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第10話
「取り敢えず、ウィッグも被れば分からないとは思うけど……」
「え、マジでこんな格好しなきゃいけないの?」
『別に服はどれでもいいよ。 でも、私、ナース服とかいいと思うんだけどな? ハチもナース服の方がいいよね? 透けてるやつ』
「良くねぇーしっ!」
「ごめんね、ハチ君。今日は巫女さんデーだから、巫女衣装しかないんだ」
「巫女衣装て……」
何なん?
マジで。
スカートの様な短い赤い袴に白い着物みたいな服を上に着せられ、肩ぐらいの髪のかつらを付けられる。
これ、女装ってやつだよな?
うん、すげぇ、今の俺、変態っぽい。
「一応、オプションの狐のお面も付けたら、誰だかわからないと思えけど……。どう?」
顔によくテレビのお祭りの場面で見る狐のお面を付けられ、ますます不審者になっていく自分が怖い。
「どうって、凄く変態な気分です」
「変態でも、中々こんな思い切り良くないから大丈夫だよ」
何が大丈夫なんだよ。
『いいね。唆るよね。チラリと見える膝小僧エロくない? その衣装、買取出来る? 今度来てヤろ?』
あー。こっちの変態がうるせぇな。
「やんねぇーよ! 二度と着たくねぇし!」
滅茶苦茶、恥ずかしい。もう、本当、ただただ恥ずかしい。
男だからね?
流石にね? 男だからね? 可愛い顔した子とか、そう言う事に抵抗がない人が着るのはいいけど、俺、抵抗ある方の可愛くもない十五歳の男の子だからね?
生き恥だよ! 普通にっ!
「本当に、こんなんで大丈夫なの?」
『大丈夫、大丈夫。ハチとその子は、リリが魔取との取引解消を止めたいんでしょ?』
「はいっ! こんな事で、リリ様が私達を守る為に築き上げた人間との関係を壊すわけには行きませんっ! リリ様は、私達の為に身を削る様な思いまでをして、人間との取引に応じてきました。私達のせいでそれが泡になるなんて……っ!」
「うん。それは、なんかわかる。リリさんだけなら、別に人間に従う事ないんじゃないなかって思ってたし。リリさんが、サキュバスの子達大切にしてるの、知ってるし。俺も、リリさん助けたい」
『そう。ま、私には心底どうでもいいけど。けど、ハチが願うなら止めてあげるよ。多分、向こうは既に戦闘が始まってるし、戦闘を始めたリリを止めるのは普通では無理』
「それ、魔取、死んでね?」
リリさんも滅茶苦茶強いわけだろ?
『多分、殺しはしてないと思う。桃花って子がいないわけだし、その子の所在がわからない今、リリも下手に人間を殺さない筈だ』
「……でも、無事ではない感じ?」
『そうかもね。けど、リリが魔取を攻撃した正当な理由があって傷を治してあげれば魔取もとやかく言ってこないでしょ?』
「そうかな? 滅茶苦茶キレそうだけど?」
『キレない理由を今から作りに行くんだって。あ、やる時タイツ履こうよ。三角折り靴下もヤバいけど、破る楽しみを見出したい』
「……ヘムさん」
俺は冷ややかな顔でカメラを見る。
この人、完全に楽しんでるでしょ?
「マジで失敗したら、二度とヘムさんとしないから」
今の状態でそんな事言えるの、本当にどうかと思うよ。
こっちは、本気だからこんな格好までしてるんだからね?
そう言うの、本当どうかと思うよ!
『……全力で頑張らせて頂きます』
本当に、この人は……。
「本当に絶対だからね!? 俺、準備も終わったし、行けるよ」
『じゃ、そこのサキュバス。もう一回、首切ってくれる?』
ん?
「ヘムさん!?」
病み上がりの子に何頼んでるの!?
「あ、はい。ハチ君、別に私達、血や首が力の根源じゃないし、大丈夫だよ? そんな事しても、死なないし」
「いや、それでもさ……」
「それに、吸血鬼であるヘムロック様が何かをやるには血が必要なの。私の血で良ければ、どれだけでも使って」
あ。
思わず、当たり前の事を見落とすところだった。
そうだ。 ヘムさんは吸血鬼なんだ。
ヘムさんがヘムさんだけで、何でもやれるわけがないのに。
「私は、平気」
「……うんっ」
最強って言葉を聞きすぎて、忘れてた。
「じゃ、首切りますね!」
そう言ってダリアさんは何の躊躇なく自分の首を切り落とす。
え? 切り、落とす?
「ダリアさんっ!?」
「勢い良すぎちゃった」
てへっと舌を出しながらお茶目に笑う首を切られたサキュバス。
普通に怖い話では?
お化け屋敷か? ここは。
『サキュバスとしての力は十分にあるし、元に戻るのもすぐでしょ。ほら、ハチ。リリ達の所に続く扉を作るから、覚悟して』
「あ、うんっ!」
『いい? 私の言った通りに、やるんだよ?』
「分かってる」
『オーケー。じゃ、行こうか? 退魔師少女エイトちゃん』
「……でも、その名前は、どうかと思う」
割とマジで。
『……』
ん? 返事がない?
その瞬間だ、俺の足元の影が扉に変わって開いたのは。
ヘムさん、割と気にしてんな? これ!
「ぎゃんっ!」
落とされた衝撃を尻で全て受けた俺は、声を上げる。
痛い。
普通に尻が痛い。
「雑すぎん……?」
マジで、今、尻の防御率低いからね? 俺!
「本当、どうして……」
尻を摩りながら立ち上がると……。
「あ」
そこには、随分とボロボロのスーツを着た魔取と、角を生やしたリリさんが立っていた。
え?
マジで、ここからスタート?
早くね?
「……人外?」
「いや、人間だっ!」
「何で……っ」
やべぇ。
滅茶苦茶やべぇ。
えっと、えっと……っ!
「み、皆ここから早く逃げてっ!」
俺は声を張り上げる。
近くにメリさんが居ないのが気になるけど、今はそれどころじゃないっ!
「何を言っているんだ!? 逃げるのは君だろっ!」
「今、俺たちが戦ってるのは、夜の女王だっ! 早くこの場から立ち去りなさいっ!」
魔取のお兄さんとおじさんが声を張り上げる。
が、今はこっちは無視っ!
「え、えっと……夜の女王っ! ごめんなさいっ! えっと、あの、その、あー! 貴女に言われた様にしてみたんですが、ダメでした! 私じゃ悪魔に太刀打ち出来ませんでしたっ! 半分取り込まれました! どうしようもないです! 私を殺してください!」
「……」
チラリとリリさんを見るが、満月の目は冷たいままだ。
「あ、あの、リ……じゃない。夜の女王……?」
あれ?
俺の事、わからない感じ?
「……悪いな。今、君がそれを面白いと思っているならば、謝るよ。私は、何も楽しくない」
あ。
マジか。
マジで、ダメなやつか。
「邪魔をしないでくれ。と、言いたい所だけどね」
リリさんは背中の羽を大きく広げる。
「悪いが、君も殺すしかない様だ」
まるで、悪魔の様な形相。
殺意のままの満月。
ああ。
そっか。
うん。そうだよね。
言葉通りの意味だよね。
うん。
リリさん、皆んなに囲まれて笑ってたもんね。
いつもさ、表情筋、あんまなさそうなのに。口だけは幸せそうにさ、笑ったもんね。
リリさん、多分サキュバスの子達の事、本当に可愛く思ってたんだと思う。
母親が自分の子供を見る様に。
俺さ、馬鹿だけど気付いたよ。
リリさんに作ってもらった味噌汁の味、皆んなこれが好きって言ってた。
リリさんさ、料理、みんなの為に覚えたんだよね?
皆んなの為だけに、頑張ったんだよね。
それなのに、殺されて、傷付けられて、奪われて。
怒らない方がおかしいよ。
うん。
そうだよね。
何もおかしくないよ。
分かってる。
いいよ。殺して。
「お、お願いしまーすっ!!」
殺して良いよ。ヘムさん。
リリさんを、殺して良いよ。ヘムさん。
俺が声を上げた瞬間、ほんの一瞬の間に目の前にリリさんの拳が俺の顔の前に飛んできた。
早い。
やべぇ。
これは、やべぇだろ。
人間なんて瞬殺じゃん。こんな速さについてける人間なんていなくね?
だけど、さ。
俺も犬だから。
飼い主の事、とことん信じる名犬だから。
俺は、動かないっ!
『人のもんに触んなよ』
俺に届く寸前の所で、リリさんの手が止まる。
俺の背中から、赤い手が伸びてリリさんの拳を止めたから。
「……何だ? 何の遊びを始めた?」
リリさんは拳を引くと、後ろに大きくあがり距離を取る。
よ、よかった……。
信じるとか言ってたけど、怖いもんは怖いからね!?
俺の足元から血が這いずり上がり、人の形を作る。
顔には、目も口も髪もない。鼻の形だけがくっきりと浮かび上がっている。
言うならば、全身タイツって感じ?
間抜けに聞こえるかもしんないけど、血で形取られたぬるりとした人間のシルエットは怖いものがある。
しかも、なんか、オプションで頭の上にツノまで付いているし。
赤い人のシルエットをした悪魔。
そう言えば、しっくりくるかも。
「リリさんっ! これが、今回貴女が探していた悪魔だよ!」
「は?」
「こいつを倒す為に、ここに来たんだよね!? ねっ!」
「おいおい、ごっこ遊びか? 今の私を巻き込むなよ」
「こいつが人間を襲うからっ! リリさんが倒すんだよねっ!?」
ねっ!?
頷いてよ!
『……コイツ呼び、いいな』
おい、ボソリと喋んなコスプレ悪魔。
俺の耳には聞こえるぐらいの音量で呟くな。
「どう言うつもりかは知らんが、笑えんぞ? 邪魔するなら全員殺す。それだけだ」
リリさんは手に青色の光が灯る。
多分、これ、すげぇヤバい奴。
霊感とか力とか全然関係ない俺が、背中から嫌な汗が出ることがわかるぐらい、ヤバい奴。
大丈夫? 本当に、大丈夫なんか?
心配にならないわけなくない?
でも、全部、今んところはヘムさんの筋書き通りなんだよな。
「悪魔だろうが、化け物だろうが、何だろうが。今の私には関係がない事を教えてやろう」
リリさんがコンクリートの床を蹴る。
凄い力なのは、コンクリートの床が簡単に捲れ上がったのを見るだけで分かるよ。
俺共々、この赤い悪魔含め殺す気なのも。
けど、こっちの悪魔もそれなりに強いから。
『……人間、殺ス……』
多分。
漸く、周りの人間全員が聞き取れるぐらいの言葉を発した赤い悪魔が、一直線に襲いかかってきたリリさんの首を掴め、地面に床につけた。
『殺ス! 殺スッ!』
意外に演技派ですね。最初に喋るのも、俺がやるよりも、そっちがやった方が良かったんじゃね?
『殺スッ!』
そう短く叫ぶと、悪魔はリリさんの首をそのまま体から引き抜いた。
聞くに耐えない耳に響く骨や肉が引きちぎれる音。
血が当たり一面に広がる。
「夜の女王がっ!?」
「一撃で……っ!?」
俺も、結構驚いてる。
けど、これもヘムさんの言った通りの筋書き。
あの赤い悪魔、いや。ヘムさんは、巫女衣装に着替えている俺にこう言った。
ーー『リリは今、何を言っても聞きやしないよ。人間を殺すのもやめない。リリがここを出た時点で、リリを止める方法は既に万策尽きてる。だから、取り敢えず、私はリリを殺そうと思う』
ーー殺す? え!? 大事なの!?
ーー『消滅させるわけじゃないし、いくら私でも血の遠隔操作ぐらいでリリは消滅させれないよ。でも、一回じゃ多分足りない。私は最低でもリリに三回は殺されるだろうし』
首の取れた身体が、赤い悪魔の腕を掴み引きちぎる。
赤い悪魔がよろけた瞬間、リリさんの手が赤い悪魔の胸元を突き刺した。
まず、一回目。
お互いに、一回目。
ーー『私もそれなりに本気でやるけど、恐らくリリを殺せるのは二回が限度かな。一回目は不意をついて殺せると思う。頭に血が上ってる猪相手なら簡単簡単。でも、次は難しい。少し時間がかかると思う』
ーーヘムさんでも?
ーー『私でも、ね。ハチには最初にリリに話しかけてもらうけど、いつもみたいに察しのいいリリは何処にもいないだろうからね。話せばわかる。分かってもらえる。そこに希望を見出さないで。粘ろうと思わないで。リリは私が止めるから、その間、ハチには人間とメリをお願い』
ーー人間って、魔取だよね?
ーー『そ。魔取に、事情を説明して。リリは魔取を攻撃してわけじゃない。赤い悪魔を倒す為に、魔取と戦っていたって。この赤い悪魔は人間に取り憑く悪い悪魔で、滅茶苦茶強い。リリしか倒せれないから、リリが動いてくれた。魔取に悪魔が取り憑きそうな所を見たから、攻撃しただけ。君達が無事で良かった云々的な感じで、魔取に、恩を売れるだけ売っといてくれる?』
ーーすげぇ無茶振り!
ーー『大丈夫。魔取に自分たちの手には絶対負えないってわからせるぐらいに私が暴れるから納得しやすい状況になってるって』
ーーえー。でも、自信ないよ?
ーー『そこは、作らなきゃ。ハチが救いたいんでしょ? 自分でしたい事、自分でやんなきゃ無理よ。私は、可愛い恋人に手を貸す事しか出来ないから。自信がないと思うなら、諦めな。良い子でここで待っていた方がいい。いいじゃん。リリが魔取を二人ぶち殺した所で、私達二人には関係ないよ。魔取が全面敵にリリと戦った所で、滅ぶのは魔取の方。魔取の数が減れば、人間達に人外の事は隠せれない。そうすれば、人外はもう遠慮しない。人は確実に減って行く。そしたら、困るのはサキュバスをはじめとした中級以下の雑魚だけ。食糧難で十分な力を持てない奴らが滅ぶだけだよ。メイディリア達吸血鬼は大丈夫。人間から中級以下の雑魚に餌をシフトさせればいい話。リリだって、力があるから他の人外を餌に生きていける。勿論、今リリが飼ってるサキュバス達も、リリの恩恵を受けて生きていける。つまり、ハチ。君の周りは誰も困らない。誰も死なない。悲しまない。ね? 無理だと君が思うなら、今この場で諦めた方が賢い生き方だと思わない?』
そうだね。
俺、めっちゃ関係ないね。人間が減っても、なんとも思わないし。
会った事もない中級以下の人外がどうなっても知らんし。
俺の周りの人達が無事ならそれで良いなって思うよ。
正直、ヘムさんの話を聞いても、何も思わないぐらいには。
でも、さ。
ヘムさんは忘れてない?
お前が飼ってる犬、結構なバカって事。
「お兄さん達っ! 早くこっちにっ!」
俺は魔取の二人の手を掴んで極力二人から離れる様に走り出す。
別にいいんだよ。人間とかさ、どうなっても。知らん人外が困っても。
でもさ、リリさんが本当に守りたかったもんって、そうじゃないじゃん。
リリさんあんなにも強いのに、あんな力があるのに。それを持ってしても、リリさんは人間に従ってきた。
それってさ、自分が守っているサキュバス達だけじゃなくてさ、サキュバス全員を守りたかったからじゃないの?
リリさん、皆んな好きなんじゃないの?
リリさんが自分の力を折ってまで、守りたかったものってさ。
サキュバス達が安全に生きていける世界を作りたかったからじゃないの?
俺アホだけど、バカだけどさ。
俺の命を助けてくれたリリさんの夢、見殺しにしていい理由が何処にもない事ぐらい、知ってるよ!
「……君は、一体?」
階段まで逃げ延びると、魔取のおじさんの方が俺を見る。
自信はない。
が、だからどうした!
こっちはヘムロックの犬になった人間だぞ!? 恥とか自信とか、知るか! バカっ!
「あ、アタシは、フリーの悪魔専門退魔師っ」
「フリーの退魔師?」
「そうっ! 今回、人間を襲うあの悪魔がここら辺に出るって聞いて、戦ってたんだけど強すぎて、夜の女王に共同戦線を持ち掛けたのっ」
何を言っているんだ?
そう言いたそうな二人の視線が、精神的にえぐってくる。
つ、辛ぇ……っ! 俺もわかんないだけに辛え!
「君、巫女、なのか……?」
「そ、そうっ! 巫女なのっ!」
「巫女が悪魔退治なんて、聞いたことがありませんよ」
お兄さんの方の魔取が疑いの視線を俺に向けてくる。
「仕方がないでしょ!? 本当だしっ! あの悪魔は、人間に憑依して他の人外や力のある人間を襲っては食べてるの。お兄さん、あの悪魔に取り憑かれてたんだよ?」
「えっ!?」
嘘です。
「そんな事、あるわけが無いっ! 流石に気付くっ!」
ええ。嘘ですから!
「本当だしっ! 見たし! だから、夜の女王は貴方を狙ったんだよ!」
どっちも狙ったけど。
思い当たる節が少しでもあるなら、心理的には動くはずっ!
「……そう言えば……」
セーフ!
「だから、此処は……」
その瞬間だ。
俺たちを覆い被せるほどの闇が、広がったのは。
あ。
これは……。
影だ。
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