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第14話 むかし話

次に目を覚ますと、二段ベッドの2階に寝ていた。見慣れない天井をぼんやりと眺める。 コンコン  ガチャ  「リョウタ…おお!!起きたか!!」  「ハルさん…」  「良かった!飯食えそうか?」  「お腹すいた」  「はは!お前の好物、起きないからずーっと煮込んでんだぞ。丁度最高のおいしさだ。」  ゆっくり起き上がって、いろんなところが痛むのを耐えてベッドから降りる。下にはサキが寝ていた。  「ハルさん…」  「さっき寝たから…寝かしておこう」  ハルに支えてもらいながら食卓に着く。みんな食べ終えたのか、ハルしかいなかった。  「リョウタ、おでんだよ。大根多め」  「うわぁぁあ…いただきまーす!」  ハルはリョウタの目の前に座って、頬杖をついて優しく微笑んでいた。 「リョウタ…ちょっと昔話していい?」  「ふぁい!」  「くくっ!食べながらでいいよ」  ハルは笑いながら話し始めた。  ーーーー ハルがここに来たのは6年前。 元は裏社会のとある組の幹部だった。 奇襲で桜井アサヒの組織を壊滅させるために総動員していた。 この時すでに特攻はリツが務め、仲間の半数が死に、ハルは組長を守るために屋敷にいたが、ついにそこまでリツが来た。しかし、他の幹部が処理したのか、明らかにリツの動きに迷いが出て、部下が撃った弾がリツに当たった。その瞬間、リツを撃った部下は、何処からか撃たれて死亡。 処理とは「桜井のブレーンを撃つこと」。アジトはこの界隈では周知のこと。なのに何故攻められないか。それは桜井アサヒの存在だった。たった1人でも1つの組織を壊滅させる男に、周りは警戒していた。都合よくアサヒが実の父親である桜井テンカに呼ばれている間をチャンスだと思っての奇襲だった。 一気にガタガタになったリツ。どうすればいいのか分からないのか、撃たれても闇雲に向かってくる。銃も得意だったハルはもちろん殺すつもりで撃っていた。  パン!!  「へ…?」  前触れなく、ハルが守っていた組長の頭が吹き飛んだ。振り返ると、護衛していた殆どがバタバタと倒れ、壊滅的だった。  コツン コツン  革靴の音。その姿を見て、生き残っていた奴らは逃げ出したが、すぐに地に伏せた。 「どこのオッサン?あぁ…お前達か。」  桜井アサヒの登場に目を見開いた。  殆ど現場で見ることはない。そして見たら最期。潰されると噂があった。  「お前らミナトにケガさせたな?死ね」  ネクタイを緩めた桜井アサヒは、紅い目が光る、恐ろしく冷徹な顔だった。殺気だけで死にそうだった。ボコボコにされ、瀕死の状態のまま、組長の役に立てなかったことを悔いながら、後を追おうと自分の銃を首に当てた。  (組長、今逝きます。)  目を閉じるとその銃が顎ごと蹴り上げられた。桜井アサヒの前では簡単に死ぬことも許されない。あの一瞬は生き地獄だった。  「腹減ったぁ」  間抜けな声がして目を開ける。返り血塗れでダイニングテーブルに座り、何かねぇかなと探す表情は少年みたいだった。  「わぁ!うんま!」  桜井アサヒの瞳は黒に変わり、銃をおいて、ハルが組長のために作っていた食事を食べはじめた。怒りで最後の力を振り絞り、アサヒの銃を取った。  と、思ったのに押さえつけられていた。  メキメキッ 手首が折られて、机に伏せた。 「ぐっ…」 「なぁ?これ誰が作ったの?」  「これは…組長のだぁっ…」  「へぇ。お前が作ったの。なぁ、お前俺のところに来ない?」  「うるせぇ!!」  「あー…ダメダメ。お前に拒否権はないから。うちね、小さい子いるのよー。頼むよ」 組織は壊滅したというのに、ハルだけがアジトに連れてこられた。何度も何度も自殺未遂を阻止され、躾部屋でアサヒ直々に指導を受ける。食事にどんなに毒を盛ってもすぐにバレてしまい、躾部屋に逆戻りだった。  (もう疲れた…)  何もかもどうでも良くなって、今まで通り作った。組長が亡くなって3ヶ月の日だった。泣きながら作ったのを覚えている。  アサヒは一口食べると、美味いと笑った。そして、お前の大切な人を奪ってごめん、と謝ってきた。 あの恐ろしいと有名な桜井アサヒが頭を下げてくれた。そして、初めてアサヒの子ども達が目の前に来た。  「お父さんいじめっ子!」  「仲直りしたんだよ。ほら、仲直りの握手」  アサヒに手を握られ、それと同時にふわりと笑顔を向けられた。  「今日からこのお兄ちゃんがお前達に美味しいご飯を作ってくれるんだって。良かったな」  アサヒがそう言えば、幼いアイリとユウヒはわぁい!とハルに抱きついてきた。  「…お前の親代わり、奪ったこと、俺は忘れない。一生背負うから。」  「……」  「そして俺はお前を信頼している。だから、俺の子どもたちを任せる。母親がいねぇから寂しそうだ。相手してやってくれないか」  犯罪に塗れていた自分に純粋無垢な子ども達が、遊んで、遊んでと取り合いが始まって思わず目が潤みながらも笑った。 その後、リツやサキ、カズキやミナトも紹介された。リツやサキは警戒していたが、アサヒが信頼していることを知ると、普通に話してくれるようになった。 この時にはすでに、サキはずっとリツのそばを離れなかった。2人の仲が仲間を越えていることは一目瞭然だった。 ある日の任務で、リツは強力な媚薬にその場から動けなくなった。 たまたま現場に来たアサヒにミナトが指示をした。  『リツを解放してあげて』  ミナトの指示には、アサヒも逆らわない。躊躇なく現場でリツを解放したが、それはリツの押し込んだ感情に期待を持たせた。  そこからリツはミナトよりも自分を、と必死になった。サキが見えなくなり、暴走し始め、終いには裏切りに繋がった。  「俺がここに入ったのは無理矢理だったけど、今はアサヒさんや仲間を信頼してる。アイリやユウヒも可愛いしな。…リョウタもさ、自分の気持ちで動いていいよ。きっとお前は間違えない。もし間違えたら、全力で指導する」  「ふふっ、ありがとうございます」  「リツとは比べなくていい。弱いなら強くなればいい。今度は、サキを守ってやってくれ。あいつはかなり繊細な男だ。…だが、芯はある。守りたいものは意地でも守れる。だから、頼むな」  おかわりは?と聞かれて目が輝く。それに爆笑されながら、おかわりを待つ。  (ハルさんがいて良かった。)  心も休息させてくれる場所が温かくて、何度も何度も泣きそうなった。辛い思いをしたのに、こうして人の為に生きてくれる。  「ハルさんはかっこいいなぁ…」  そう言うと、だろ?とウインクしてくれた。

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