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第4話 朝食
コンコン
「サキ!リョウタ!朝飯!」
「っ!はい!」
ハルの声に驚いて飛び起きようとすると、ガッツリ捕まっていて声だけで返事をした。ぎゅうぎゅうと抱きしめられている姿勢に、施設の子達を思い出す。顔にかかるボサボサの前髪をどける。明るいところでみるサキはあまりにも綺麗で息を飲んだ。
「っ!…サキ、朝ごはんだって」
肩を揺すると、眉間に皺が寄って、嫌がる。
「んー…」
「サキ、ほら起きて…っ、うわぁ!」
サキの上に乗る形になって真っ赤になる。驚いた声にサキの目がゆっくり開く。
「あ?何乗ってんだ…」
「違っ!サキが…」
「うるさいうるさい。犬みたいにキャンキャン吠えんな。俺は朝飯は食わない」
「ダメだ!せっかくハルさんが作ってくれたのに!無駄にしたら勿体無いよ!ほら!」
施設にいた朝の弱い子たちを思い出して、その時みたいに無理矢理引っ張ると、不機嫌のまま着いてきた。
キッチンには、せっせと動くハル。おはよう、と元気な声をかけてくれた、ランドセルを背負ったアイリと、無愛想な学ランのユウヒ。そしてスーツ姿のアサヒがいた。
「おお!?サキ!珍しいな!」
アサヒはサキを見ると嬉しそうに挨拶をし、サキの頭を撫でた。
「クソ特攻がうるさいから…マジ犬飼った気分」
「犬タイプかー。助かるわぁ。忠犬だといいけど」
アサヒが嬉しそうにリョウタを見る後ろで、般若みたいな顔したユウヒが睨みつけてきた。
(何だか嫌われたみたいだ…残念)
ハルは朝食の準備をした後、アイリの髪を櫛でとき、ツインテールを完成させた。
「「「行ってきまーす!」」」
親子3人が出て行くと、従業員の食事が配られた。サキはリョウタの椅子の隣に腰掛けると、また夢の中に行ってしまった。
「おはよう。」
「おはよう。カズキ、ミナトさんは?」
「寝てる。昨日も激しく愛されてたからな」
カズキはメガネをかけて、こちらにも挨拶してくれた。アサヒと同じく、サキを見てとても驚いていた。
「いただきます!」
クラムチャウダーとトースト、スクランブルエッグとベーコンが並ぶ。
(うわぁ…温かい朝食!久しぶりだ)
潤む目に、ハルが嬉しそうに笑う。
「こいつ餌付け甲斐があるんだよなぁ。感謝が滲みでてて悪い気がしない」
「素直そうだね。良かった。ユウヒにも教えなくちゃ」
「そういやユウヒ今日テストだったか?」
「あぁ。どうも国語が苦手で怒ってんのよ。」
2人の会話は夫婦のようだった。誰に似たのかな、とハルを見てからかうカズキと、顔を真っ赤にして漢字が読めないことを白状したハルに、リョウタは自然と笑みが溢れた。食べ進めていくが、隣のサキが気になって仕方ない。
「サキ、これ美味しいよ?」
「あー……ん……すぅ…すぅ…」
「サキ、起きて」
「んー?…ん…」
なんとかスプーンを持つが力が抜けて行く。声を殺して笑う夫婦に首を傾げながらサキに朝食をとってもらおうと頑張る。
「全くもう…サキ、はい、あーん」
「ん…。」
「あっはははははは!!!やば!!あっははは!」
「ウソだ…!感動だよ!サキが朝食を食べた…」
驚くカズキと爆笑して机を叩くハル。そして懸命に食事を与えるリョウタというカオスな空間になっていた。
ぺたん ぺたん
スリッパの音がして廊下を見ると、息を呑むほど綺麗な人が立っていた。気怠そうなその人は無表情で此方を見たあとペコリと頭を下げてきた。リョウタも頭を下げると、その人はまたぺたんぺたんと足を鳴らして食卓に着いた。
「ミナトさん、体調は大丈夫か?」
「問題ないよ。」
「…嘘。熱あるじゃん。ハル、消化のいいものお願い。」
「あいよ!あとミナトさん!鎖骨キスマークだらけだぞ?全く…いつもとギャップありすぎるよ!」
「そう。悪かった。」
「いや、悪いとは言ってねーよ。全く…抱かれた日の朝は毎回別人だな!」
色気が凄すぎて、サキへの手が止まっていた。サキはぼんやり目を開けてリョウタを見た後、「あ」と口を開けた。
「起きたなら自分で食べなさい」
そう言うと、また夫婦が爆笑していた。サキは、それならいらない、とまた眠りに落ちそうだったので仕方なく最後まで口に運んだ。
「…サキ、仲良くなったんだね」
「別に、仲良くないっすよ。」
「良かった。リョウタ、サキを宜しくね」
「はい!」
「勝手に宜しくしないでくださいよ…ミナトさんに言われたら逆らえない」
「仲良くしなさい」
「…はい」
ミナトは真顔だったが表情や声のトーンが柔らかかった。細い首や鎖骨にはたくさんの痕が広がり、ぼんやりした表情は大人の色気があった。
「しかしまぁ…アサヒさんもお盛んだよなぁ」
「任務の後は仕方ないよ。」
「ミナトさんを心配してるんですよ!?うちのブレーンだ!何かあったら…」
「そんなヘマすると…?僕が?」
一瞬ゾクッとする殺気を感じた。サキは完全に目覚めたのか、大人しく下を向いていた。
「ミナトさん、ハルのお節介だよ。ヘマしそう、じゃなくて、ミナトさんがどこか痛かったり怠かったりしたら心配なんだ。」
カズキが間に入り、ハルはその助け舟に激しく頷いた。
「心配してくれてありがとう。ハル。」
少しだけ笑った顔に、全員が真っ赤になった。ミナトは、静かに、ゆっくりと雑炊を食べた後、任務の情報を整理すると言ってまた部屋に戻っていった。
(あの人が…この組織のブレーン。指揮官か。)
「カズキありがとう!殺されると思ったぁ!」
「感情から伝えたらダメだって!特にミナトさんには言葉で伝えないと!でも…」
2人は黙ったあと口元が緩んだ。
「「あの笑顔!!」」
ハルは踊るように食器を洗い始め、カズキも鼻歌を歌いながらそれを手伝った。
「戻るぞ」
サキに言われて席を立つ。廊下で立ち止まったと思ったら、奥を指さした。
「あの部屋は、ミナトさんの部屋。何があっても立ち入ることは許されない。気をつけろ。」
「分かった」
「昔、従業員がミナトさんに恋愛感情を持って近づいた時、仲間を殺さないアサヒさんが一瞬で殺した。俺たちの目の前で。ミナトさんには関わらない方がいい。」
恐ろしい話を聞いて少しこの組織に入ったことを後悔した。入っていなければいつもの通り日常が進んでいたというのに。
部屋に入ると、サキはまた眠ってしまった。リョウタは何をしていいか分からなかったが、ドアを叩かれた。
ドアを開けると、身体付きのよい男性が立っていた。
「お前か、新しい特攻は。来い。訓練だ」
低い声にごくりと喉を鳴らした。
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