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それから頃合いを見て打ち上げから抜け出すと、蛍斗(けいと)は、急いで澄香(すみか)の待つ家に向かった。 なんだかまだ夢の中にいるみたいだった。酒を飲んだ訳でもないのに、体がふわふわとしている。ライブ後のせいもあるだろうか、仲間達と過ごしている間も、澄香との再会が夢だったらどうしようと、気が気ではなかった。 マンションのエレベーターも、じれったい。近所迷惑だと思いつつ、バタバタと慌ただしくマンションの廊下を駆け、家のドアを開けた。玄関で靴を脱いでいると、奥から澄香が照れ臭そうにやって来たので、蛍斗はたまらずその体を思いきり抱き締めた。 「わ、蛍斗?」 力いっぱいに抱きしめても、なんだか夢みたいだった。 そんな蛍斗に、澄香は笑ってその背中に腕を回した。ぽん、と背中を叩かれて少しほっとする。ここに、澄香がいる。 「俺、色々考えて、仁だったら澄香さんの事を不安にさせないんだろうなとか、仁は越えられないんだろうなとか。でも俺、やっぱり澄香さんを諦められない、側に居てほしい。まだ仁みたいに頼りないかもしれないけど、」 澄香は「そんな事ない」と、顔を上げた。 「俺は、蛍斗に頼りっぱなしだったよ。年上なのに、守られてばかりで情けないって。嫌われて当然だって思ってたから、もし今日会えたら、その時までにちゃんと自分と向き合おうって思ってたんだ」 澄香は顔を上げたが、きょとんとして見下ろす蛍斗を見たら何も言えなくなって、再びその肩口に顔を埋めた。 「…ごめん、好きなんだ」 小さな一言に、蛍斗は一拍間を置いてから、ぶわっと顔を熱くさせた。 夢じゃない。澄香が、ここにいる。腕の中にいる。 やっと現実に心が追いついたようだ。それから蛍斗は、脱力したように澄香の体に凭れかかった。 「け、蛍斗?」 「…嬉しい」 「え、えっと」 赤くなって狼狽える澄香を更に腕に閉じ込めて、それからゆっくりと体を離した。揺れる瞳に、蛍斗の姿が映る。 「俺も、澄香さんが好きです。お試しじゃなくて、恋人として側にいてくれますか?」 その言葉に澄香は目を丸くして、それから嬉しそうに笑って頷いた。その微笑みは、多分きっと、世界で一番キレイだ。 それから、いつものリビングで、二人で小さな打ち上げをした。 今朝まで散らかっていたリビングが適度に片付いているのは、恐らく澄香のお陰だろう。 お酒はほどほどに、会えなかった日々の事を沢山話した。 蛍斗が音楽と向き合っていたように、澄香も自分の弱さを見つめ直し、今まで諦めていた芝居への挑戦を始めたという。 「俺、本当は役者になりたかったんだ。でも、この体質だとリスク多いでしょ?緊張する度に耳出してたら洒落にならないし。でも、コミュニティで、同じ思いを持った人達の劇団があるの知ってさ、そこで」 「凄いですね」 「へへ、勇気出したんだ。俺だけ何も変わってないから…仁も蛍斗も前に進んでるのにさ。また会えた時、俺も胸を張っていたかったから」 「…澄香さんは、十分頑張ってましたよ」 蛍斗は言いながら、前にかかった澄香の髪をそっと掬って耳に掛けた。その優しい眼差しに、澄香はかっと顔を赤くして、テーブルに突っ伏した。 「もう、お前は凄いよな」 「何が?」 「…俺、嬉しかったんだよ。俺がこの部屋で耳出した時、初見で俺の事を受け入れただろ?その時さ、こんな風に受け入れてくれる人もまだ居るんだって。それで、気持ち悪くないって、」 ちら、と澄香は蛍斗を見上げ、更に頬を赤らめた。蛍斗は何かを察し、顔を寄せた。 「可愛いって」 そう囁かれ間近で目が合うと、澄香は耐えきれず体を震わし、ぽんと耳と尻尾を出した。 「だ、だから言いたくなかったんだ!」 「ははは!良いじゃん、もう知ってるんだし」 「そういう問題じゃないから!」 「可愛い可愛い!」 「お前な…!」 そうじゃれあっている内に、澄香の手が蛍斗に取られ、床に押し倒されてしまった。 「あ、」 驚いて視線をあげると、蛍斗の優しい顔がある。 「…俺は、澄香さんのお陰で、自分と向き合えたんです。あんたが俺を見つけてくれなかったら、俺のピアノを好きって言ってくれなかったら、今日の公演も、冷めた気持ちで弾いてたかもしれない」 蛍斗は自分を見つめる澄香の頬に触れ、そっと包んだ。 「…ありがとう、それから、ごめん」 「謝んないでよ、俺も一緒なんだから」 「俺ら似た者同士かもな」と、澄香は困り顔で笑い、蛍斗の腕を辿って首に腕を巻きつけた。 「じゃあ、これからも一緒ですね」 「うん、もう閉め出しは勘弁な」 「あれはその…すみません」 「はは、」 笑って身を寄せて、二人はそっと唇を重ね合わせた。ゆっくりゆっくりと、唇からお互いの気持ちを混じり合わせた。 「…少しだけ触っていい?」 「…うん、」 唇を合わせて、互いに肌に触れて、熱い思いに触れ合って、吐息が溢れれば飲み込まれる。 吐息も肌も混ざりあって、繋がってこそないが、心はこんなにも繋がっている。 首筋に吸い付かれ、その腕に閉じ込められてしまうのが幸せで愛しくて、ずっと囲われていたくて。 耳や尻尾が出たままだったけれど、蛍斗は震えるそれらも宥めるように、優しく撫で抱きしめてくれたので、澄香は嬉しくて涙が止まらなかった。

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