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第14話

「魔取の……」  思わず俺が名前を言いかけると、直様メリさんが俺の口を塞ぎ自分の後ろに隠す。  あっ。しまった。  ハチとしては、初めて会うって事だった。  バレたら不味い。  リリさんが、本気で魔取を殺しにかかったって、バレちゃうんだ! 「お客様、悪いですが本日は全て予約がありまして。お急ぎでしたら、姉妹店をご案内させて頂いております」  大丈夫? バレてない?  てか、何でこんな所に本郷のおっさんが来てんの?  まさか、俺達つけられてたとか?  でも、帰りもメリさんの扉だったし……。  やばい。俺、服着替えてない。上から羽織るしかしてない。巫女服、見えてない? 大丈夫?  ダメだ。  グルグルと思考が回転しすぎて目が回りそう。 「客じゃない。ここの女主人に、追加の礼を持ってきた」 「……店長は今、出掛けております」 「なら、言付けを頼む。うちの若い奴を見逃してくれた礼だ。これを渡してくれ」  そう言って、本郷のおっさんは一通の封筒を差し出した。  封筒?  なんか、デカイけど……。 「中身は?」 「アンタらは知らんでいい。女主人が欲しがっていると思う情報だ」  それって……っ! 「分かりました。お渡しして置きます。お客様のお名前を聞いてもよろしいでしょうか?」 「本郷聡。魔取の本郷と言えば通じるだろう」 「有難う御座います。その様に伝えさせて頂きます」  本当に、これだけ? これだけの為に? 「後、この店は十五歳の子を働かせているのか?」 「……仰る意味が分かりかねます。当店のスタッフは全て成人以上ですので」 「そうかい。じゃあな」  それだけ言うと、本郷のおっさんはあの時にみたいに普通に帰って言った。  ええっ!? あの人、マジで何なん!? 「……貴方、あの人間に年齢を?」 「へ?」 「自分の事、話しましたか?」 「いや、全然……。嘘バレるし」 「……貴方、十五歳なんです?」 「え? あ、うん。一応」 「……はぁー」 「はぁー?? 何でクソデカため息吐くの!?」  年齢言っただけで!? 酷すぎん!? 「意味がわからない……。理解に苦しむ……」 「えっ!? そこまでー!?」  どうしようもなくない!?  年齢なんてどうしようもなくない!?  てか、理解に苦しむぐらい十五に見えないの!? 俺! 「……養父の趣味を疑いたくなる。あの人、ペドなんですか」 「ペド? 何それ」 「クソど変態野郎って事です」 「……まあ、否定は……」  巫女服で騒いでたし、出来んよな。うん。 「見損なおうと思ったんですが、そもそも見損なう程の尊敬は何一つないですからね。いいですけど」 「ま、趣味は良くないと思うよ?」  相手は俺だしねー。 「あの人が今更ペドだろうが犬とまぐわろうが、今更ですよ。性格破綻のクソのくせに、性癖すらクソだっただけだ」  すげぇ言われ様。 「ヘムさん、嫌われてんね」 「嫌わない要素がないでしょ? 自己中心的過ぎるんです。気分で誰でも何でもぶち壊す。神経を疑いたくなる。強さだけですよ、あの人は」 「リリさんの携帯もクソロックで登録されてたもんなぁ」 「……クソさはお二人とも変わらないですけどね。目くそ鼻くそですよ」 「言い方……。あ、それ勝手に開けちゃダメじゃ無い? リリさんにでしょ?」  メリさんが手に持っていた封筒を徐に開け始めて、思わず俺はその手を止めた。 「良いですよ。どうせ、まとめて報告しなきゃいけないのは僕なんですから。恐らく、これは桃花の居場所と攫った奴等の資料です。彼等は完全にこの件から手を引く様だ」 「そんなもん、簡単にくれんの?」  それって、よくドラマで見る極秘って奴なんじゃ無いの? 「普通はありえない。しかし、彼等も立場がありますからね。今回、人外の王の一人に人が助けられた事実の方が随分とデカイのでしょう」 「いい事したって事?」 「彼等にとっては、最悪な事なんですよ。人外と人間の取引は、人外が人に関与しない代わりに、人は人外の領域を侵してはならない様に勤める義務がある。しかし、人では手に負えない悪魔がいたと言う事実は、彼等にとっては不名誉であり、尚且つこの取引の無意味さを意味します。それだと、困るのは人側なんです」  あー。分かるかも。  人外にしか倒せない悪魔、と言うか、人外? がいる事実はこの関係を破綻されるんだ。  関与させないって約束なのに、関与しないと困るから。  確かに、取引の意味がないよな。それ。 「でも、それはヘムロックさんと同じじゃ無い?」  あの人も人間ではどうしようもないんでしょ? 「アレは、人外も人もどうしようもないので関係ないです」  ついにあの人って言われ方もされなくなっちゃったか。 「人間にどうにか出来ないのは、王と呼ばれる方のみ。人間はそれと取引しているんです。僕たちは、王の命には絶対ですからね。逆らう奴も勿論いますが、聞かなければ死ぬだけです」 「人外殺伐としてんね」 「人間もでしょ? 変わりませんよ」  ああ。確かに、そうかも。 「さて。そろそろ第二陣が本当に来ますからここはお願いします。僕はこの報告をまとめる作業と、正気を取られた人間の後始末に向かいますので。何かあれば、内線を鳴らしてください」 「後始末!? 死んだの!?」 「なわけないでしょう。そんな事をしたら、本当に魔取との取引が終了しますよ。正気を吸われ尽くした人間を家に返すんです。影を使ってね」  あー。成る程。  便利だな。 「あとは頼みましたよ」 「了解!」 「では、失礼しますね」 「メリさん、ココアありがとね! 仕事頑張って!」 「ええ、貴方も」  何かさー。  よく分かんないけど。 「救われても、何しても。嫌いなら、嫌らいなままでいいのに。律儀だな、メリさんは」  棘のない会話に、思わず笑ってしまう。  そう言うところが、本当にかっこいいんだって。メリさんは。  俺の自慢の、先輩過ぎでしょ! 「あ、ハチ様」 「はひっ!?」  クルリとメリさんが振り返って俺を見る。  やっべ! 独り言聞かれた!? 「少し笑ってもらって良いですか?」 「へ? こ、こう?」  人差し指を頬に突き刺して口角を上げる。  すると、パシャリと写真を撮る音がした。  よく見れば、メリさんが携帯を手に持っているじゃないか。 「……突然どったの?」  何で俺写真撮られたの?  なんかあんの? 「いえ。ただの機嫌取りですよ。クソど変態野郎のね」  そう言って、再びメリさんは奥へ消える。  え?  マジで、なんなの……? 「ざっと、百二十九名の性を絞りとられましたが、如何ですか?」 「……前菜食べたかなって気分」  全裸のまま煙草を吸いながら、リリさんがベッドの上に座っている。 「……この部屋何?」  て言うか、こんな部屋あったけ?  この店には色々な部屋があるけど、こんな体内の中みたいな部屋、見た事ないんだけど。 「これは、私の巣だよ。サキュバスは巣を作れるんだ。巣の中でなら性的興奮すら生の力として吸い取れる。だから、女でも食えるんだ。あー……。ダメだ。精子が足りねぇなぁ……」 「これ以上本日中に用意は無理ですよ」 「分かってる。近場で乱行パーティーやってるところないか? 三箇所ぐらい」 「知りません」 「それもそうだ。自分達で開いた方が早そうだな。サキュバス達っ! 適当な所で乱行パーティー作ってこい。存分に力は使っていいが、殺すなよ。仕上がり次第、呼べ。五分で食い尽くす」 「お任せくださいっ!」  あれ? 姿が見えなのに声だけが近くでする。 「リリ様の食べカスを取ってたんですよ。彼女達も今日は食いっぱぐれましたからね。それぐらいの食事は欲しいんでしょうに」 「あー。おやつ感覚なんだ」 「おつまみ感覚ですね」  どっちも一緒じゃね? 「あー。クソ。ヘムが居ないのが腹が立つなんて、人生で最大の汚点だ」 「ヘムさん?」 「彼奴の精子が一番手っ取り早い。吸収に時間はかかるが、今は一人じゃないしな。一番効率がいいタイミングで……、いや。そもそも力を使い果たしたのは彼奴のせいなんだから……」 「リリさんっ! ヘムさんは今回悪く無いんだ。悪いのは、俺だから!」  ヘムさんは俺のお願いを聞いてくれただけ。  ヘムさんは悪くないんだよ。 「……すまない。まだ、理性が追いついていないんだ。口を滑らせたね。八つ当たりだ。本心じゃ無い。気にしないでくれ。君も悪く無いよ。悪いのは、桃花を攫った人間だ」 「リリ様、桃花の件ですが追加の情報が手に入りました。食事が終わってから展開しますが、情報は既に手に入れた件は耳に入れておきたくて」 「情報? 調べたのか?」 「まさか。そんな時間ありませんよ。魔取の人間が持ってきました」 「……本郷か」 「ええ。本郷聡。ここの支部の魔取です。そちらの調べは終わらせておきました」 「上出来だ。本郷含めてな」  リリさんがタバコの火を消すと、また一本の煙草を箱から出してメリさんに咥えさせる。 「あの魔取の子供。中々見所があるじゃないか」 「そうですか? ただの機嫌取りでしょ?」  メリさんはタバコに火をつけると、リリさんの口に戻した。 「それが大切なのさ。私の機嫌は取っておいて損はないからな。クソ、来てたならついでに精子を巻き上げれば良かった。礼も兼ねて天国見せてやるのに」 「地獄でしょうに」 「死ぬほどの天国に決まってんだろ? 天国が見えるまで死ぬ程イカし続けてやるんだからな」  そう言って、リリさんは喉の奥で響く笑う。  言ってる事は最低だけど、何かカッコいい。何っての? いつもは冷静沈着で大人な感じなのに、素って言うのかな? 理性ない時はヘムさんみたいな感じを醸し出してるの、何かカッコよく見えるんだよね。  勿論、普通のリリさんもカッコいいけど。  何かさっきからリリさんにドキドキさせられてる気がする。 「場所とその馬鹿野郎の名前はわかってると思っていいんだな?」 「はい」 「山奥か?」 「いえ、都内です」 「メリ、お前の扉で行けるか?」 「勿論。お任せください」 「ならいい。報告も資料も要らんし、読まん。無意味だろ。お前が覚えたら捨てろ。明日の朝、打ち込む」 「分かりました」 「全く。人間風情が。精子垂れ流すしか脳がない猿が身に余るものを欲してくるれるな」 「御もっとも。相手は不老不死をお望みとの事です」 「成る程、成る程。こいつは面白い。死なぬ絶望を知らない猿が随分と抜かしてくれる」 「……そんな事の為だけに、桃ちゃんを攫ったの?」  嘘だろ? 人間。  そんな事の為に? 「それに、桃ちゃんは不老不死なんかになる力持ってないんじゃないの!? 病気とか治されるだけなんじゃないの!?」 「ハチ君、君も知ってるだろ? 人間の愚かしさと馬鹿さ加減と汚さを。人間って奴は、どうしようもなく、救いようがないんだよ。人外達が思わず憐れみ目を背けるぐらいにね」  そう言って、リリさんが俺を見て笑うのだ。 「……マジで疲れた」  頭が、痛い。  力を使い過ぎた。  こんな事、久々過ぎる。餓鬼の頃にあった様な気がするが、そんなもの遠の昔だ。   「……力が、足りねぇ」  ベッドから起き上がる気力も湧かず、大の字で低い天井を見上げる。  安いビジネスホテルの天井は、随分と自分にとっては低い。 「……はぁ」  あの後、結局聞き耳しか立てれなかったが、ハチは無事そうだ。  リリも正気に戻ったし、何故か知らんが、メイディリアもハチの意向に乗っている。何をどう言いくるめたかは分からないが、あのメイディリアを説得出来るとは。  自分から提案しといて何だが、無理だと思って奥の手を用意していた自分が、一番あの子を侮っていたのかもしれない。 「メイディリアも、簡単に絆されてんじゃねぇよ」  頭を抱える手を動かすのも億劫だ。  何もかもが億劫だ。  それ程力を使いすぎた。  己の血を使ったわけじゃないが、己の力を極限迄に制限して使った。これが問題だった。  血を単純に使いづつけるだけなら、こんな風にはなっていない。  あの爆発、普通に吹っ飛ばされていただけなら何一つ力を削らず、精神を研ぎ澄まさず、何一つこちらの手負いはなく済んだ。  リリに言われた通り、人間だけ最小限に守るだけでも同じだ。  だが……。 「かっこつけたかったんだよなぁ……」  年甲斐もなく、ハチに対して良いところを見せたかった。例え、見ていなくても。  あのキラキラした可愛いお目目で、ヘムさん凄い、と。  そう言ってくれるかもしれない。  たかが、そんなちっころこい希望一つで。  千年生きた史上最悪の吸血鬼の王が。  それだけでもう、満足してしまう。  これが、好きと言う事だろうか。  長年、本当に長年。ハチがいなかった千年。ただただ生きてきた自分の人生の何とも無色さに嫌気がさす。   「彼奴もこんな気持ちだったんかなぁ……」  ふと、昔馴染みの顔が脳裏をよぎった。  其奴は、自分よりも年上で、まあまあ強くて、口うるさい奴だったが、生まれた時から自分の隣に立っていた奴だった。  そして、煙みたいにこの国で消えた奴だった。  リリは必死に探していたみたいだが、自分は何もしなかった。  消えるなら消えるで良いし、死ぬなら死ぬで構わない。  それを決めるのは、俺じゃない。  彼奴の後ろ姿すら追おうとはしなかった。  最後に話したのは、いつだったか。  消えた後、暫く経った後だったか。手紙だったか、顔を見たかのか。  遠い昔の事を思い出すのも億劫だ。  でも、最後の言葉だけは覚えている。 『ヘムロック、俺は幸せになるよ』  咽せ返る様な、甘ったるい花の匂いの様なその言葉に、俺は思わず舌を出した。  あの時は、心底馬鹿にしていたし、幸せなんて考えた事も感じた事もなかった。  ただ、祭り上げられ恐れられ、誰彼構う事なく自由気ままに血を啜って。人間も人外も、悪魔も神も。誰も彼もが関係がない。俺とそれ以外しかこの世には存在しない。そして、それ以外は簡単に壊れる我楽多だとせせら嗤って。それが日常だと思い込んでた。  孤独でもなかった。それ以外と言っても、俺には其奴とリコリスがいた。あの二人が俺をこの世界に留めるだけの理由だと思っていた。それも別に間違いじゃない。  けど、二人は多分違ったんだろうな。  俺を愛せよとは微塵も思わないが、あの二人がそれぞれ選んだ奴らが、少し憎らしい気もした。  酷い奴らだ。  弄ばれたよ。完全に。  俺はお前らしかいかなかったのに。  けど、今ならわかる。自分も、ハチの為なら躊躇わずに彼奴ら二人を捨てられるからだ。  愛ってすごいね。  無敵のパワーじゃん。 「……血でも吸いに行こうかな」  力を使ったんだ。  何処がで補わなくちゃいけないのは仕方がない。  本当は何もしたくないけど、流石にこんな所までメイディリアに餌を運ばせる訳にもいかない。 「あー。処女の血飲みてぇー」  肉が柔らかかったら誰でも良いよ。歯を立てる動作でさえ、億劫なんだから。  上着を手に取った時、携帯の音が鳴る。  誰だよ。こんな時に。  此奴の血から啜るぞ?  苛つきながら携帯を見ると、珍しくメイディリアから。何だよ。彼奴、何時でもタイミング悪すぎだろ。百年ぐらい囲ってやってたけど、全然成長しねぇなぁ。 「強制召喚させるか? あ?」  お前さぁ、今のパパの優しさをさぁ、もっと噛み締めろよ。マジで。俺がどれだけお前の事まあまあ可愛がってると思ってんの? あのリリから百年もお前隠して守って、お前が最低限身を守れるぐらいの力つけてやって、困らん様に叡智でも何でも与えてやったのに、お前、それがこれかよ。  何の用だよ。マジで下らない内容だったら、腑全部引っこ抜いて男盛りさせてリリの前に出してやるからな。  板前ヘムちゃん開店させるからな。 「なんだよ。ったく。マジで……」  メールを開いたその瞬間、俺は上着を投げ捨ててベッドの上に飛び戻る。 「ハチっ!」  添付されていた画像には、ハチが可愛いポーズで笑っている。  え? これ、ヘムさんに送るからって奴でしょ?  ヘムさんに見てもらうからって、こんなに可愛いポーズとったんでしょ!?  可愛いー!! ちょっと寂しそうな表情、絶対に俺がいないらじゃん!! 「可愛いー!!」  可愛いー! 世界一可愛いー! 「あー……。生き返る……」  写真一つで生き返る。  女なんて食ってられるか。  こうしちゃいられない。俺は急いで携帯で電話を掛けると、電話の向こうの萎縮した様な声をかき消す様に早口でこう伝えた。 「……もしもし、俺だけど至急今から言う場所に血液パック持ってきて」  

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