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第10話 裏切り者

高級な懐中時計の中に、リツが持ち出したデータが入っている。そのデータを元に、予防するはずの犯罪が多発し、多くの一般人が巻き込まれた。 リツが寝返った組織の上層部にいる男、吉高がレンにハマってくれたのが運のつき。この機会を逃すことはできない。レンに特別な時計を見せ、この間盛った薬よりも強いものを用意してニヤつく吉高の動きを見る。 (さて、まずは懐中時計から。)  ミナトはたくさんのデータと、人員配置を確認し、距離を計算する。  『レン、直ぐに懐中時計に触らないで。』 長いまつ毛を活かしたゆっくりした瞬きは返事の合図。 どこから動くか…この瞬間はいつも感情が動きそうになる。  (まぁ、動かないけど)  『サキ』 パン!!  バリン!!!  「なっ!?どういうことだ…何者だ!?」  『サキ、命中。サトル、レンを回収。リョウタ前へ』 動いた戦況に、頭が回転するのが分かる。戦況が厳しくなればなるほどミナトは冷静になっていく。一気に隠れていた敵が溢れ出す。 『リョウタ、後方14、前方6、上に2名、銃はほとんどが持ってる。サキ、援護頼むよ』 「はい」  「了解です!」  リョウタは、集中すると笑う。ミナトには不思議だった、何が楽しいのかと。本人は無意識だから余計に読めない。遊んでいるように躱していく姿は軽くて、次にどこに行くのか、身体の体幹で相手に判断できないように動く。 「へぇ…」  訓練とは違い、容赦ない攻撃。銃の使い方なんて誰も教えてないのに、敵から奪った銃でどんどん殺していく。返り血を浴びても上がったままの口角は、うちのリーダーを彷彿とさせた。  『リョウタ、落ち着いて。』 アドレナリンからか、狂ったように相手に向かって行く。ミナトとしては近くにいるだろう黒幕を探したかった。  『サキ、そこから見える?』 ザー…ザザ… 「っ!!」  (サキが狙われたと、いうことは)  パン!!  パン!!  (音声は復旧…銃声が二つ。サキと…?)  モニターをすぐに再起動させて見るとサキの周りが囲まれていた。 敵の狙いは懐中時計をエサにして本命はサキのようだ。サキは銃の知識が高く、種類も豊富だ。  「…すみません、聞こえますか?…復旧しました。」  『いいよ、ケガは?』 「ありません。敵が電波妨害を起こしています。モニターの映像は今、全て8秒遅れです」  『ありがとう。サキの前には…4人?』 「いえ。囲まれてます。10人。」  ミナトが街の監視カメラを見ると、見事に囲まれて銃を向けられ、サキは両手をあげていた。 『そう。懐中時計は潰したから撤収』 「はい」  『6秒後、全員仕留めて』 「はい」  ーー『電波ジャック』 簡単に調べて、アジトを含む地域の全てをジャックした。  ザザ…ザー… 「もしもーし!あれ?もしもーし!」  『リョウタお疲れ様。撤収して。サトルの車に乗って。』 「了解です!」  復旧させたと同時に、リョウタのドアップがモニターに映って少し驚いた。元気いっぱいの返事で良かったと、安心する。  『サキ、生きてる?』 「なんとか…。」  『良かった。』 サキの声にほっとしてモニターを見ると、見覚えのある顔があった。そして、明らかに動揺するサキ。 「っ!!…リツさん…」  「やぁやぁ。サキ。腕を上げたな?」 「どうして……」 「やっぱりミナトさんはさすがぁ。電波ジャックをすぐマスターするなんて。でも、懐中時計を餌にサキに会えた」 (目的は…サキ…?)  サキは棒立ちのままリツと対峙している。  (まずいな…サキはリツを慕ってた…)  ーーーー  『サキ!!撃て!!』  「…っ、っ、ぅ、っ、」  『サキ!!もうあいつは裏切り者だ!処分しろ!聞いてんのか!俺の指示だぞ!!』  『…サキ、できるよ。これは仕方ない事』  『サキ!目を覚ませ!あいつがここを売ったんだ!仲間が何人も殺されてるんだぞ!』 「っ、っ、できません…俺には、撃てません」  ーーーー  「サキ。俺はお前を誘いにきたんだよ」 人懐っこい笑顔で話すリツはあの時のままだった。世話焼きでだれからもすぐに好かれた。  「サキは最後まで俺を守ってくれただろ?ずっと俺を見てくれてた…。俺が安心できるのは…俺が背中を預けられるのは、サキだけなんだ。」 リツは一歩一歩近づく。サキは固まったまま動かない。  「あれ?ミナトさんからの指示はない?殺さなくていいの?」 「リツさん…」  「ん?」 「ユウヒ…との約束、覚えてますか?」  「約束…?」 リツはきょとんとした後、ふふっと笑った。  「入学式?」 「そうです。」  「行ったよ。俺は。ユウヒの学ラン見たし。まぁ、めちゃくちゃ遠いところからしか見れなかったけど。」 『サキ、冷静に。』 そう言うもサキから返事はない。 『リョウタ。聞こえる?サキのところに行って』 「了解です!サトルさん、サキのところに!」  ミナトは指示した後、注意深くモニターを見た。 「嬉しかったなぁ…。あんな小さい子が成長していくの。恥ずかしいけど泣いちゃった。」 悲しそうに笑うリツに、サキの手が震える。  「何の…妄想だ?」  「え?」 「ユウヒはリツさんが抜けたショックと、約束を果たせない悲しみで高熱を出して入学式に参加していない。」  「あっれー?人違いかな?遠かったから」 「ふざけるのも大概にしろ!!」  怒鳴るサキにミナトはまずいと思った。サキは普段からここまで感情を出すことはない。リツに関しては例外のようだ。 『サキ、落ち着いて』 ミナトの声も届かず、サキは銃を取り出す。  「いいの?近距離戦は丸腰が有利な場合もあるよ。」 元特攻に近距離戦で敵うはずはない。サキは完全に冷静さを欠いていた。闇雲に撃つ銃弾は、駆け抜けるリツには全く当たらず、手が震え、焦りが見えた。  「あの時!お前を撃たなかったのは一生の汚点だ!!」  「あはは!守ってくれてありがと」 「守ったんじゃない!ユウヒからあれ以上奪いたくないからだ」 その言葉にミナトは止まった。あの指示の無視はユウヒのためだったのだ。  「殺さないで、と任務に行く前に泣きつかれた。リツさんの事を本当に大切にしていたんだ!」  それを言うと、リツの笑顔が消え、動きもピタリと止まった。ゆっくりと俯き、サラリとした黒髪で顔が隠れた。 「ユウヒにより、アサヒさんに大切にされたかった。」 ミナトもサキも息を呑んだ。 「…サキ、お前の気持ちにも気付いていたけど…ごめんね。俺はもうあの人しか見えないんだ。あの人が手に入るならどんなことだってする。もう一度見てもらえるように何度だってお前達を潰して、アサヒさんを現場に引き摺り出す。」 「…」  「だって、お前達を殺せば出てくるでしょう?」 ミナトは自分の中の黒い部分が顔を出したのを感じた。 『サキ、撃ちなさい』 「っ!!」 「ふふっ…ミナトさんからやっと指示が出た?いいよ?殺せば?またミナトさんの指示を聞かなかったら次はお前が殺されちゃうよ」  サキは銃口をリツに向けた。

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