみません!」 ヴィクターが姿勢を正し、ユージンへ向き直る。決闘の作法など知らないヴィクターにとって、今のは単なる私闘である。褒められるはずもないのは分かっている。 「君たち、いったい何が……」  何から説明したものかと口を開こうとしたヴィクターを、別の声が遮った。 「……スミマセン!俺が喧嘩売りました!」 「えっ」  男が謝っている。腰をしっかりと曲げて、綺麗な所作で、丁寧な口調で。先ほどまでの慇懃無礼な調子はどこへ行ったのかと、ヴィクターはちょっと面食らった。 「そうなのか?ヴィクター」 「いえ、私も承知で受けましたから……」 「悪かったな。騎士団の雰囲気が想像と違ったもんでちょっとピリついてたんだ」 男はカラッとした態度で顔をあげ、やはり洗練された仕草でこちらに手を差し出してきた。素直に受け取ると、ぎゅっと握る手の力で応えられる。 「俺はアーサー、お前の同期だ。改めてよろしく」 「ああ、俺はヴィクター」 「……まあ、円満に解決したのならよかった。私闘はそう少くもないことだ、今回は不問にしよう」 「ありがとうございます」  ヴィクターが深々と頭を下げる。 「フッ」 その時横の男──アーサーの口角が持ち上がったのを、ヴィクターは見逃さなかった。

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