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第6話

「俺、客引きパンダだったから、人の視線って結構分かるんだよ。あ、こいつ、疑ってるなって視線は特に」  あの後、結局何事もなかった。  でも、多分、あのままずっと突っ立ていただけなら、声を掛けられていたと思う。  車に戻り、シートベルトを締めながら俺はため息をついた。 「少しでも怪しいなって思ってる奴の視線は、探る様に見てくる。頭の先から足の爪先まで。どっかに嘘がないかを探してる。目が、証拠を見せろと言ってるみたいに。だから、適当な役柄を当てはめりゃ大抵は納得して帰ってくのも知ってる。適当な役割を付けて、興味を失くさせるのが一番効果的なのを俺は一番知ってる」  座敷牢の向こうは、いつもそんな世界だった。  当たり前だ。  いきなり神の受け皿。高い金払って、こんな餓鬼の体を泣きながら、喚きながら触る。そんな異質な世界に疑わない奴なんて居ない。  俺だって、一人でもそんな奴はいなくなれって思うよ。  けど、人が減ると飯が減る。  目に見えて、減っていく。  客寄せパンダが客を寄せ付けないとなると、存在価値がないからだ。  そんな役立たずに出す飯は無いらしい。 「だから、あんなやり方したけど……、怒ってますよね……?」  メリさんを見れば、ブスッとした顔で携帯を見ている。  あー。もー。どんな言い訳してもダメ? 許されん?  ちょっとぐらい役に立ったと思ったけど、ダメだった? そんな事しなくても、メリさんなら何とかなった? だよねー!  俺も今冷静に考えたらそうだと思うー! 「む、無駄な事してごめんなしゃい……」 「別に怒ってないです。勝手に人のこと決めるのやめてもらっていいですか?」 「え? 怒ってないん?」 「助けてもらったのは僕の方でしょう。怒る筋合いはありませんよ」  でも、めっちゃ気に入らないって顔はすんのね! 「顔、めっちゃ怒ってるんですが……?」 「写真送ってるんですよ。僕、あの人が嫌いなので」 「え? ヘムさん?」 「ええ。ヘム様、嫌いなんです」 「へー」  ま、多分ヘムさんの事好きな人の方が少ない気がするけど。あの自分勝手さ滅茶苦茶さを配慮すると、さ。  基本的に、合う人間いないでしょ? あ、吸血鬼か。 「あの人の事、好きな人いんの?」 「……貴方ぐらいじゃないですか?」 「俺だけかー」  ま、好きとか分からんけど。あの自分勝手に救われた側の人間だしね。  嫌いじゃないよ。多分、殺されるまで、これは変わらんだろうな。 「メリさん、リリさんの事好き?」 「嫌いです」  あ。  これは、結構本気なトーンだな。 「ただいま」 「おかえりなさーい」 「いい子にしてたか? 子犬たち」 「ワーン。めっちゃいい子にしてたよ」 「それは良かった」 「リリさんはお腹いっぱいになった?」 「4P如きで腹は膨れんさ。だが、まあまあだな。悪くは無かった」  そう言ってリリさんは舌を出す。  異次元の会話である。 「そっか。あ、なら、俺のお菓子食べる?」 「有難う。貰おうかな」 「メリさんもいる?」 「要らないです」  ですよねー。 「リリ様、報告ですが魔取を見かけました」 「魔取? 最近多いな。何処か問題でも起きてるのか?」 「いえ。そんな話は聞いてないですね」 「ふむ……。此方に聞いてない問題が起きていたら、随分と面倒くさいな」 「ええ。僕ではどうしようもないので、リリ様から問い合わせますか?」 「いや、下手にエンカウントすれば随分とまた面倒くさい。ヘムがまた何かやらかしてるだけならいいが……」 「え? ヘムさん何かあんの?」  突然自分の飼い主の名前に、思わず顔をあげる。  本人居ないのに悪目立ち過ぎじゃね? 「ヘムは魔取と相性が悪いからな」 「え? ヘムさん負けんの?」 「そう言う相性じゃない。魔取側の話だ。あいつが人間に協力するわけないだろ? と言うか、協調性のカケラもない男だ。クソだぞ? マジで。勝手に人の血は吸うわ、勝手に殺すわ、勝手に暴れるわで昔から碌な事がない」 「……想像がつく」  のが悲しい。  だって、飼い主だし……。 「でも、魔取って人間なんだよね?」 「大方ね。人間が私達の様な人外を取り締まってる」 「強いん?」 「人によるよ。日本とか神様がバックに付いてる集団もいるぐらいだしね。事と場合によっては、八百万の神々御本人が重い腰を上げてくる」 「え!? リリさんの達ヤバくない? やっつけられちゃわない?」 「それは無いね。神如きで私を殺すのは無理だ。それに、私は模範人外だしね。ハチ君。何故、この世界の人間は人外の存在を知らないと思うかい?」 「え? 存在は知ってない? 昔話とかに出てくるじゃん?」 「そうだね。でも、現代の人間は信じてないだろ? かつての君みたいに」 「そりゃ……、見た事なかったし?」  神様も人外も、見た事がない。 「そう。私達は人間に紛れて暮らし居ている。言い換えれば、人間に遠慮して暮らしているんだ。でも、我々は人よりも強い。人に怯えるには、強すぎる。殺そうと思えば食餌で殺せる。メリは血を全て吸えば。私達は全ての生気を吸い尽くせば。人は死ぬ。なのに、だ。さて、何故だと思う?」  何故、か。  確かに不思議だったんだよね。  だって、俺達はリリさん達にとって餌でしかない。でも、リリさんもメリさんも人間のふりをして生きてる。あのヘムさんでさえ。 「分かんない。ちょっと俺も不思議だったけど、リリさん達が人間に遠慮する理由がなくない? 人間だって、家畜に遠慮して暮らしてないよ?」 「人間という立場にしては随分と言うね。けど、考え方は正しい」 「……貴方の考え方だと、僕達が人間の世話をしなければ成り立たないですよ」 「人間を飼う……って事? そうだよね。飼えばいいじゃん。繁殖させれば、好きに食えるよ?」 「ま、中にはそう言う奴もいるさね。が、我々もね、暇じゃないんだよ。人間を飼って繁殖させるには長年安定した場所が必要だ。が、私達にそんな場所と時間はない。それに、人間はある程度の知恵がある。勝手に安全な場所で繁殖してくれるリターンと、我々に反旗を翻すリスクがね」  ん?  反旗?  つまり、人間側がリリさん達に喧嘩を仕掛けるって事だよな?  それが、リスクなのか? リリさん達の方が強そうに見えるけど……。 「そうなると、リリさん達が人間に負けるって事?」 「違う違う。負けないさ。ただ、一瞬で終わる。そのリスクが酷く痛い。私達サキュバスもメリ達吸血鬼も、態々人を殺す必要がないだろ? 生きてる範囲で体液を貰えればそれでいい。しかし、こちらと戦うとなると話は違う。我々は、自分達に歯向かう者には容赦はしない。出来ない。そう言う法則があるんだ。すると、一瞬で、家畜が死ぬ。完全なロストだ。一瞬で餌が全て死に絶えるのは、困るんだよ。種も血も、畑も。何もかもが無くなるのはね」 「あー……」  成る程。  家畜が大量に死ぬと畜産業が困るって奴か。ニュースで見たな。  反旗か。人間が飼ってる家畜にはそれがないな。  言われてみれば、確かに。 「勿論、人外の中には下級と呼ばれる弱い奴らがいる。そう言う奴らは、体液を啜るだけじゃ力に変換できないんだ。変換できる機関が弱いから。また、変換できる量も少ない。奴らは死体や魂を直接食うしか生きる術がないから殺すしかないが、知恵があれば、人間に混じって暮らしお零れをもらう事さえ可能だ。そもそも、人外だって餌は何も人間達だけじゃない。豚だろうが牛だろうが、犬だろうが、人外だろうが、自分が食えるもんを持ってる奴が、いや。生きてるもの全てが餌だ。しかし、人を餌にする利点も勿論ある。人は力の変換がいい……、ま、人間に例えば吸収がいい食材なんだ。だから、人外は人を狙う事も少なくない」 「それはつまり……人間で言う、野菜みたいな?」 「野菜と言うか、栄養サプリか?」 「人間で何でも例えようとしない方が正しいと思いますけど」  いや、でも玉ねぎとかみたいなもんなんでしょ? 体に良いみたいな。 「んー。つまり、人間を殺さなきゃいけなくなるから人間に遠慮してるって事? 殺しちゃうと、人間減るから、そう言うことが起きない様に? 何か、繋がんなくない?」 「おや、ハチ君は頭がいいな。そうだ。実はそれだけじゃない。そこに仲介役の魔取が出てくるんだよ」 「魔取は、人間側が人外を取り締まる機関のことを指します。退魔師、エクソシストなど様々な名はありますが、彼らは様々な力を使い、我々を殺してくる」 「でも、人間なんでしょ? 吸血鬼とかサキュバスが殺せるの?」 「殺せるさ。中には、人間かどうか疑いたくなる程の化け物もいる。しかし、そう言う奴らでも、ヘムロックが出てきたらどうしようもない。正真正銘の化け物前には、人間は人間でしかないからね。ま、ヘムだけじゃなく私クラスでもダメだ。しかし、ヘムは置いておいて、私クラスの化け物は少ないわけじゃない。王の名を持ってる奴等はそれなりにいる。そこで、人間側、と言うか魔取だな。魔取は我々に取引を持ちかけた。人間を守る為に私達の存在を人間に隠したい、とね」 「え? 何で?」  わざわざ人間側がそれ提案するの?  何の得があんの? 「人間側にも色々いるだろ? 霊感が強い奴や弱い奴。全てが全て、人外が見える訳じゃない。見えない奴の方が圧倒的に多いんだ。そう言う鴨を彼等は餌に金を毟る仕事もしてるのさ」 「詐欺じゃん!」  え!? いいの!? 同じ人間なのに!?  そう言うこと、しちゃうの!? 「ま、彼等にも金はいるからね。人として暮らすには、人間も人外も金がいるんだよ。彼等とて、無償で人を守る為に私たちと命を賭けてやり合うなんて嫌だろ? しかし、金を貰おうにも、私達が見えない奴らに何で説明するんだい?」 「……ちょっと気になったんだけど、リリさん達見えんの? 俺、普通に見えるんだけど、選ばれし者なん?」 「まあ、ヘムには選ばれてる可哀想な子ではあるけど、君は……何もないと思うよ? 精子貰えればそれなりに調べれるが、くれるのかい?」 「いや、いいや。話がややこしくなるのだけは理解できるから」  ヘムさんがそんな事を許すほど面倒くさくない人なわけがないもん。  知ってたー。 「俺、何も無くてもリリさん達見てるよ?」 「それなりに力がある人外は、ね。けど、力のない低級クラスだと普通の人には見えない。それを悪霊と呼ぶのか、呪いと呼ぶか、魑魅魍魎と呼ぶのかは君たち人間それぞれだけど。魔取は何も私達吸血鬼やサキュバスを退治するだけじゃない。彼等の主な仕事は低級も低級のクラスの排除だ。奴等には、先程あげた死体を食らったり魂を喰らうしか自分達が生きながらえる方法がない。だから、食う為殺す。人と犬の違いもわからん。しかし、舌はあるからな。飯が美味い方を食う。それだけだ。知恵がなければ私達だって襲うさ。そんな奴から命懸けで人を守っても人はどう感謝をしろと? 先程挙げたが、我々は別に殺さなくとも食事はできる。我々の様に見える奴らを彼等が退治する事なんて稀だけどね。そうなると、見える我々の存在は最早魔取にとっては邪魔でしかないんだよ。人を殺さない我々は特に。人外は普通の人には見えない。その常識が、彼等の詐欺には必要なのさ」 「難しい問題だな……。でもさ、それ人間側の問題でしょ? リリさん達は関係なくない? 従う必要ないじゃん。逆に縛りになっちゃわない?」    好きな時に好きなだけ。自由気ままで気分を生きれる強者が従う必要なんてどこにもないだろ。 「話を戻すが、我々は体液……、いや。はっきり言えば生気と呼ばれるものか。生気が欲しいんだよ。生き物は生きている限り、生気を作って生きていく。それは動物も人もだ。だからね、我々も人には死んで欲しくないんだよ。昔はそんな事はなかったが、今は人が勢い良く減って行くからね。困っているんだ。我々の世界は常に争い滅びている。いつだって、平和じゃない。常に、戦わなきゃいけない。そうなると、効率よく力が欲しい。そこに人は不可欠な存在なのさ。同じ人外が食事のために人を殺しましたってのを笑って見過ごせる訳がない。我々は生きる為に、人を増やし殺さない様にしなければならないって事だ。そうなると、魔取の取引は悪い話じゃない。寧ろ、我々が食を繋げるためにしなければならない人間の管理等を彼等が率先してやってくれる事になる。だから、多くの王達はその要求を飲んだのさ」 「ヘムさんも?」 「あれも。ま、あれは餌云々よりも否定派に嫌いな奴がいたから嫌がらせでこっちに付いてるだけだな」 「嫌われるはずだわ……」  性格、悪。   「が、文句を言わないだけで、別に魔取との取引に応じてる訳ではない。気分一つで全てをぶち壊すことに長けた奴だからね。かと言って、排除するべくヘムをぶち殺せる奴なんて文字通り誰もいない。しかし、魔取は我々人外の問題行動を無視できない制約がある。と言ってもヘムには喧嘩売ることが出来ないから大抵は、ヘムを探して監視って事で落ち着くんだが、今回ヘムなんかしてるのか?」 「えー? 最近はずっと俺と一緒にいたよ? ホテル出てもコンビニとかで買い物ぐらいしかしてなかったし」 「そんな事では魔取は動きませんよ」  だよね。  本当何もしてないもん。 「先日のジジイをぶち殺したのは?」 「影の世界は魔取は干渉できませんし、チェスタロス卿の件で人間側はヘム様に感謝はあっても監視の責はないのでは?」 「他の案件か……。面倒くさいな。メリ、明日以降の予約を四日分キャンセルしてくれ。ただし、店に来られる客なら店で対応する」 「わかりました」 「何があったの?」 「外で魔取と会うのにはリスクがある」 「殺しちゃうとか?」 「穏やかじゃないね。でも、違うよ。うちには可愛い秘密の囚われのプリンセスがいるからね。それが見つかると、拗れるのさ。それが面倒くさい。人間を殺してるわけじゃないんだが、彼等にそれを無視できるだけの技量は無さそうだしね」 「ふーん?」  何そのプリンセスって。そう言いたかっけどさ。  明らかにメリさんが不機嫌そうな顔に変わってるし、ここで会話を終わらせた方が無難なんたよなあ。  それにしても、人間と人外。種族が違うだけってのに、めんどくせぇの! 「寝る部屋、いるんですか?」 「え。ないの?」  今日はここで解散だと、事務所で言われて俺は立ち尽くす。 「人間、寝るっ! 寝る所、いるっ! 俺、人間! 寝る所、いるっ!」  吸血鬼だって、ベッド使うじゃーん! 使ってるの、毎日見てるからね!? 「おや。用意してなかったのか?」 「はい。寝る部屋までは」 「他のサキュバス達と同じ部屋なら直ぐに寝れるが……」 「え!? お姉さんたちと!?」  それは、それでいいのか!?  いいのかっ!?  俺、結構年頃の男の子だと自分の事思いますけど!?  ドキドキしちゃうでしょ!? 「ベッド一台余ってますしね。でも……」 「はわっ! 俺、男だし……っ」 「驚く程、部屋が散らかっていて汚いぞ? あいつらの部屋は」  リリさんとメリさんの嫌な顔で、すぅーと俺の幻想が消えていく。  うん。 「やめておきたいですね。はい」  それはノーテンキュー。  そう言うドキドキはいらんて。 「私と一緒に寝るか?」 「リリさんと?」  あー。でも、リリさんは餓死事件の時に一緒に寝た事あるし、そんな抵抗もないかなぁ。  ま、ドキドキワクワクもない代わりに安眠が……。 「隣でメリとセックスしててもいいならおいで」 「はぁ!? リリ様!?」  出来ねぇなぁ! 絶対出来ねぇなぁ! 「いや、いい訳ないじゃんっ!」  寝れるわけがねぇじゃんっ!  雇い主と先輩のセックス隣で聴きながら寝るの地獄過ぎない!?  てか、寝れなくない!? そんなところで寝れなくない!? 俺だけなの!? 「もう、廊下とかで寝るから寝袋とか、布団貸してくれるだけでいいよぉ」 「お、逞しいな」 「逞しいとかじゃなくて選択肢がないだけでしょ! もー!」 「ははは。それを人は逞しいと呼ぶのさ。メリ、寝袋貸してやれ」 「はぁ」 「じゃ、お休み。ハチ君」 「おやすみー」  最後の最後が一番疲れる会話だったな。 「ハチ様、此方へ」 「あ、はい」 「廊下で寝られても迷惑なので、僕の仮眠室を使って下さい」 「え?」  メリさんが?  え? 親切すぎん? どうしたの? 俺の事、嫌いでしょ? メリさんは。 「何か?」  でも、ま。 「いや、有難いと思いました」 「はぁ? それは敬語じゃないですよ」  貰えるもんは、もらっとかないとね?  だって、俺、犬だし。  人間なんて、知らないよ。

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