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第17話 明日

ドタドタ… (ん…騒がしいな…)  リョウタが起きようとすると、重みで頭だけが覚醒した。  (あ…またサキのところで寝ちゃった。)  抱き枕状態にため息を吐いて廊下から聞こえる声を聞く。  『お父さん!レンちゃん起きた!!』  『本当か!』  ドタバタしている理由が、レンが目を覚ましたからと知って安心した。昨日のリョウタは役目がなく終わってしまったが、任務での命の危険を目の当たりにした日だった。 (良かったぁ…)  昨夜の緊迫した空気や、レンの血の気のなさ、弱々しい電子音、サトルの表情、アイリの手…さまざまの情報が蘇って、鼻がつんと痛んだ。  (怖いな…)  鼻水や涙が溢れてくる。安心と、失うかも知れなかった恐怖。先ほどまで目の前で動いていた人が動かなくなる… (俺は何も出来なかった) 「リョウタ」  「っ!?」  「大丈夫。大丈夫。」  「へ…?」  眠そうな目でサキが言う。ゆっくり肩を摩ってくれている。  「レンさんはいなくならない。大丈夫。」  「サキ…」  「何もできなかったのは、アイリとカズキさん以外、俺たち皆だ。皆見守るしかなかった。」  「うん…」  よしよし、と頭を撫でられて、少し吹き出した。これではどちらが歳上か分からない。元気になったリョウタはレンに会いに行こうと、ベッドを降りようとした。  「今は、そっとしておいた方がいい」  「あ…サトルさん?」  「いや…レンさんが号泣してるはずだから」 「レンさんが?」 サキが目を閉じたまま、口元だけ笑うと、廊下から大きな声がした。  『うわぁあああーん!!』  「っ!?」  「ふはっ!ほら、はじまった。」  気になるなら見てきな、とベッドから蹴られて、床に落ちた。のそのそと医務室を覗くと、そこには嬉しそうなアイリと、微笑むアサヒ、そして苦笑いのカズキ。 たくさんの管が通された細い腕は、ベッドのそばにいたサトルにしがみつく。  「ぅっ、っう〜〜っ!!怖かったぁ!!もう!お前に会えないかもって!おれっ!本当にっ、!こわくて!もっと、いっぱい、好きって、言えば良かったって!もっと、抱いてもらいたかったって!伝えたいこと、いっぱいあるのにって!おれ、おれ!ーーっ、うわあぁああーん!!!」  レンが号泣していた。  サトルは嬉しそうに、うんうん、そうか、そうか、と聞いてあげていた。  「サトルっ!おれ、サトルが好きなんだよっ!…っ、ぅ、っ、サトルの後にっ、死ぬって決めてるのにっ…怖かった…真っ暗で、息ができなくて…」  ボロボロと涙が流れて必死に伝えようと頑張っているレン。カズキはチラリと心電図の数値を見て、サトルにアイコンタクトをした。するとサトルは苦笑いして頷いた。 「レン、そろそろ寝よう。体に障る。」  「今起きたばっかだよ!!!サトルのばかぁああああああ!!」  またもや、うわぁあんと泣くレンに、サトルは愛おしそうに笑うだけだった。  「本当に…このバカップルは…」  そう呟くアサヒの声音は嬉しそうだった。その後小さな声で、良かったなサトル、と呟いた。 サトルが号泣するレンの背中を摩っていると、嗚咽が小さくなり、すやすやと眠り始めた。  「ふうっ…ひと安心だ。アイリ毎回ありがとう」  「いいえーっ!よかったぁ」  「今日は学校お休みしたから父さんと遊ぼうか」  「いいの!?やったー!あのね、クレープ屋さんが出来てるの!そこに行きたい!」  「いいよ。今日はアイリとデートだな」  「ヤダもぅ!お父さんてば!」  ハルちゃんに髪やってもらう、と走って出て行ったアイリを見送ったあと、アサヒと目があった。  「軽蔑した?娘にこんな危険なことって。」  眉を下げて苦笑いしているアサヒは珍しかった。アサヒも本当は心配しているようだ。 「いえ…アイリはすごいなぁって」  「アイリは妻の血を引いて天才なんだ。薬の成分に関してはミナトや俺、カズキだって知識が追いつかない。」 アサヒは下を向いて苦しそうに笑った。  「俺が…全部できれば…」  「アサヒさん…」  「アサヒさん。アイリのおかげでレンは助かりました。心から感謝しています。」  サトルは立ち上がってアサヒに向かい、頭を下げた。床にはパタパタと水滴が落ちた。  「悔やむことは俺も同じです。どうか、アサヒさんは前を向いてください。そんな顔をさせたくて俺たちは貴方についているわけではありません。アイリの存在が、レンに、また明日を過ごすチャンスをくれました。だから、アサヒさん、迷わなくていいんです。」  止まらない水滴が、抑えていた感情を表していた。アサヒは静かに頷いて部屋を出た。  「アサヒさん…」  リョウタが追いかけると優しく振り向いてくれた。  「あの…」  「情けないなーっ!全く…。しっかりしねぇと。悪いな、変なとこ見せた。」  「いえ。アサヒさんは優しい人ですね。」  「優しくないよ。すぐ殺すよー?」  「そうかもしれませんが、優しいです。」  上手く話せなくてそれだけ言うと、少年みたいにニカッと笑ってくれた。  「見てー!お父さん!今日はリボンつけてもらった!」  「可愛いなぁ!さすが俺の子!」  「えっへへ!」  ピンクのリボンを揺らし、手を繋いで出て行った親子に微笑む。ハルも同じく微笑みながら見送った。  ガチャ  「カズキ、お疲れ」  「うん。レンも安定したし、もう大丈夫」  「サトルは?」  「まだ医務室。レンが起きた時にそばにいないと、またレンが泣き喚くからな。」  カズキは食卓の椅子に腰掛け、眼鏡を置いて目を擦った。  (すごいクマだ…)  「カズキも休んできな」  「ありがとう」  今にも眠そうな目で、頬杖をついた。 「なぜあの成分が…。巷には出回らない。その情報をなぜアイリが…?あの副反応から見て…」  ぶつぶつと小さな声でいろんなことを呟き始めた。目はどこを見ているか分からなくてリョウタは少し怖くなった。 バン!!  「カズキ!」  「っ!」  ハルがテーブルを強く叩いて呼ぶと、カズキとリョウタは驚いて背筋が伸びた。  「寝てこい」  「え?」  「今すぐ寝ろ!!」  ハルがカズキに怒鳴るのが珍しくて、リョウタはポカンとそれを見ていた。カズキはコクコクと激しく頷いて、眼鏡をかけ、慌てて逃げるように部屋へ行った。  「お、怒らないでくださいよ…。どうしたんですか?カズキさん疲れてるのに…」  「だからだよ。」  リョウタは首を傾げて続きを待った。ハルはタバコに火をつけて大きく吸い込んだ。  「ふぅーっ。自分が解明できなかったことを整理してんのさ。カズキは医者だ。プライドと信念がある。だが、こうしてアイリに助けてもらった時は自分の知識の無さを恥じて自分の中に籠る。3日くらい寝ないで調べ続けるんだ。」  「うわぁ…」  「1分1秒も無いみたいに焦ってさ。んで、自分がぶっ倒れるまで止まらない。そんなことになったら急病が出た時に処置ができなくなる。だから、そのゾーンに入る前に強制シャットダウンだ。」  灰皿にタバコを押しつけて頬杖をつく。心配そうにカズキの向かった廊下を見つめていた。  「…悪いな、リョウタ。ちょっと見てくるわ」  「はい!」  (やっぱり、ここは優しい人が多いな…)  いい組織に入ったな、と思いながらハルを見送った。

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