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第16話

「手を挙げたのは自分だけど、本当に付いていって大丈夫?」  皆んなが一様にデカい郊外の屋敷を木の上から見下ろしながら、俺は一人リリさんをチラリと見上げた。  これが、件の桃ちゃんを攫った奴らのアジト……てか、親玉の家、か。  随分と繁栄してる様で。ここまで持ってて最後には不老不死になりたいとか、欲しがりすぎでしょ?  他の枝にはダリアさんをはじめとした、サキュバスの姿に戻ったみんなが居る。  何かここまで来ると、人外ってよりも忍者っぽい。 「大丈夫だよ。君にも仕事はある」 「俺に?」  リリさんが俺の顔を見ながら、首を傾げると少し笑った。 「君は、桃花を探してくれ。この屋敷にいる事は分かっているが、恐らく桃花がいる所に我々は入れない。無理をして突っ込んでもいいんだが、そうなると楽しくなくてね。楽しい食事を潰させない様に、君が桃花を助けてやって欲しい」 「別にいいけど、俺戦える? 武器ないよ?」 「なぁに、何も君にまで人を殺せとはカケラも考えていないよ。私もそこまで鬼じゃない。途中までは、ダリア、メリと行動してくれ。お前ら二人、ハチ君には食事を見せるなよ」 「わかってますよ」 「流石にしないですって」 「え? 別に俺気にしんよ?」  分かってるよ。それぐらい。  人を食べる。それを理解した上で、俺は皆んなと一緒にいるんだし。 「そうじゃない。そう言う事じゃない。気に障ったら謝るが、何も君を特別扱いしての対処ではないんだ。そちらの方が、お互いが良い。それだけだ。君が人外って奴を本当の意味で抱きしめる迄のお楽しみだと思ってくれていい」  随分と含んだ言い方におもわず聞きすがる事もできずに俺は静かに頷いた。 「さて、おさらいだ。今から私はここの屋敷の中枢部をぶち抜いて、巨大な巣を作り上げる。規模はこの屋敷全体。私が巣を作り上げる前に、お前ら全員中に入って置けよ。今回の巣には出入り口は作らない。私が巣を解除しない限りは出入り不可だ。サキュバス共は中にいる人間を見かけたら手当たり次第殺せ。メリは吸血鬼を探せ。その間出会った人間は殺せ。血は吸っても構わん。ハチ君は桃花がいる場所を探してくれ。恐らく、牢が貼ってある中には君一人で行く事となるが、途中まではダリアとメリと行動しろ。残響が残ってるかの確認もメリに任せる。男、女、子供、老人。全て殺せ。一人も逃すなよ。血も精子も一滴も外に逃すな。以上だ。何か質問は?」 「はいっ!」 「何だい? ハチ君」 「俺が人間に会ったらどうするの? その牢の中で」  殺す殺さないでもなくて、俺普通に捕まらん? 「そうだな。自分の身は自分で守ってもらう事になる」 「戦えんと、思うけど?」  だって、俺普通の人間だし。 「牢にいるって事は、それなりに体鍛えた人が守ってるって事でしょ? 結構瞬殺だと思うんだよね。俺が」 「そうだな。なので、君にはこれをあげよう」  そう言って、メリさんは俺に一つの小さな可愛い白いベルを手渡した。 「何これ?」  まるで人形遊びの道具みたいだ。 「お節介な子供がいたものでな。人間除けの鈴だよ。人外には効かない」 「人には効くなら俺にも効くんじゃ無いの?」 「中々良いセンスをしているじゃないか。勿論、君にも有効だ。その鈴を鳴らせば人の脳内に不協和音が響いて吐き気を催す程の目眩に見舞われる。君は仕組みが分かっているんだから、少々ら気張って耐えてくれよ? 何が起きたかわからん奴よりは確実に動ける筈だから」  何それ。地獄じゃん。  けど、俺は力は無いわけで。 「了解。踏ん張るわ」  これに頼らざる得ない。  そもそも何の力もない人間が、ここの侵入に力を貸したいと言ったんだ。  誰でも無い自分が、自分で。  ならば、これぐらいの事は覚悟済みに決まっている。 「良い返事だ。是非とも君の飼い主に見習わせたいね」 「またまたー。そんなヘムさん、嫌でしょ?」 「いや、正直、そうなって二度と私に迷惑をかけなくなることを切に願ってやまないよ。さて、他には?」 「私達は何も」 「俺もないよ」 「僕もです」 「よし。ならば、問題ないな。各自メリが作った門を潜れ」  そう言うと、メリさんが皆んなの隣に影の扉を作る。 「私達は三人で行動ね。よろしく、ハチ君」  扉が開くと、隣に来たダリアさんが俺の腕を掴んだ。  ここからは、ダリアさんとメリさんの三人で行動。  俺に出るのは、精々足手纏いにならない事ぐらい。 「よろしくね、ダリアさん。メリさん」 「挨拶はいいですから、勝手な行動は二人とも謹んで下さいよ」 「はいはい」 「ほんじゃ、行きますかっ!」  俺たち三人は、影の扉を潜った。 「昨日見たけど、巣の中ってぐろいよね」  まるで人の体内に入ってしまった様に、ピンク色の肉色の向こうが微かに動き血管が浮き出ている。 「此れは簡易子宮の中だからね。ある程度はグロいよ」 「簡易?」 「あ、待って待って。疑問で返されても、サキュバスってそう言う生き物としか、私も説明できないから」  ダリアさんが先手を打っておれの言葉を遮ってくる。  そう言うもんなの?  まだ解明していないサキュバスの不思議って奴? 「貴方達、煩いですよ。此方は残響見てるんです。静かにして頂けますか?」 「あ、ごめん」 「残ってるの?」 「微かですが……。吸血鬼の姿はなさそうですね」 「そっか……。私が襲われた時も吸血鬼はいなかったよ。突然影の扉が開いたから、メリ様が急用で呼びつけられたと三人とも思ってたし」 「呼びつけるにしても、あんなリスクの高い所で呼びつけませんよ。僕には常識というものがありますからね」 「あー、はいはい」 「貴女のその態度、気に入りませんね」 「まぁまぁ、二人とも。吸血鬼がいないのはいい事なんだし、そんなにいがみ合わんでも良くね?」  メリさん、ダリアさんの事滅茶苦茶心配してたのに。素直じゃねぇーなぁー!  そう言う所だぞ! メイディリア! 「俺二人と別行動取っても喧嘩しんでよ?」 「大丈夫、大丈夫」 「僕は場所と時を考える事が出来ますので、ご心配はいりません」 「はは……」  二人とも言ってる事と態度が合ってねぇんだよな。 「それよりもさ、なんで桃ちゃん助けるの俺限定なん?」  取り敢えず話題変えとこ。 「メリさんやリリさん達が言った方がさくっと終わらん?」 「さくっと終わるからダメなんだよ」 「恐らく、桃花がいる場所には我々が入れない様な結界が貼られています」 「結界? 流石のリリさんでも壊せんの?」 「逆です。僕もリリ様も簡単に壊せるものです。力だけで押し切れる」 「え? なら問題なくない? 俺がわざわざ行かんでも」  逆に俺に託されるとそれはそれで時間が馬鹿みたいに掛かると思うんだけど。 「だから、さくっと終わっちゃダメなんだって」 「どう言う事?」  いい事ばっかりだと俺は思うけどな。 「恐らく、結界が無理に破られれば張った人間と力を貸した人間は結界が壊れた反故による反動で死にます」 「もっといい事尽くめじゃん」 「人間にとってはね。それが駄目なんですよ」 「リリ様は人間達に地獄を見せたいの。恐らく、結界を張った人間の数人は水仙を殺した奴等。楽に死なせたくないんだよ。苦しんで怯えて縋って後悔して、苦痛の中で死んで欲しいの。因みに、私も同じ気分」 「だから、出来るだけ結界は壊さない方向で動きたいんです。館の人間全て殺す予定ですが、誰が人柱になっているか今は分からない状態、どうしても時間は掛かってしまう。その間、桃花の事を思ったら少しでも早く回収してあげたいんです」 「だから、結界に影響がない人間の俺なら人柱達を殺さず桃ちゃんを回収出来るって事ね?」 「ええ。その通りです」  成る程。 「でも、桃ちゃんが外に出ても、ダメじゃない? 結局、皆んなが人間無くすまで待機って事?」 「桃花は中にいるから例外。問題ないよ」 「どう言うこと?」 「結界は外から中に入る場合に有効ですが、中から外に出る場合の制限は恐らく人間の技術では掛けれない」 「でも、それだと自力で出れん?」  中から外に出れるなら問題なくない? 「流石に人間はそこまで馬鹿ではないでしょう? 桃花には拘束類の悪魔狩りの道具が使われている筈です」 「悪魔狩りの道具は、私たちでも簡単に壊せないの。けど、力のない人間なら……」 「悪魔狩りの力に影響されない。そこらに普通の道具と同等に成り下がる。だから、貴方ぐらいしか適任じゃないんですよ」  まさかこんな所で普通の人間の利点が出てくるとは……。  力がないとか落ち込んでたけど、ないならないで利用する人が考えればいいのかもな。  役に立たないわけじゃないんだ。  けど、ま、戦闘とか今の状態では確実に足手纏いだし、役立たずだけども。 「やる気に満ち溢れてきた」 「やる気なかったんですか?」  メリさんが呆れた声を出す。 「そんなわけないじゃん? 五百万倍に膨れ上がった感じ」 「それは良かった」 「頼りにしてるよ、ハチ君!」  普通の人間ってどうなん? って、ずっと思ってたけどさ。 「任しといてよ! 頑張るね!」  俺にしか出来ない事もあるんだね。  そんなん、やるしかないじゃん! 「残響は微かにに続いていますね」 「うっす!」 「お二人とも此方へ。急ぎますよ」  何か人間でも、悪くないかも。  少しだけ、人間で嬉しいかも。 「では、くれぐれも気を付けて」 「了解! メリさんも、ダリアさんも気を付けてね!」 「勿論! 大丈夫。ここは私達の為のテリトリーだから負けないよっ!」 「貴方が一番弱いんですから、自分の心配だけしてください」 「大丈夫だって! 鈴あるし。じゃ、行ってきます!」  俺は一人、扉を潜り下へ降りる階段へ踏み出した。    地下もリリさんが張り巡らせている巣になっているのか、肉の様な壁が続く。  これ、人間どんな気持ちでみてるんだろ?  突然こんな壁出来たら慌てふためかない?  此処まで来るのも誰も見なかったら、人が少ないのかな?  俺は手のひらに乗せた鈴を見る。  人間除けの鈴。  人外には効かないけど、人間には効く。  悪魔狩りの逆みたいな道具。  余り、使いたくはないかな。  ここにいる人間は、俺以外皆んな死ぬけどさ。  わざわざ俺がそれに加えて苦痛を与える必要って無いと思うんだよね。  戦わなくてもいいなら、戦いたくない。  俺、弱いしさ。いや、弱いからこんな道具持ってる訳だけど。  いや、違うな。  簡単な話、俺はめっちゃビビってる。  人と喧嘩なんてこの人生でほぼした事ないし、危害を与えるなんて一度もない。死ぬ程ボコられた時も、結局は俺は何も出来なかった訳だし。  一方的な暴力を受けただけ。殴りかかろうとしても、人って簡単に殴られてくれないんだよ。知ってた? 俺はあの時初めて知った。  そのお陰で今があるけどさ、そのお陰で犬になってこんな所にいる訳だし。  人生何が起こるかわかんないよね。  何が起こるかわかんないから、加害者になるのが怖い。  あの時ボコられたの、今でも結構な恐怖だよ。吸血鬼に殺されそうになるのとはまた別の恐怖がある。  それを俺が他人に出来るの? やれるの?   何か、それが怖い。  ダリアさん達が傷付いて、そりゃ見た時は怒ったよ。今も人間なんか許せないって、気持ちも勿論ある。  元々許せれる様な事、されてなけど。  けどさ、いざ自分が加害側に回れるかと言われると尻込みしちゃうんだよな……。  こんな長いどうでも良い事考えながら、階段降りるぐらいには尻込みしてるわけよ、俺。  自分から手を上げといて何だけど、殺せって言われたら頑張りますとしか言えなかったけど、何か俺だけさ、安全な場所で皆んなに託します! とか、嫌だったんだよね。  それを見越して、リリさんはこの鈴をくれたんだろうけどさ。 「かっこ悪いなぁ……」  普通の人間。出来る事なんて、クソ少ない。覚悟も出来てないって思われてるのか。嫌だなぁ。  でも、真実なんだよね……。  それに救われてる自分がムカつく。  自己嫌悪に勤しんでいると、階段の下から人の話し声が聞こえて来る。  うわっ! 人間いるよ。マジか。 「どうなっているんだ!?」 「出口も肉に塞がれてるぞ!?」 「何が怒ったんだよ!」  混乱してる。  出口が肉に塞がれてたら俺も入れなくない?  いや、でも、そんなわけないしな。声は聞こえてくるし。  俺は足を早めて階段を駆け降りた。  階段の終わりには肉の壁が立ち塞がっているは、居るんだが……。 「何か、透明だよね……?」  俺は首を傾げて目を凝らす。何度見てもその肉の壁は透けて見えた。  人が三人。  中央に何か置かれてるけど、何も見えない。  ふと、肉の壁に手を翳すと、自分の指が肉の壁を通り過ぎ行く。  これって、幻覚? ってやつだよな?  なら……。  俺は手のひらに乗せた鈴を持って、深呼吸をした。  やるなら、ここしかない。  俺にも影響はある。けど、三人いるなら飛び込んでも勝ち目はない。  鳴らすならここしかない。 「覚悟、決めろよっ!」  自分に言い聞かす様に吐き出した言葉のまま、俺は鈴を揺らした。  その瞬間、激しい目眩に襲われ立っていられなくほどの衝撃が走った。  胃の中のものがびっくり返る。脳が震える。  これが、この鈴の能力?  ヤバい。この状態で中に入るのか? 入れるのか?  いや、でも。  やるしかないっ!  おれは鳴らし続けながらふらつく足で何とか中へ踏み込んだ。  三人の男達が頭を抱えてもがき苦しみながら倒れている。  コイツらも、俺と一緒かよ。  申し訳ない気持ちと、可哀想な気持ちが湧いてきたが、今は全部見ないことにしないと。  早く桃ちゃんを見つけて、手を引いてここから出なきゃ。  俺はよろめきながら、部屋の中心へ行く。  何処に、桃ちゃんがいるんだろう。  部屋の中心にあるのは、人形か?  頭を押さえながら中央の祭壇へと近付くと、俺は吐き気を忘れて息を呑んだ。  そこには桃ちゃんがいた。  ツインテールのピンク色の髪がしな垂れている、桃ちゃんが。   「桃、ちゃん?」  俺の声に微かに体が揺れる。  彼女には、引く手もなかった。  逃げる足もなかった。  俺だとわかる目もないし、俺の名前を呼ぶ口もない。  随分と、変わり果てた姿になってしまった桃ちゃんが、そこに居たのだ。 「桃ちゃんっ!!」  俺はすぐ様桃ちゃんを抱きしめた。  何も着ていない白い肌の上には血が塗りたくってある。  サキュバスは死なない。  死なないかもしれないけど、誰がこんな酷いことをするんだよ。  抱きしめ返してくれる、彼女の細い腕を誰がもぎ取った?  彼女が立ち上がる為の足を、誰が切り落とした?  人間だろ。  人間が、したんだろ?  もう、俺の耳には鈴の音も何も届かなかった。  怒りに、全てが支配される。  燃え上がる程の、怒りに。  何が人間でも、悪くないかもだって?  少しだけ、人間で嬉しいかも?  は? どの口が、言ってたんだ?  一瞬でも気の迷いを起こした自分が恥ずかしい。  ダメだ。人は愚かなのだ。  人間など、矢張り居てはいけなかった。  手足を切られ口を縫われ、目を縫われ。  鎖に繋がれた桃ちゃんが、一体何をしようとしたと言うんだよ。  人を傷つけたか?  人を殺したか?  人を蔑んだか?  なぁ。教えてくれよ。  彼女はただ、生きていただけだろ?  人外として、サキュバスとして、生きてただけだろ?  足元に転がる斧を手に取り、俺は悶え苦しむ人間達の前に立つ。  なぁ。誰か教えてくれよ。 「何で人間って、そんなに愚かなんだよ」  いつかのリリさんの言葉が脳裏によぎる。 『ハチ君、君も知ってるだろ? 人間の愚かしさと馬鹿さ加減と汚さを。人間って奴は、どうしようもなく、救いようがないんだよ。人外達が思わず憐れみ目を背けるぐらいにね』  そうだね。リリさん。  俺が一番知ってたや。  薄汚い欲望と都合がいい願いばかりを擦りつけてくる、人間って奴の汚さを。  救いようがない、じゃない。救ってはダメなんだよ。こんな愚かしい種族は。  リリさん、ごめんね。  俺、人外じゃないから、目を背けられねぇわ。  俺、人外じゃないから、憐れみなんて持てないわ。  リリさん、ごめん。  そして……。 「ごめんね、ヘムさん」  俺、綺麗な良いワンコには戻れなさそうみたい。  俺はそう言うと、斧を振り下ろした。  でも、これは覚悟じゃない。  俺は何処までも救いようのない人間の一人だと、言っている様なものだった。

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