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第12話

「……つまり、魔取が彼女達を襲ったわけではないと?」 「うん」 「事情はわかりました。ヘム様が力を貸されたのを僕も見ましたし、疑う必要はないでしょう」  あれ?  結構あっさりしてる。  ヘムさんの事嫌いだし、なんか直ぐには信じなさそうなのに。 「ヘムさんの事、嫌いじゃないの? そんなに、あっさり信じちゃうん?」 「は? 大嫌いですが?」  顔を歪めながらメリさんが俺を見下す。  あ、うん。俺含めてってのが凄く感じるよね。うん。 「なのに、信じんの? ヘムさんの悪ふざけとか、思わん?」 「あの人の悪ふざけは、こんなもんじゃないですよ。それに、あの人がそんな事でたかが自分の利益にならないサキュバスを助ける訳がない」 「……あ、そうかも」  ずっとどうでもいいって、言ってたし。   「確認ですが……、本当にダリアは無事なんですね?」 「え、うん。もうダメだって言ってたけど、今は首切るぐらいには元気」 「……はぁ。これだから下級生物は……。死に掛けた直後に何をやっているんだか」 「ヘムさんが動くには血が必要だからって、血を出してくれたの。そんなに責めんであげてよ」 「責めてないです。呆れて軽蔑してるだけです」  とか言いながら、ちょっと安堵してる顔してるからね、メリさん。  メリさん、結構顔に出るタイプだから。短い時間でも、ずっと一緒にいるからわかるよ。流石に。  何だかんだ言って、メリさんも心配してたんでしょ? 素直じゃないなぁ。 「それで、これからどうするんです?」 「リリさんの説得に向かう」 「不可能では? 魔取の二人もいるでしょ?」 「魔取は、メリさんに任せろってヘムさんが」 「……はぁ?」  本当ごめんなさい。  すげぇ嫌な顔しんでください。   「ヘムさんも、これ以上面倒くさいことになるより、メリさんもマシでしょって言ってたよ?」 「これ以上面倒さい事ねぇ……。人が減る事? 人外が消える事? どれの事ですか? 何も面倒臭くないでしょう? 今よりも随分と住み良い世界になるに決まっているじゃないですか。僕は吸血鬼ですよ? 弱い下等生物達とは違うんです」  メリさんも、ヘムさんみたい事を言う。  多分、そうなんだと思う。  世界が変わって困るのは、どんな時代でもどんな場所でも、弱い奴らだけ。  そう言う奴らを食い物になるのもまた、弱い奴らだけ。  強い奴らは、それすら関係ない。今まで通りと何一つ変わらない生活をして、何も変わらない見える世界を見て、何も変わらず世界を嘆く。  それは世の理って事、俺、嫌ほど見てきたよ。  正直、俺も同じだし、そう言うのはどうでもいい。けどさ、仲良くなった人達が困るのは、少しだけ嫌なんだ。 「うん。それも、メリさんが言うってヘムさんも言ってた」  これは嘘。言ってない。  俺はメリさんを説得させろしか言われてないし。 「ほう? ならば、答えはわかるでしょ?」  そうだね。  面倒くさい事、嫌いそうだもんね。  けとざ、メリさんも結構面倒くせぇ性格してんからね?  本当に困る一番最初の人は、多分メリさん。 「わかるよ。だからさ、今やっといた方がいいと思うんだよね」 「は?」 「だって、メリさんは確かに吸血鬼だけど、俺たち側じゃん?」  俺は出来るだけ無邪気に笑う。  嫌うとか、悪口とかじゃない。  これは、善意。超、善意。ウルトラ善意。 「混沌になれば成程、下はは底上げしていくよ? 何があっても天辺に胡座かけるのは、種族じゃないでしょ? 個々だよ」  これは説得でも何でもない。  ただの事実。 「ヘムさんやリリさんみたいに、種族を飛び越えても強い人達だけ。メリさんは、俺と同じ側でしょ? 下級側に行く側じゃん?」  俺がそう言うと、メリさんは俺の目の前寸前で長い爪を止める。 「その目玉、抉られたいですか?」  ほら。  そうなるじゃん?  そこだよ。そこ。 「メリさん。リリさんなら、抉ってたよ。ヘムさんなら、抉る前に殺してたよ」  メリさんってさ、弱いって言うよりも雑念が多いんだよ。多分。  色々考えちゃうんだよね。  メリさんは、大人だし、真面目だし、出来るカッコいい男だからさ。  立場も何もかもあって、考えちゃうんだよ。動く前にさ。 「……は?」 「メリさん。俺、メリさんの事、やっぱり嫌いになれんよ。メリさんの事、かっこいい大人の男だと思ってるし、リリさんやヘムさんには散々な事言われてるけど、メリさんは強いと思う。そんで、優しすぎる」  真面目って言うよりは、優しさだよ。これ。 「俺の言葉がさ、失礼で気に入らないからわざわざ警告してくれる。怒ってる領域には立ち入らさせない。俺、そう言うメリさんの所、すげぇ尊敬する。リリさんやヘムさんには絶対出来んし、俺にも出来ない」  メリさんの優しさはさ、多分吸血鬼には要らんと思う。  吸血鬼だけじゃない。  その上級種族って奴に。 「メリさん。俺、メリさんの気持ちはわからんけど、メリさんが俺になりたいくない事はわかる。いいの? このままことが進めば、メリさんは俺になるよ?」  メリさんは、何も手放せない。  大切なものが、増えてくタイプ。  リリさんは大切なものを、持てるだけ選ぶタイプ。  ヘムさんは、大切なものという認識がないタイプ。  人間に一番近い感覚は、間違いなくメリさんだ。  でも、それって弱さの代名詞。  大切なものを手放せなくて、動けなくて。右往左往の立ち往生。  それは即ち、淘汰される側に立つという事だ。  淘汰される側になればどうなる? 「貴方の様に?」 「そう」  言い訳はない。  そこには、言い訳なんて存在しない。  あるのは、弱者と言う事実のみ。 「強い奴に尻尾ふって、犬の様にならなきゃ生きていけなくなるよ? だって、俺達弱いもん」  強い物に媚びる様に、命を繋げる。  それしか出来なくなる。 「俺達は、強者の保護下に今はいる。けど、自分達だけでも生きている状況で、俺はヘムさんに。メリさんはリリさんにいつ捨てられてもいいなって思ってる。あの人達のことは知らんけど、俺達に依存性はない。けど、状況が変わったら? 捨てられたら、俺たちは生きていけない状況になったら?」 「潔く、死ねばいい。誇りすらないのなら、死ねばいい」 「そうだね」  でもさ。 「その権利すら、俺達にあると思うの? 俺は、ないよ。今も無い。死ぬためにも媚びるんだよ。犬の様に、上手く上手に。上手に死ぬためのおねだり、した事ある? 俺は、あるよ。死ぬよりも、苦痛で最悪で思い出しただけでも、吐き気がする」  支配されるって、そう言う事だろ?  今みたいに、飼われるわけじゃない。完全で完璧な支配下だ。 「メリさんに、出来るかな?」 「……馬鹿にしているんですか?」 「馬鹿にしてると思う? 俺、さっきも言ったけどさ、メリさんの事、かっこいいと思ってんの。メリさん、強いし、仕事できるし、かっこいい大人じゃん? 俺はそう言うメリさん、好きだよ。そして、カッコ悪い所、あんま見たく無いと思ってる」  嫌いにはなれんけど。  好きになはなれるよ。  愛してるとか、恋愛とか、ヘムさんが望む好きは、よく分かんなし、無理だけど。  リリさんや桃ちゃん達に抱く友達としての好きは、メリさんにも抱ける。  だから、これは好きになった俺からのお願い。 「だから、これは俺の我儘なんだけどさ、カッコ悪いメリさん、見せん世界にしたいんだよね。俺は」 「……はぁ?」  また、理解できんって顔。 「パソコン使ってるメリさん、かっこいいよ。だからさ、俺にカッコ悪いメリさん見せんでよ。俺、多分世界が滅んでても生きてると思うし。俺の生死握ってんの、ヘムさんだもん。最後まで生きてるよ、俺は」  一人では死ねない。  それは、座敷牢でも一緒だ。  残念ながら、これに多分は付けられない。 「それとも、メリさんは俺にカッコ悪いところ見せたりしたい?」 「……貴方が何を言いたいか理解に苦しむ」 「単純な話だよ。今のまんまの世界の方が、メリさんカッコいいって話。俺、メリさんの事、嫌いじゃないよ。何回でも言う。嫌いじゃない。嫌いになるぐらい付き合ってないってのもあるけど、けど、それと同じぐらい、好きになる所沢山見てきた。優しいメリさん、好きだよ」  俺はメリさんに手を伸ばす。 「世界変わって、俺みたいな犬みたいになるメリさん見るの、マジで嫌だ。んで、友達になったサキュバス達が苦しむのも、嫌。その為に、俺は何でもする。こんな変な格好でも、リリさんに殺されかけても、ヘムさんに身体乗っ取られても、何でも。何でもする!  俺、メリさんの為にも何でも出来るよっ!」  俺は無理矢理メリさんの手を掴んだ。 「だから、メリさんっ! 俺に黙って救われてよ!」  人間だけど。  弱い奴だけど。  頼りないし、何も知らないし、何も出来ないし、まだ、子供かもしんないけど。 「絶対に、俺がメリさん達を助けるから! 少しでもいいから、力、貸してよっ!」  調子のいいことばっかり、叫んで。  調子のいいことばっかり、願って。  調子のいいことばっかり、押しつけて。  それで俺の事嫌いになっても憎んでも、なんでも良い。  最後に俺が守りたいって思う人たち達さえ、幸せでいてくれれば。  俺が好きな人達だけ笑っていてくれれば。  それでいい。  俺は構わないっ! 「メリさんっ!」  そん中に、メリさんも入ってるんだから! 「……はぁ。クソ化け物が……っ!」  体全てを再生しながら、漸く出来た顔でリリは深いため息をついた。  周りは瓦礫の山。  こんな街一つ、いや、都市ひとつ簡単に吹き飛ばせる程の力を解放したと言うのに。  あの直前、リリが力を解放した瞬間に目の前に広がったのは、夥しいほどの血の結界。  その結果、あれ程の力を込めて放った一撃でビルさえ崩れてはいない。せいぜい、このフロア内のみ。  赤い悪魔は、いや、ヘムロックは、あの瞬間に何処からともなく血を集めて、何重にも結界を瞬時に張り巡らせ誰も死なせぬ様に収め切ったと言うわけだ。  本体は遠い青森の地にいると言うのに。  たかが、他人の血を使った遠隔操作もどきで、こんなにも……。 「化け物め……っ」  血を吐き出しながら、リリはもう一度深く唸る。  体の再生は直に終わるが、力を解放した反動が思った以上にデカい。再生ができたとしても、指一本まともに動かせるのはまだ叶わない。  産まれて初めてだ。自身の力をあれ程までに出力したのは。  まさか、こんなリスクがあるとは、リリ自身も知らなかったのだ。無理はない。 「クソっ……!」  いつになったら、動くのか。  最早、予想もつけられない。殺されることは無いが、随分と間抜けすぎる。  こんな事を、死んだ桔梗とダリアは許してくれるわけがない。  なんと、不甲斐なき王なのか。  なんと、不甲斐なき保護者なのか。  ヘムロックの邪魔は予想外だった。確かに、そうだ。だが、そんなものは言い訳でしか無い。  ヘムロックがいつの時代もいつの場所も、彼奴の気が向くままに全てを壊す。それをこの世界で一番知っているのは、リリだと言うのに。  怒りで目を向けられなかった。  怒りで考えられなかった。  怒りで計算なんてしられなかった。  ああ、なんと不甲斐なきサキュバスの王なのか。  最強の名を持つと言うのに、随分と弱々し過ぎる。  力も、頭も。 「かっこ悪……」  全部守ると決めたのに。何一つ守れていない自分が、嫌になる。 「そんな事、ないですよ」 「……メリ?」  顔を伏せているリリの前に、愛おしい子の声がした。  隠くれていろと言ったのに。  お前まで守れなくなったら、私は……。 「少なくとも、ヘムロックよりは、貴女の方が格好いいと、僕は思います」  ふわりと、リリの体が浮く。 「服作る力もないのでしょ? たかが布で申し訳ないのですが、これで我慢してください」  そう言って、メリは一枚のシーツでリリを包んだ。 「メリ? どうして……?」 「僕達は、感謝しなくてはならないようです」 「感謝?」  メリに抱き抱えられたリリは体を動かす事なく身を預ける。 「ええ。ハチ様に」 「ハチ、君?」  一体彼は……? 「本当に、困った人ですよ。彼は」 「何を……?」 「ダリアは生きてます。ダリアは、生きていました」  ポタリとシーツに何かが落ちた。  それは、酷く美しい程の透明な雫だった。 「彼女は、死ななかった。彼のお陰で」  知っていた。  いつも関心がないと突っぱねていたメリが、サキュバス達を誰も知らない所で大切にしていた事を。  何だかんだと、守っていた事も。  酷く自分なりに、不器用に。可愛がっていた事も。  リリは良く知っていた。 「……メリ」  普段冷静な彼が、魔取との全面戦争を提示した裏で何を思っていたのか、それも良く知っていた。  だから、リリは頷いたのだ。  彼は弔い方迄不器用なのだから。 「ハチ君は、今何処に?」 「今、魔取の元にいます」 「彼は、魔取を殺す気があるのか?」 「無いですよ」 「……其処迄連れて行ってくれるかい?」 「勿論。リリ様、僕は貴女に委ねます。此処までは、僕が一人で決めましたから」 「……そうか」  漸くぎこちなく動く手で、リリは顔を上げメリの頭を優しく撫ぜる。 「メリ、頑張ったな。しかし……」  ふふっとリリは小さく笑う。 「そのお面は似合わないぞ?」  メリの顔にかかった自分の店の備品を見ながら。 「仕方がないでしょ? 今、僕は吸血鬼じゃなくて彼の式神らしいですからね」  少し苛立った声に、いつも彼を見て安心する。  ああ、やっぱり。私のメリはこうでなければ。 『ちょっとちょっと、まだ最後の大仕事残ってるんだから、まだ移動するのやめてくれる?』  幸せを肺いっぱいに貯めようとするリリの足元から、今一番聞きたくない声がする。 『お前ら、マジ自己中過ぎ。少しはあの爆発に巻き込まれた私の心配しろよ』 「メリ、ここに来てくれて、ありがとう。助かったよ」 「……え? あ、はい」 「私も、自分の事とは言えどうなるか分からなかった。メリの体温を感じると安心するよ」 「……え、ええ」 「君は本当に頼りになる奴だ。ありが」 『無視すんなよっ! イジメじゃんっ!』  無視を決め込み、このまま二人でハチの前に幸せそうに現れる予定だったのに。リリが舌打ちすると、声は再度リリが吐いた血を集めると赤い悪魔の姿を作る。 『イジメ、カッコ悪いよ!?』  存在自体がイジメの様なヘムロックが声を上げた。 「はぁ。うるさ」 『お前の爆発音よりは煩くないしっ!』 「爆発してんだからうるせぇに決まってるだろ。頭にトマトソースでも詰めてるのか? お前は。はー。マジで萎える。幸せなキスして人間殺して仲良く帰るの計画がぶち壊しだ。大体、そのツノ、何だ? クソチェンか?」 『クソチェンって何だよ。このツノ? あー。これね! 可愛くない? カチューシャになってんの。急いで買ってきた! 小悪魔ヘムロックちゃんみたいで可愛いだろ。駅前にホテル取っててよかったわー』 「ぶち折りたいな」 『ざんねーん! 綿と布で出来てるので無理でーす!』 「お前の首の話だよ。何勘違いしてんだ、脳みそトマトソース野郎」  話す度に全てをぶち折りたくなってくる。 「まったく。こっちは力がほぼほぼ残ってないってのに、クソだな」 『は。甘えんなよ。それに、私の方が随分と苦労したんですぅー。マジで、こんな所であんな力使うなよ。間に合わなかったら全員死んでたぞ?』 「お前が死ぬならいいかなって。それにしても、矢張りお前は化け物だよ、ヘムロック。あの短時間でここらにいる人間全員から一定数の血を取り出して結界に変換させる。本体でもない癖に。腹が立つね」 『そのお陰で、私は今ベッドから動けないんですけど?』  その言葉に、思わずリリとメリは顔を合わせる。  あの、ヘムロックが? 『マジで全神経注いでやったからね? 普通なら本体も死んでるよ。こんなもん。お前とは二度と戦わねぇー。絶対二度と戦わねぇー。マジで後悔しかないんだけど』 「それは、こっちのセリフだが……」  リリは低く笑ってヘムロックに手を向ける。 「やるんだろ? 二回戦」 『そうこなくっちゃ、ね? 優しくしてね?』 「期待するなよ。しかし、何で其処迄無茶するんだ? 人間だけ守るだけなら、それ程力は使わなかっただろ? 何故そうしなかった?」 『は? 分かんない?』  悪魔は笑う。 『好きな(ハチ)の前ではカッコつけたいでしょ? 男なら』  そう言って、ヘムロックはリリの手を握るのであった。

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