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第2話

「此処が、我々の根城です」  そう言ってメリさんに連れてこられたのは、裏路地にあるなんて事ないビルだった。 「根城? って何?」 「……はぁ。今日から貴方は此処で生活をするんですよ。まずは、リリ様にご挨拶を」  メリさんが深い溜息を吐いて、俺の肩を掴んで中に入る。 「居住区は三階から。地下から二階は店です」 「店?」 「……店は店ですよ」  どうやら、説明する気はあんまないみたい。  メリさん、俺の事多分嫌いなんだろうなぁ。  あんま喋った事ないけど、俺は人間だし、メリさんにとっては普通に飯が喋ってるって感じなんだろう。吸血鬼と人間の関係性って、これが正しいんだろうな。多分、ヘムさんとリリさんが例外なだけ。  あの二人は、自分以外は人間人外全て同じだと思える強さがあるから、ランキング作る必要がないんだよね。  そう考えると、メリさんは俺みたいな普通の人に近い感性を持っていると言うことになる。  ちょっと親近感だな。  ま、俺、嫌われてるけどね! 「リリ様、ハチ様を連れて来ました」  メリさんは扉を叩いて声を出す。  常識あるー! 俺の中ではめっちゃ感動。  ヘムさんもリリさんも、前の家では俺がトイレに入ってようが風呂に入ってようが何してようが勝手に扉を開けるタイプだったし。  あれ、やだよな。  地味に色々削られる。座敷牢でもそんな文化ないけど、テレビ観てたらそれダメだってことぐらいわかるからね? 「入れ」  あ、リリさんの声がする。  と言う事は、ここがリリさんの部屋か。 「失礼します」 「やあ、ハチ君。よく来たね」  扉を開けると、裸のリリさんがベッドの上に座っていた。  あれ? 何か、外からみたビルよりも部屋めっちゃ広い気がするけど、気のせいか? ま、いっか。この人達に普通なんてないわけだし。 「あ、リリさん! おはよー!」  俺、女の人の裸初めて見たけど、本当にチンコ付いてないんだ。すげぇー。 「し、失礼いたしましたっ! ハチ様も、何をしているのですかっ! 早く出ていますよっ!」 「え? 何で?」  慌てるメリさんに驚きながら、俺は首を横に倒す。  なんかあったん? 「リリ様がお召し物を召してないでしょうが!」 「服着てないって事? 駄目なことなん?」  ヘムさんも服着てない事多いよ?  本人が寒くないならいいんじゃないの? 「はは。そうだぞ、メリ。気にするなよ。今更だろ?」 「ハチ様の目に毒ですっ!」  俺? 毒かな? サキュバスの裸見ると死ぬん? 「ハチ君は気にしてないだろ。それに、見せて困る様なもんでもないだろ。商売道具だ。どうだ。美しいだろ? ハチ君」 「え? うん。綺麗だと思うよ? ホテルで生活してるヘムさんみたい!」  肌綺麗だし。  フルチンで堂々歩き回ってるヘムさんもこんな感じだし。  種族違っても、なんかこの二人似てるんだよなぁ。 「……服を着るから少し待っててくれ」 「え!? 何で!?」 「私は服を着る文化がある文化人だと言う事を思い出した。野生の原始脳クソゴリラと同一に見られるのは些か心外だと言う事だ」 「ゴリラ……」  褒めたのにー!? 「……少しは役に立ちますね、貴方」 「あ、ありがと?」  え? これ、褒められたん? 俺。 「さて、待たせたな。ハチ君、ヘムがこちらに戻る迄の間、君はこの私の庇護下に入ることになった。暫くは此処で過ごす事になる」 「うん。ヘムさんから話聞いてるよ。よろしくお願いしますっ!」  俺はガバッと頭を下げる。  土下座の方が良かったか? 挨拶とか、よく分からん。 「はは。私と君の間だ。そんなに畏まるな。と、言いたいところだけどね。ここは私の店でもある。悪いが、君をお客人として迎える事は些かここのルールでは出来なくてね。此処にいると言う事は、何かしら仕事をしなければならない。君には、此処にいる間住み込みで働いてもらう。勿論、お賃金は発生するので安心してくれ」 「おちんちん?」  え? 何だって? 「君のそう言うところ嫌いじゃないな。でも、誰も食事の話はしてないよ。賃金。つまり、働いた報酬を金で払うって事さ。ま、短期バイトだと思ってくれ」 「バイト!?」  つまり、俺はここで……。 「人生初のバイト出来るって事!? 凄くない!?」  やったー! 「ノリいいね。好きだよ。君のそう言うところ」 「ありがとー! バイトって何すんの? 何すればいい? 今から? 今からすぐ?」 「落ち着いて。まずは説明からだ。主な仕事は隣にいるメリの補助だ」 「はっ!? リリ様、足手纏いはいらないですよっ!? 僕は一人でも……」 「メリは黙ってろ。私が話してるだろ?」  一瞬、リリさんの鋭い口調に空気が物理的にぐっと寒くて重くなる。  あ、何かの力ってやつか? これ。プレッシャーがかかる様にしてんのかな。 「最近人が辞めてしまってな。メリの仕事が増えてしまった。それを助けてやってほしい」 「喜んで! て、言いたいけど、リリさん。俺多分メリさんの言う通りすげぇ足手纏いになるよ。働くの初めてだし、一般常識もそんなにないし、わかる文字もそんなに多くない。頭使わない体動かす事なら、多分それなりに出来るけど、メリさんの格好見る限りだとそうでもないでしょ? それ、メリさんの負担にならん?」  メリさんの格好はスーツだし、着崩してない。  うちの実家もそうだったけど、体動かす奴と頭使う奴の服は違ってた。  メリさんの服装は明らかに頭使う奴の服装。  仕事の合間に抜けてきたって言っても、ピシッとしてるし、それがいい証拠だよね。  多分今の俺がすぐ出来る仕事は無いと思う。 「……ハチ君は意外に頭が良いな。確かに、君の言う通りだ。だが、メリもいい加減仕事を覚える必要がある」 「僕は既に仕事を完璧に覚えていますが?」 「その仕事を他人に引き継ぐノウハウの話をしているんだよ。私は。いい機会だ。どうせ、ハチ君は此処が嫌になっても辛くても、ヘムが戻ってくるまでは此処にいるしかない。中途に逃げ出せないならハチ君で色々と試してみろ」 「つまり、俺が実験台って事?」 「そうだよ。中々骨が折れる仕事だが、見合うだけの金は払うつもりさ。どうだろ? 不満かい?」  んー。  そう言われると、さ。 「別に? それが仕事ならなんでもいいかな。でも、多分野生の犬に芸を仕込むみたいなもんだから、何の参考にもならんかも。それに、俺普通の人間だから吸血鬼やサキュバスが出来る事、何も出来んよ。それでもリリさんはいいの?」  リリさんはメリさんの事が好きだって言ってたし。  無駄になる事させるのは、ちょっとリリさんの好感度下がっちゃわない? 「大丈夫。仕事は人間でも出来る事だからね。それに、私のメリは馬鹿じゃない。出来が悪い奴から仕込めば何かと教え方に応用が効くだろう」 「それなら、俺は文句ないよ。頑張って仕事覚えるので、よろしくお願いします!」  メリさんにペコリと頭を下げる。 「メリはどうだ? 文句は?」 「……リリ様が決めた事なら文句は言いませんよ。人間なんかとは、心底嫌ですがね」  それ、文句じゃね?  俺の事睨んでるし、本当嫌いなんだな。  分かりやすくて、ちょっと居心地いい。  普通、腹の中なんて隠す奴の方が多いのに。  メリさん、何か俺が知ってる人間みがちょっとあって好きかもしない。  ヘムさんとは違う方面でこれはこれで安心する。 「なら、二人とも仲良く仕事してくれ。後、ここには五人のサキュバスが住んでいる。彼女達の食事の用意もハチ君、君の仕事だ。料理の腕は上がっただろ?」 「料理させてくれんの? うん! 任せてよ!」 「はは。期待しているよ。じゃ、後はメリに任せる。パパの新しい彼女だからと言って手を抜くなよ?」 「……認めていないので、ご心配なく」  パパ? 彼女?  誰だろ?  でも、めっちゃ嫌な顔するなー。嫌いなんだな。ま、俺も父親嫌いだし気持ちは分る。  俺はメリさんに促されてペコリと頭をまた下げると部屋を出た。 「と言うわけで、貴方には私の仕事を覚えてもらいますが……、出来る事は?」 「これと言って、本当にないです……」  申し訳なさ過ぎない? 「略歴は?」 「略歴?」 「貴方が生まれてきて、やってた事を簡潔に話して」 「生まれてこの方、座敷牢に閉じ込められて神様の受け皿って言う商売道具やってました。ただ信者の人に体に触られるだけで他はなんもやってないです。その後はヘムさんに犬として飼われてました。そこで簡単な文字と料理の作り方は覚えました。犬の真似なら出来ます」 「……チッ」  舌打ち!?  ま、そうなるよな。クソみたいな話だし。 「パソコンは?」 「触った事ないです。テレビなら電源とチャンネル変えることできます」 「チッ」  二回目!  いや、自分でもどうかと思うから別にいいけど。 「電話も?」 「電話も、ないです」 「はぁ……。いいです。一から教えます。その代わり……」 「出来なかったらビンタ?」 「何でそう原始的な発想に?」 「いや、ヘムさんに犬っぽくなかったらビンタされるってのを繰り返してたもので」 「……あの人は何してんだ」  それには同意だけど。 「厳しく行きますからと言いたかっただけです。まず、服を着替えて。スエットで生活出来るとは思わないでください」 「うっす」 「返事ははい」 「はいっ!」 「次に、私の仕事は主にリリ様や他の従業員の予約管理とリリ様が抱えている店の管理になります。この本店以外には私以外に店長が居るので私達の出番はそれ程多くないですが、仕事が全くないわけではないです。ハチ様はまず今日中にパソコンの使い方、パソコンを使った予約管理方法、この店の大まかな流れを覚えていていただきます。よろしいですね?」 「はいっ!」 「まずはスケジュールについて、これは着替えながら話しましょう。貴方、服のサイズは?」 「服、買った事ないのでわかんないです……」 「……取り敢えず、服を合わせる所からしましょうか」  そう言うと、ついて来いとばかりにカツカツと靴を慣らしてメリさんは先に進んでいく。  呆れてるなら仕方がないか。  でも、メリさんめっちゃ真面目なんだな。キビキビしてて、カッコいい!  でも、ヘムさんやリリさんと居ると、胃に穴が空きそうなタイプだ。  ま、多分俺もその一人になりそうだけどさ。 「今日からバイトで入ったハチです。よろしくお願いしまーす!」  黒いカッターシャツを腕捲りした俺が、興味津々に食堂に集まった人達に頭を下げる。  結局、合うサイズは無かった。一番下でもちょっとブカい。仕方が無しに、スーツの上は撤退。腕捲りを許容され、下のスーツのパンツも二折で妥協。  ヘムさんもメリさんも足長いもん。同じ生物じゃないもん。仕方がないよな。こればっかりは。 「可愛いー。人間?」 「はい。人間っす!」  食堂に集まってるのは五人のサキュバス。  今日からこの人達とご飯を食べる事になる。  一人で飯食わないのは純粋に嬉しい。ホテルでは俺が作る必要なかったし。ちょっと不満だったんだよねー。だって、料理が少し好きになってきたんだもん。 「匂いが美味しそうな童貞君だっ!」 「そうっす!」  童貞非処女です!  てか、匂いでわかるの? ヤバない? サキュバス。 「こらこら、君達。ハチ君はバイトで入ったんだ。客じゃない。精子くれとか言い出すなよ?」 「リリ様ー!」  後ろを振り向くと、リリさんが立っていた。  あれ? いつの間に? てか、いつの間にかメリさん居ないし。 「食べちゃダメなんですか?」 「ダメだよ。いくら美味しそうでもね」 「ちぇー。少しぐらい味見したいのに」 「ダメダメ。私の首が物理的に飛ぶよ。彼は、ヘムロックのだから」  そう言って、リリさんが俺の頭を撫ぜる。 「ヘムロック様の!?」 「え!? どう言う事!?」  ヘムさん、こんな所でも顔効くのか。凄いな。 「俺、ヘムさんの犬なんです。だから、お姉さん達に食べられるとヘムさん怒るからダメなんだ」  何だ、この説明。自分でも、ん? ってなるし。  こんなんで納得する人いなくない? 「そっか。ヘムロック様のじゃ駄目だね」 「ヘムロック様のじゃね」 「あー。少し味見したかったの残念」  納得してるー!  すげぇな、ヘムさん。こんなクソみたいな説明でも納得してもらえるのかよ。 「はいはい! あの、ヘムロック様と身体の関係あるんですか!?」  すごい事、聞くね。  あ、でもサキュバスなら普通なのか? んー。よくわからんくなってくるな。  しかし、流石に、正直に言ったらヤバいのか?  ヘムロックと言えば最強的な感じだし、夜の王? だっけ? 何かそんな感じで呼ばれてるし、そうなると威厳とかも必要になるじゃん?  俺なんかとセックスしてるとかバレたら、そう言うの崩れちゃわない?  ヘムロック、マジがったりだわ〜。とか、言われちゃわない?  が。俺犬だからなー。そう言うの関係ないからなー! 「あります」  どうせ匂いでもバレるだろうし、言っちゃダメとか言われてないし、ま、いっか! 「口にヘムロック様の精子、口で受けた事ありますか?」 「あります」  何だこの質問。答えるけどさ。 「羨ましい!」 「一口でいいから分けて欲しいっ」 「リリ様っ! ハチさんの口内味わうのもダメですか!? ヘムロック様の精子、間接的にも味わいたいですっ!」 「はぁ……。良い訳ないだろ。世界中のサキュバスの命がかかってんだ。我慢しなさい」  ヘムさん人気過ぎん?  どんだけあの人の精子人気あるんだよ。人間にとったら高級和菓子店の菓子みたいなもんかな?  でも、美味しくないし、有り難み全然わからん。飲めと言われわれるから飲むだけで、出して良いなら出すよ。普通に。あんなもん。 「どうした? ハチ君」 「いや、ヘムさん人気だなって思って」 「勘違いするな。ヘムが人気な訳がないだろ。ヘムの精子が人気なんだ。あのヘムが人に好かれるとか薄寒いだろ。サキュバスにとってはあの底知れない力の精子が格別に美味いのさ」 「……俺、上手くみんなご飯作れるか心配になってきた」 「私が教えたんだから自信持てよ」 「いや、そうじゃなくて。人間とサキュバスの味覚って違うのかなって今思ってさ。俺はあの苦くて嫌な味嫌いだし。サキュバスの人達の舌を納得させれるか心配で……」  味覚が多分違うのかなぁ。そうなると、俺の作ったご飯美味しいと思える味付けじゃないと思うんだよなぁ。 「あはは。面白い事気にするな、君は。精子は我等サキュバスの力の、いや。生命の源だ。精子を食べて我々は力に変える。だから、美味いと思う構造をしているんだ。だけど、ご飯は別だよ。私達は本来、飯を食わんでも生きていける。しかし、そうなると体を維持する為に力を使わなければならない。力が枯渇すると、サキュバスは死ぬんだ。そこは吸血鬼も一緒だな。だから、無駄な力を使わないように飯を食べる。人間と一緒。体を維持する為に飯を食べるんだ。だから、人間の飯も美味いと思うよ? そこに種族の隔たりはないからね」 「一緒?」 「そ。私のご飯、美味いと言ってくれた君と同じだよ。だから気にせずに腕を振るってくれ」  そう言って、リリさんが笑った。  そう言うもんなの? ヘムさんもパン食べるし、そう言うもんなのかな。  何かさ、不思議なんだけど、俺こう言うの滅茶苦茶嬉しいんだよね。  俺、一人だけ人間じゃん。勿論、俺以外に人間の方が多分多いと思うよ。けど、俺の周りにヘムさんやリリさんしか居ないわけだし。  人間ってだけで種族が違うから一人疎外感って奴? 感じちゃってたんだよね。  サキュバスは精子を食べるし、吸血鬼は血を啜る。  人間の俺はご飯しか食べない。  その違いって、結構凄いと思うわけよ。  同じ食卓につけない。俺の皿だけ、二人と違う。  何だろう。  寂しいのかな。一人だけ、これってのが。  けどさ、そこは人間と一緒だと言ってもらえるとさ、俺だけじゃないんだって嬉しくなんの。  あは。自分でも何言ってるかよく分かんねぇな。  ま、一緒って言葉が嬉しいだけかも。だって、俺、一生普通の人間じゃん? 一緒じゃないもん。仲間外れって、寂しくない? 「分かった! じゃ、めっちゃ美味い炒飯作るから待っててよ! お姉さん達も待っててね!」 「はは。ハードル上げるねぇ」 「もちっ!」  だってさ。  美味しいもの食べて欲しいじゃん?  だって、一緒のもん食べれるんだからさ。

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