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第15話
「ご飯、これぐらいで足りると思う?」
「これ以上どう作るんです?」
「またスーパーに走ろうと思ってたけど、あそこ二十三時迄なんだよなぁ」
テーブルを埋め尽くすぐらいの料理をメリさんと二人で見て、溜息を吐く。
「十分でしょう」
「でも、リリさん出掛ける時いっぱいのご飯作っておいてくれって言ってたじゃん?」
「これは、いっぱいではないんですか?」
「いや、いっぱいだけどさ……」
正直、リリさんの袋よく分かんないんだよな。
ここ数日、一緒に飯食ってるけど、出したら出した分だけ何でも食べるし。
いつもお皿綺麗だし。
「リリさんって、正直どれぐらい食うの? スタイルとかに気を遣ってサプリしか飲まないとかじゃないの?」
「何処のモデルですか」
いや、凄いじゃん。身体。
何か維持してるからその反動でめっちゃ食うとか、あるてしょ? 普通。
「スタイルもクソもないでしょう。サキュバスですし」
「何時もどれぐらい食べるの?」
「僕と同じぐらいは食べますね」
「え? メリさん飯食うの?」
人間の?
何それ。
「……そんな目で見ないで頂けますか?」
「俺の飯は食わんくせに、って思ってる目?」
「分かっているじゃないですか。やめて下さい。それには事情があるもので」
ほう?
「さっきから、ずっと俺、メリさんにはぐらかされてばかりなんだけど?」
「……言う必要がないものばかりですからね」
「今回は言う必要がありますっ! 今迄は俺の我儘だったけど、メリさんが飯食う人なら話は別ですっ!」
「今も食べてますよ。携帯食料」
「人の飯の話ですぅー!」
何だよ! 食えんのかよ!
「人間嫌いで人間の作った飯は食えないなら、納得するしもうメリさんに飯は出さん。誓うっ! だけど、他に理由があるなら、ちゃんと話して。別にメリさんに飯をどうしても食わせたい訳じゃないけど、俺、飯の話で結構ヘムさんと一方的に拗れそうになったからちゃんとしておきたいのっ!」
「……飯如きで? ヘム様と?」
「飯如きで。飯って、人間にとってはメリさん達の言う血と同じなの。生きる源なの。一緒に食えると、まあまあ俺が嬉しいの。全部俺の我儘だけどね? わかるけど、食いたいもんは一緒に食いたいの。今迄は勝手にメリさん人間嫌いだからって理由つけてたけど、そうじゃないよね? 理由、教えてよ!」
これは絶対に譲らんぞ!
「……別にそう言う理由じゃないですよ。人間は嫌いですが、人間が作る物に罪を感じた事ないですし。……貴方が来る前、ここの食事はどうしていたか知ってますか?」
「知らんよ?」
誰も教えてくれんかったし。
リリさんが作ってたんじゃないの?
「ここの食事は、ヒサエと言う女性が作ってたんですよ」
「ヒサエさん?」
「ええ。人間の小娘です。彼女は元々ここで働いていた人間なんです。行くあてもなかった彼女をリリ様が拾い、ここで働かせていたんです」
「突然の良い話じゃん」
でも、飯関係なくない!?
「彼女はここでの仕事を辞めた後も、ここに居座り続けました。もう、五十年は前の話です」
「小娘ってなんだったの?」
話違ってこん?
「小娘でしょう。まだ七十前ですよ」
「七十になったらどう言う区分なん?」
「一人前の女性ですかね?」
「スパンが長すぎる……」
同じ時間、生きてなさすぎる……。
「その彼女が先日……」
え? 何? 突然の悲しい話?
「ここから居なくなったんですよ」
「えっ!?」
ちょっと待って! そって、今回の誘拐事件と何か関係あるんじゃねぇーの!?
「やばくない!? 探さんでいいの!?」
「いいですよ」
やっぱり、人間だとドライなん!?
心配しないん!? リリさんも、何で探さんの!?
「生まれたばかりの孫の面倒見る為に北海道にいるだけですし」
「……紛らわしい言い方しんで? マジで無駄なダメージ受けたよ? 俺」
無駄に心痛んだよ?
「勝手にダメージ受けるの辞めてください」
「言い方気を付けて?」
俺のせいでしんで!?
「で、そのヒサエさんとやらに飯食わない理由があるわけ?」
俺の言葉に、メリさんはバツが悪そうに明後日の方向を向いた。
「……僕が日本に連れてこられて、その時はまだ純粋に人間のご飯なんて食べたくなくて、その、年甲斐もなく色々粗相をしたりしているのを彼女に嗜められたんです。それで……、その、彼女が余りにも僕を真剣に心配してくれるものだから、どうしていいのか分からず、一口食べたんですよ。その時、約束したんです。彼女の作ったご飯だけは必ず食べるって」
は?
「だから、その……。ハチ様の作るご飯が悪いと言うわけではないんですが、その、申し訳ないですが、……ハチ様のご飯は食べれないんです。彼女との約束を反故にしてしまうから……」
はぁ!?
「……メリさん、何でカッコいいのにそこら辺は馬鹿なん!?」
「ばっ、馬鹿ですって!?」
「馬鹿だよ! ヒサエさん、メリさんに自分以外のご飯食べて欲しくないからそんな約束した訳じゃないじゃん! どう考えても、メリさんがご飯食べれるようになって欲しいからその約束したわけでしょ!? それでまたメリさんが飯食わんくなったら、ヒサエさんが頑張った意味なさ過ぎじゃないっ!? 何考えてんの!?」
どう考えても、そうでしょ!?
「メリさんがヒサエさんのご飯しか食いたくないって気持ちは分かるけど、ヒサエさんが望んでるのはそうじゃねぇーんだよっ! メリさんにはいつも美味しいご飯食べて欲しいのっ! わかる!? それが心配した理由でしょっ!?」
何でリリさんといい、メリさんといい、何処か抜けてるんだよ、人外は! 頭良くて強いのに、何でだよ!
ヘムさんは抜け過ぎてて論外だけど!
「……でも、約束が……」
「そんな約束、本当にヒサエさんが喜ぶと思ってんの? ヒサエさんが喜ぶのって、ご飯をちゃんと食べるメリさんの元気な姿だと、俺は思うよ。俺がヒサエさんだったら、そうだもん。自分のご飯を其処迄愛してくれるのは嬉しいけどさ、ご飯食べないメリさんは嬉しいくないし、嫌だよ」
「……だから携帯食を……」
「ヒサエさん、それでも食ってろって言って出掛けたん?」
メリさんがふと止まる。
「……ちゃんとご飯食べなさいねって……」
「ほら。そう言う事じゃん。愛されてんね、メリさん」
そして、愛してんね、ヒサエさんの事。
何でもかんでも、大切なもん増やす人は優しい人だよ。
「メリさんも一緒にご飯食べて」
「いえ、でもリリ様が」
「今からお釜を開けるから、メリさんも手伝って」
「は?」
「俺も腹減ったし、ダリアさんも何も食べてないし。お握りパーティー、するっしょ!」
皆んなでお握り、たくさん食べるの良くない?
「……随分と沢山だな」
「あ、やっぱり、こんなに食べれん?」
帰ってきたリリさんの言葉に慌てると、リリさんは首を振る。
「ハチ君が私の為に作ってくれたんだ。どれだけでも食べれるよ」
あ。
いつものリリさんだっ!
「やった。実は、皆んなで食べようと思って、沢山お握り握ったんだよね」
「ほう? 随分と……バリエーションが豊富だね。彩も形も」
リリさんがチラリと俺が持っている大皿に並べたお握りを見ながら言葉を選んでいる。
その優しさが仇だよねー……。
「なら、リリ様は綺麗な形のものだけて食べてください。絶対に、歪だと思うものは食べないでください」
凄い形相をしているメリさんが、リリさんを睨みつけながら口を開く。
「……うちのお姫様は、何がそんなに気に入らないんだ? 乱行パーティーについてきたかったのか?」
「リリさん、違う違う、お握り」
俺はため息を吐きながら、リリさんに耳打ちした。
「これ、俺とメリさんの二人で握ったの」
大きい声で言うと、多分またメリさん煩いからさ。
「……ほー?」
「リリさん、他のサキュバス達は?」
「そろそろ戻ってくるよ。あの子達も随分と働いたからね。労いを兼ねて、同伴は問題ないかい?」
「そのつもりで作ってるから大丈夫。皆んなの分のコップとお皿も用意しなきゃね。メリさん、手伝ってよ」
「私は取り皿を取ってきますので、貴方はコップを」
「ほーい」
「はい、ですよ」
メリさんと二人でキッチンまで走る俺たちを見て、リリさんが優しく笑った。
「水仙、見ているかい? 賑やかな晩餐が出来そうだ」
「さて、話は全員知っているね? 今日、水仙が消され、桃花が攫われた。明日にでも、私は桃花を返してもらいに行こうと思うが……。此処で皆に確認を取りたい。付いてくるものはいるかい?」
この場にいる全員が手を挙げる。
それは、俺も。
「ふふ。勇ましい子達で私は嬉しいよ。では、全員に告ぐ。その場にいる人間は一人残らず殺せ。地獄を見せろ。我々サキュバスの力を思う存分使い果たせ。ダリア達を襲った男達は私が直々に殺す。お前達が簡単に手を出すんじゃないよ? 分かったかい?」
「はいっ!」
「それに加えて、向こうには吸血鬼が紛れ込んでいる可能性があります。僕と似た匂いを嗅ぎ取ったら直ぐにその場を離れて、連絡を」
「はいっ!」
「良き返事だ。では、皆。本日の食事にありつこうじゃないか。明日の弔い合戦の為に」
皆が一様に手を合わせる。
「いただきますっ!」
それはまるで、食卓に花が咲く様に。
「リリ様っ! 歪なものは食べないと約束したでしょうにっ!」
「お前は綺麗なものだけ食えと言うから、綺麗なものを選んだだけだ。何か問題でも?」
「絶対に思ってないでしょ!?」
「思ってるさ。私の美的感覚に迄口を挟むなよ。な? ハチ君」
「えっ!? 俺!?」
「ハチ様っ! 貴方、まさかっ!」
「いや、何も言ってないって! マジで!」
「このお握り、なんかあるの?」
「おかか取ってよ!」
「ダリアは病み上がりだし、梅干しの方がいいんじゃない?」
「関係なくない!?」
「紫蘇たくあん美味しいよー?」
「こらこら、娘達。その歪な握り飯は私専用だよ。君たちは綺麗な方を取りなさいな」
「歪って今言いましたよね!? やっぱり、思ってるじゃないですか!」
「思ってるよ? けど、綺麗だとも思ってる。はい、論破」
「リリ様ー!」
「ヘムさん落ち着いて! ほら、唐揚げ取ってあげるから! ほら、あーんっ!」
「……自分で取れますっ! 唐揚げ如きで気安く僕の機嫌を取らないで頂きたいっ!」
「なら、煮付けをやろう。サエのは喜んで食ってたじゃないか」
「喜んでないですっ!」
「あ、リリ様ー! サエちゃんから孫の写真来てましたよー」
「目元はヒサエちゃん似ですよ」
「ほう。これは別嬪だな」
「えー! 俺にも見せてよ」
「ほらほら、隣に写ってる子がサエちゃんだよ。ハチ君会ったこと無いよね?」
「うん。でも、噂は知ってる。赤ちゃん可愛いねー」
「ああ、愛らしいな」
「小猿じゃないですか。何が可愛いんだか。小さいものなら何でも可愛いんですか? 虫でも?」
「はいはい。メリ様の自分一番可愛いアピール」
「少なくともメリ様より可愛いし」
「はぁ!? サキュバス如きが調子に乗って……っ!」
「私はメリの方が可愛いと思うよ。メリが一番別嬪だからね」
「リリ様だけですぅー!」
「リリ様はメリ様が好きだからー!」
「ああ。そうだね。これぐらいの赤ん坊ぐらいから、好きだからね」
「……っ!!」
「……リリさん、強い」
「何言ってるんだい。私は今日一番ヘムロックを殺した女だよ。弱いわけないだろ?」
「か、かっけぇ!」
「はぁ!? 貴方、僕のことカッコいいって言ってたじゃないですかっ! 騙したんですか!? 僕の事っ!」
「違うベクトルだって! メリさんはかっこいいよ? 仕事してる時とか、色々かっこいいなぁ! 大人になったらメリさんみたいになりてぇなぁ! とか、思うけどさ、リリさんは、アレだよ。もう、存在自体がかっこいい。何喋ってもカッコいい。全部名言じゃねぇのって思うカッコ良さがあるんよ」
「わかる! リリ様は存在自体がかっこいいよね!」
「リリ様程の方なんていないもんね!」
「弱いわけないだろ? って所、最高だった!」
「ははは。可愛い事言うね。纏めてかわいがってあげようか?」
「きゃーっ!!」
「リリ様ーっ!」
「ハチ様の嘘つき……」
「えっ!? まだ、言うの!? 嘘じゃないって。リリさんはリリさんの、メリさんはメリさんのかっこいいところいっぱいあるんだって。はい、唐揚げ。これ、一番上手く出来てでっかい奴、こっそりメリさんにあげるよ。頼りになるかっこいい先輩は、メリさんだけだしねっ」
「……こ、こんな事で、騙されないですからね? ま、まあ、唐揚げには罪がないのでいただきますが……」
「おい、ここでキャバ営業すんなよ」
「メリ様のチョロ吸血鬼」
「ハチ君、そう言うところ、身を滅ぼすよ?」
「女に嫌われるよ」
「チョロくないですし!?」
「唐揚げあげただけで、随分な言われよう過ぎない!?」
楽しい宴は、朝日が登るまで続く……。
訳はないんだよなぁ。
「皆んな、突然寝るよね……」
食堂のテーブルの上に伏したサキュバス達とメリさんにブランケットを掛けて、なるべくうるさくない様に皿を洗う。
楽しい食卓だった。
夢みたいに。
大勢の人で食卓を囲んで、話しながら楽しそうにご飯を食べる。
そんなもの、テレビの中だけだと思ってたのに。
「犬になってみるもんだな」
犬としての生活で、こんな夢を果たせるとは。
「君ぐらいだよ。そんな事を言うのは」
「リリさん」
「洗い物手伝うよ。あれだけの量を作ってくれてありがとうね。後片付けもやらせてしまって」
「いや、それが俺の仕事だし。お腹いっぱいになった?」
「ああ。とてもね」
「力の方は?」
「過去の残骸を取り込んで、何とか平常時だ」
「そう言えば、何ですぐに取り込まなかったの?」
力を分散させて残してるって、昔のリリさんがそういえば言ってたっけ?
それ取り込めば、人なんて食わなくてもよかったんじゃ?
「ああ。少し厄介な話さ。理性が効かない時に力が戻ると、少々気性が荒くなってね。力がない時はいいが、有り余る力をある程度発散させてしまいがちになるのさ」
「困るの?」
「困るんだよ。私以外の奴等がね」
静かにリリさんが笑う。
「それはそうと、今日はよく頑張ってくれたね。礼をどれだけ並べても、足りないな。どうしようか?」
「え? いや、俺、なんもしてないし……」
結局、一番頑張ったのはヘムさんで、後を片付けてくれたのはメリさんとリリさん。リリさん達を助けようとしたのはダリアさん。俺はと言うと、女装ぐらいしかしてないんだよなぁ……。
本当、何やってんだろ。
「何もしない人間は、あの時の私の前に立とうとはしないよ」
「けど、それを止めたのはヘムさんじゃん」
本当に突っ立ってただけだし。
「助けようと、思ってくれたんだろ?」
「ダリアさんがね。俺は、ダリアさんが困るのも、リリさんが悲しむのも、嫌だっただけ」
水が流れる音が、俺のため息まで流して行く。
「嫌だと思ってくれたのが、嬉しいんだよ」
リリさんの声が余りにも真剣で、俺は振り向くと真剣な顔をしたリリさんが俺の顎を持つ。
「私達サキュバスは、君のおかげで助かったと言っとも過言じゃない。私達は、仲間を見捨てて平和の中で生きる事は出来ないが、混沌の世界で生きるには弱すぎる。手違いだけで落ちるには随分と無様さ。それを救ってくれたのは他でもない。君だ、ハチ君」
「でも……」
「君が居なければ、ダリアの声は私達に届かなかった。君が居なければ、ヘムがこの件に首を突っ込む事はなかった。ヘムが居なければ、ダリアは消滅していた。ダリアが消滅していたら、真の犯人は知らないままだった。真の犯人を知らないまま、淫魔は滅んでいた。それら全てを掬い上げてくれたのは、君と言う存在だ。礼を言う。いや、どれだけ礼を並べた所で、並び足りない。それ程の事を君はしたんだ」
リリさんの唇が静かに吊り上がる。
「私は、王として全ての淫魔を愛する義務がある。可愛い我が子達を守ってくれた礼は何よりも重い。夜の女王として、そして、君の友人リコリスとして、感謝の気持ちを君に送ろう。ハチ君、目を閉じて」
「え? う、うん。こう?」
「そう」
優しい声と同時に柔らかい唇が俺の口を塞ぐ。
「……へっ?」
一瞬だったけど、これって!?
「ふふ。今ので君が困った事があれば、何時でも私を呼び出せる権利を与えた。いつでもだ。私を心の底から求める時、私の名を呼べばいつでも文字通り、飛んでくる。いつでも使ってくれよ?」
「……今のって、キス!?」
えっ!? マジで!?
「勿論。感謝の、な?」
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