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第7話

「メール、送れましたー」 「報告で、語尾は伸ばさないで下さい。次は、各店に配る書類の作成を。下書きはあるので、ネットで調べて清書をして下さい」 「うぃー」 「はい、ですよ」  バイト三日目。  俺は今日もパソコンの前にいる。  もうね、テレビで見てた仕事って、何か机の前に座ってるだけなら楽かななんて幻想だよね。  次から次に仕事渡されるし、座ってるだけでパソコンに正気吸われてるし。  何か楽しい事ないの!? 「貴方、中々覚えるの早いですね」  お!? 褒められた!?  やっと、やる気アップイベント!? 「え? マジ?」 「ええ。残念ながら」  あ、そこ残念なん?  イベントの閉店早過ぎない? 「手が止まってますよ。それが終わったら、リリ様のスケジュールの調整お願いします」 「はーい」 「伸ばさないっ」 「はいっ!」  めっちゃこき使われてるっ!  メリさんはアレから変わらず、俺の事は余り見ない。  けど、パソコンとやらとはメリさんよりもどうやら友達になれそうだ。 「ハチくーん」 「んー?」 「ノックして入ってきて下さいっ!」  空いた扉を見れば、桃ちゃん達が手を振っている。 「うわっ。メリ様いたわ」 「吸血鬼なのに早起き過ぎない?」 「サキュバスより早起きなんてないわ」 「サキュバス如きが吸血鬼に何たる口の聞き方を……っ!」 「わっ、怒った怒った」 「メリ様の短気ー」 「煩いですよっ!」  メリさん、普通にサキュバスと仲悪いんだな。  ま、お互いにメリットなさそうだし。  けど、メリさん手は出さないんだよね。俺にもだけど。  こう言うの見ると、安心するよなぁ。ほんわかするわ。俺の唯一の癒し時間。 「なんか俺に用だった?」 「あ、私たち今から買い出し行くから、食材何買ってこればいいか聞こうと思って」 「うんとね、卵とベーコンは絶対買ってきて欲しいかな。あと、牛乳。めっちゃ減り早くない?」 「サキュバスも吸血鬼も牛乳好きだからね」 「うん。美味しい体液だと思ってるから」 「吸血鬼も……」  つまり、メリさんも牛乳飲むのか? 「……何ですか?」 「メリさんの足の長さの秘密がわかった気がする……」 「は?」  俺も、牛乳飲もっ! 「いや、何でもないです。はい。後は、適当にお肉とか野菜とか買ってきてくれればいいよ」 「わかったー」 「お願いねー。いってらー」 「いってきまー!」 「気をつけてねー!」  こう見ると、サキュバスも普通の人と何も変わらないよな。  三人共、普通の女の子に見えるし。 「相変わらず、下品な種族だ……」 「……下品かどうかはわからんけど、サキュバスって人間っぽいよね」 「どちらかと言えば、彼女達は僕ら吸血鬼よりも貴方達人間に近いから、似ているのでは?」  あ、ちょっと棘がある言い方ー。  んー。吸血鬼って人外の間でも上位種族なんだよね?  確か。で、サキュバスは、その下にいる中位種族。  だとすると、さ。 「メリさんは、上位種族以外は嫌いなん?」 「……どんな質問なんです?」 「いや、何かメリさんの嫌いってルールがあると思って。吸血鬼より上の種族は嫌いじゃないの?」 「嫌いですよ。魔族は、品がない」  魔族? 魔族って、悪魔だよな? 確か。  え。この世界、そんなのもいんの? 何でも有じゃん。  あー。そういえば、神様もいるんだっけ? 何でも有だね。 「ん? 魔族は悪魔なら、吸血鬼は魔族じゃないの?」  吸血鬼も悪魔じゃないの? 「厳密に言えば、違う種族です」 「ふーん? メリさん、好きなものあるの?」  何となくだけど、無い気がする。 「……ありますよ」 「え!? あんの!?」  マジで!?  あんの!? 「え!? 何々っ!?」 「そうですね……。貴方みたいに煩くなく、黙って仕事をする人ですかね」 「あ」  あー。  そうですね。はい。どのイベントも閉店するの早く無い? 「黙って頑張ります……」 「そうして下さい。下がる好感度もなですが」  そこまで言う!? 別にいいけど!  できる仕事もすげぇー少ないしさぁ。 「……貴方こそ、人間が一番至極だと思わないんですか? 一応、神様だったのでしょう?」 「ん?」  え? 俺?  メリさんって、よく分かんないよね。  黙れと言ったり、喋れと言ったり。  そこら辺、ヘムさんと似てるのか? いや、失礼だよね。メリさんに。  吸血鬼の種族柄って事にしとこ。 「いや、思わないけど? 神様っつても、神様だと言われてただけだし、俺は、ずっと嫌な気分だったよ。人間って言われても、嫌な事をする人達って感じかな。親も、兄弟も他人も、全部。消えてなくなればいいのにって、思わなかった時はないかったよ」  種族と言う単語すら、俺にその概念は薄いんだ。  だって、それ程俺は人間と言うものに関わってない。嫌な部分を濃縮した一面だけ。  テレビの中で見る人間模様とは随分とかけ離れた模様しか見せてもらてなかった。   「人間って言っても数多いし、色々いるし、一律に皆んな凄いとか思わない。寧ろ、多すぎて人間の中でもカーストがあるし。種族も血族も、クソだよ。俺含めて。愚かで馬鹿で、死んだ方がいいクズばっかり」  そう。  俺含めてね。 「では、殺した方がいいのでは? 今の貴方なら出来るでしょうに」 「え? 俺?」  ま、まさか……? 「俺に、そんな凄いパワーが秘められて……?」 「いませんよ」  ないんかーい。  いや、知ってたけどさぁ。 「じゃあ、無理じゃん?」 「本気で言っているんですか? それ。今の貴方には、ヘムロックと言う本物の化け物がいるじゃないですか。貴方達の関係など興味もないですが、ヘム様は随分と貴方にご執着のようですし」 「あ、ヘムさんね。いやー、それはなんかおかしいでしょ? 別に、俺、ヘムさんの犬なだけで恋人でも何でもないし。おねだりするりにはデカすぎん?」 「……え?」 「え? 何? どったの?」  急にメリさんが真顔で俺を見る。  え? なんか付いてる? 「恋人じゃないんですか!?」 「え? あ、うん」 「でも、貴方達、あれを、その、まぐわっていたでしょ!?」 「マグカップ?」  何だそれ? どんなタイミング? 「まぐわうですっ! 交尾っ! せ、セックスを!」  メリさん意外なところで大きい声出すよな。 「あー。セックスね。うん。してるね」  セックス、いろんな言い方あんだなー。  勉強になるぅー。多分、絶対どこかで使う事ないと思うけど。 「付き合ってもないのに!? 脅されているんですか!?」 「脅されてないよ」  どんな心配なん? ヘムさん、本当に多方面から信用ってもんが存在しないんだな……。まあ、無理ないか。 「別に、付き合ってなくてもセックス出来るんじゃないの? よく分からんけど」 「……そうですよね。相手はヘムロックですしね。成る程、貴方も権力には……」 「そう。ヘムさんだからね。許しちゃうよね」  ははっと俺はメモを捲りながら笑う。 「命助けてもらった飼い主って所も多少はあるけどさ、何かヘムさんが楽しそうならある程度の事は許しちゃうんだよね。顔がいいからかな? 可愛いって思うの。たまに俺よりもヘムさんの方が犬っぽくね? って思うけど、ま、そんな事はないね。ヘムさん犬より猫っぽいし。俺もセックスって気持ち悪くて痛いもんだと思ってたけど、ヘムさんとは気持ち悪くないし、気持ちいいから好きだよ。でもさ、ヘムさんに対して好きかって言われたら、よく分からんくない? 好きって、愛してるって、どんな気持ちなん? 俺、ずっと一人で閉じ込められてたから、そんな気持ちなった事ないし。行成、好きですかって聞かれても、わからんってならん?」  今もわからん。  嫌いじゃない。それだけじゃ、多分ダメなんだろうってのはわかる。 「……それは……」 「メリさん、好きって気持ちわかる? 愛してるって、どんな気持ちが知ってる?」 「……わからないです」  ん?  俺は思わず、メリさんを見る。 「僕も、人を好きになった事なんてないですし、愛してるなんて以ての外ですよ。子供の頃に、親族はヘム様とリリ様に全て殺されましたし、そこからヘム様に育てられましたが、あの人に振り回される日々で生きるのがやっと。そんな時に、リリ様に僕は譲渡されましたしね。好きとか、愛してるとか、知るタイミングなんてある訳がない。唯一覚えているのは、母様の温もりぐらいですよ」  メリさんが、素直だ!  え!? 自分の事話すタイプなん!?  あ、もしかして、俺がペラペラ自分の事話したから、そのお返し? 義理堅いな! メリさん! 「え? メリさん、ヘムさんに育てられたの?」 「ええ。百年ぐらいは。事実上の養父って所ですかね」 「え!? じゃあ、ヘムさんがパパなん!?」 「その言い方やめて下さい。父とは言い難いでしょうに。あんな男」 「まあ、パパっぽくはないね。うん」  それは同意。  あ、この前父親嫌いなんだって思ったの、もしかしてヘムさんの事だとか?  んー。複雑だな。背景が。 「愛してるなんて、ただ相手を丸め込むための嘘以外あり得ないですよ」 「まー、それは、少しわかる」  嘘、と言うのは行き過ぎな気もするけど。  実感がないんだよ。  何されても。  わー。私、愛されてる! そう、ドラマやアニメで思う様な事、リアルでは何もない。  いくら抱かれても、愛してるとか言われても、心配されても。  でも、それはただの気紛れと何が違うの? 「気紛れだよね。愛してるって言葉なんて。リアリティが無さすぎるもん」 「……同意です。貴方も意外に普通なんですね」 「人間だからね? この世界では紛れもなく普通だよ」 「……そうですね。僕もこの感覚は普通だと思います」  うん。でもさ……。  リリさん、メリさんの事が好きなんだよね?  全然伝わってなくない?  ま、それは俺も人の事言えないか。  よく分かんないものを理解できずに授与する恐ろしさは嫌ほど知ってる。  愛なんて、突然言われても分かんないよ。  子供には。 「え? 桃ちゃん達、まだ帰ってきてないの?」 「ああ。何処を遊び歩いているやら」  夕食を作りに食堂に戻れば、リリさんが広いダイニングテーブルで一人お茶を飲んでいた。 「んー。残り物で一食分は何とかなるけど、大丈夫なん? 事故とか会ってない?」 「いくら弱いサキュバスでも、トラックに轢かれて死ぬ事はないから大丈夫だろ」 「そんなもん?」 「腐っても人外だからね。体が本質ではないんだ。頭が吹き飛んでも、直ぐに再生するよ」 「あ、それ吸血鬼で見たよ。過去のリリさんは燃やしてた」 「過去の私は頭がいいな。燃やさんと再生を繰り返す。力が果てれば再生出来ずに死ぬが、吸血鬼は自分の血があれば何とかなるからな。再生出来んように燃やした方が早い」  こう考えると、さ。 「死の概念があやふやだよね。人間みたいに体が死ねば死ぬとかじゃないし」 「前も言ったように私達は力が原動力だからな。逆に言えば、力がなくなれば否応なく死ぬし消える。いくら体が無事でもだ」 「食事しないと死ぬって感じ?」 「そこがまた人間と違う所だな。力は使わなければ温存出来る。死体みたいなってりゃ食わんでも死なんよ。私もミイラみたいな状態になれば、三千年は余裕で生きれるし、ミイラ状態から戻れば今の私と遜色ない力を使える」 「ミイラになれんの!? 凄くね!?」 「あ、そこか。ま、凄いんだよ。それでいいよ」  リリさんが笑いながら手を振る。  あ、少し面倒くさいと思ったな? 「ま、そう言う理由で我々は人間の様には死ねんのさ。車がぶつかったぐらいじゃね」 「ふーん。でも、心配じゃない? 帰って来ないのは」 「彼女達も子供じゃないしな。暴漢がいた所でって感じだぞ?」 「暴漢も怖いけど、魔取いたじゃん? 退治されない?」  何となく、あの時見かけた男達を俺は思い出す。  メリさんも、よく見かけると言ってたし。 「魔取は大丈夫かな。届けを出してるし」 「届け?」 「そ。私の保護の元、生活するサキュバには届けをだしてる。そう言うルールがあるんだ。無許可で人間に混じって暮らしてないですよって証拠かな。公正な取引を言い出したのはあちらだ。取引相手に下手は出来んさ」 「あー。住民票って奴?」 「そーそー。人間で言うね。ハチ君のも作ってあげようか?」 「え? 俺もサキュバスになんの?」 「お? なりたい? けど、男はインキュバスになるけどね」 「なりたい訳じゃないけど。インキュバスってサキュバスじゃないの?」 「同じ種族だけど、男女だと名称が違うんだよ。役割もね。例えるならば、私達サキュバスは働き蟻で、インキュバスは女王蟻かな。戦闘や人外としての機能はサキュバスの方が上。インキュバスはその代わりに子孫繁栄を司ってる。インキュバスが人間の女の子宮に精子を注いで私達淫魔を産ませているんだ」 「え? 人間から産まれんの? リリさんも?」 「そう。人間の女の子宮に種を植えて花を咲かせる。その花から生まれたのが私達だ。ま、子宮はただの入れ物だから、人間の女の遺伝子は欠片も入ってないけどね」 「よく分からんけど……、人間も、と言うか俺インキュバスになれんの?」 「なれんよ」 「なれんのかよ」  おいおい。何だ。あの前向きな検討具合の口調は。 「人間は人間だしね。ただ、人間でも君の身分証明は無い状態だろ? 身分証は必要だよ? 今後、人間として生きてくならね」 「ヘムさんと一緒でも?」 「彼奴だって、人間の身分証はあるよ。人間に混じって生きてるからには必要だしね」 「え? どうやって? ヘムさん、魔取の言う事聞かないんでしょ?」 「裏で生きてる奴等には裏の生き方ってもんがあんのさ。彼奴が君の事をどうしたいのかよく分からんけど、例えば君が普通の人間になりたくて学校に通うとなると必要になってくる。そう言う場合には私に頼りなさい。幾らでも用意してあげるから」 「学校……、か」  実は、少し憧れてはいる。  周りに人間しかいない状況って奴を。 「けど、ヘムさん許してくれんだろうなぁ……」 「そこは、ま、否定しないけど」 「だっしょー?」  俺一人で外に出るの、絶対に許してくれんしなぁ。一緒なら、何処でも連れて行ってくれるけど。 「面倒臭い男に捕まった物だね。君も」 「あはは。言えてる」 「運がないね」 「そう? ま、俺もそう思ってたけど、今は結構運いい方なんかなって思ってるよ。だって、ヘムさんと一緒にいるの楽しいし。犬でも、何でも。近くに置いてくれて良かったと思ってる」 「……え? 惚気か?」 「へ? のろけって何?」 「いや、いい。気の所為にしとく」 「おん? 何それー」  俺が聞いても、リリさんは笑うだけ。  リリさん、面倒臭いと思うと速攻で手離すよな。  ま、いいや。早く夕食作ろう。 「リリ様、まだあの三人が帰ってきてないとのことですが、今日の出勤どうしますか?」  俺がエプロンを付けると、メリさんが食堂の扉を開けて入ってくる。 「人間の子が二人入れるか連絡を取った。リカとナナだ。今日は固定という固定もいないし、穴は人間の子と残りの二人で埋めてくれるか?」 「分かりました。一応ですが、店が始まったら僕が探しに行きましょうか?」 「ああ。それは任せる」 「あ、俺も探すよ!」  夜の仕事、無さそうだし。  一人暇だし。  そんな簡易な気持ちで手を挙げる。 「子供は寝てて良いよ」 「そんな早く寝れんて。社会勉強! メリさんから離れんし、いいでしょ?」 「僕は嫌です」 「メリが嫌がってるって」 「お願いっ! メリさんっ!」 「嫌です」 「メリが嫌がってるからなぁ……。んー。いいよ」 「はぁ!?」 「やったー!」 「メリも社会勉強だよ。魔取もいるし、人間と一緒にいた方が何かとこちらも安心だ。一回助けてもらった実績あるんだろ?」 「ぐぬぬぬ……」  おっしゃー!  でも、リリさんそんなんだから嫌われるんだろうな。今は言わんけど。 「じゃ、急いで夜ご飯作るね! 少し待ってて!」 「おー」 「リリ様っ! 矢張りここは一人でっ!」 「ダメです」  いつもの様な穏やかな時間。  喧騒を雑音だとも思えない、穏やかな時間。そんな時間に酔いしていた俺達は、この後起こる事を何一つ予測できないでいた。  三人のうち、一人が死亡。一人が重症。  そして、残る一人が、攫われた事すら。  俺たちに知る由はなかったのだ。  

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