22 / 191

第22話 初恋

「リョウタ、なんか色気出てきた?」  「へ?いろけ?何ですか?」  ハルに指摘されきょとんと首を傾げた。風呂上りにそんなことを言われ、何のことか検討もつかない。上半身裸でタオルで濡れた髪を拭く。 あの任務から、体調も回復して気持ちも安定した。終わったことだと割り切って、改めてレンの偉大さや仲間の有り難さを強く感じて、また鍛錬を開始している。  確かに筋肉量もアップしたかな、と、二の腕を触ってみる。  「んー身体だと、腰がなぁ。」  「腰?背筋かな?」  ハルがここの所、と腰を指で触った瞬間、ビクッと跳ねた。  「アッ」  「あ、悪い…」  「えっ!?いや、あの!ははは…」  思わず出た高い声に、リョウタとハルは顔を真っ赤にした。ハルは慌てて手を引き、キッチンへ向かってタバコを吸い始めた。リョウタも気まずくなって部屋に戻る。  (ビックリしたぁ…)  電流が走ったみたいに感覚が震えた。自分で触ってみても何ともないのに不思議だった。   キィ… 「リョウタ、邪魔。入り口で何やってんの。風邪ひくよ」 「うわぁ!?ご、ごめん」  「?なんだよ、そんなに慌てて。」  トレーニングだったのか、銃の入ったアタッシュケースを持っていた。  「練習?」  「あぁ。今日はミナトさんに付き合ってもらった。色んな場面を想定してのもの。」  「へぇ…ミナトさんが?」  「息抜きに、って来てくれた。」  アタッシュケースを置くと、ベッドにコートのまま寝転んだ。  「緊張した…疲れた」  「うはは!お疲れ」  「ミナトさんがいるってことは、アサヒさんも見てるから…」  最近のサキは表情豊かになった。今は、心底疲れたって顔。気疲れしたのだろう。  (可愛いな…お疲れさん)  ふふっと笑って服を着ると、目が合った。  「っ!」  「ん?」  サキが顔を真っ赤にして寝返りを打った。  「サキ?」  「な、に」  「どうした?」  「なんでもない」  ウソをついているのが分かって、もしかしたら言いたいことがあるのかもしれないと思って、サキベッドの上にあがって、サキの顔を挟むように両手を付いた。  「隠し事?」  「っ!!」 目が合った瞬間、面白いくらいに真っ赤になって目が逸らされた。  「揶揄うなよ…っ、分かってんだろ」  「揶揄う?」  「俺が…リョウタを好きだって、知ってて…こんなこと…」  悔しそうにそう言って腕で顔を隠した。  (え?)  「サキ…」  「本当…こんなところもリツさんに似てるし…」  「は?俺はリツさんじゃない」  自分でも驚くほど冷たい言い方だった。嬉しかったのに、代わりだと思うとイライラした。ベッドから降りて背を向けた。 「サキ。俺は俺だ。俺にリツさんを見てるなら、やめてくれ。」  「違うっ!そんなこと…」  ベッドから慌ててサキが降りてくる。気にかけてくれる、優しいサキの隣が、安心する居場所だった。 「似てるから、優しくしてくれるのか?俺は…優しいサキが隣にいてくれて嬉しかったのに…。」  泣きそうになるのが恥ずかしかった。  そうだ。ここの人達は、元特効のリツが大切だった。リツに似た後釜を探していた。それだけだったのに、自分が勘違いをしていた。  (自分が必要とされていると思ってた)  バカみたいで、でも整理がつかなくて、部屋を飛び出した。廊下でハルとぶつかったが無視して外に出た。  任務や訓練以外で出ることが少なくなった外。  ここが居場所だったのに、いつの間にか地下や夜が居心地良くなった。  (太陽の下は気持ちいいな…)  行き場もなく、とぼとぼと歩く。無意識に、育った施設の前に来ていた。2年前に出たこの施設。次来る時は、たくさんの食事と服を届けたいと思っていた。  (何にもないや…。ただ、人殺しになっただけ)  真っ当に生きれば良かった。  施設の前で、あの日の選択をひたすら後悔した。  細々とでも、コツコツと、地道に生きていれば、ここにも笑って帰ってこれただろう。  (もう…戻れない)  手のひらを見て、ギュッと握る。  この手は、人を傷つける方法を身につけてしまった。 ザリッ  「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」  後ろから荒い呼吸が聞こえて振り返ると、力強く抱きしめられた。  「見つけた…っ、良かった」  「んだよ!離して!!」  「ごめんっ、リョウタ、違うんだ」  「違わない!俺はリツさんじゃない!みんなが求めてるリツさんにはなれない!だからもう、俺は抜け…」  顎を持ち上げられ、上から小さな顔が降ってきて、唇を塞ぐ。驚いて固まると、ゆっくり唇が離れた。  「リョウタが好きだ」  真っ直ぐな目に、何も言えなくなる。ただ目を見て固まった。  「初めは…正直似てると思った。でも、リツさんと違うことがある。」  「…?」  「俺が、守りたいって思ったんだ。」  「守る…?」  「リツさんには…甘えてた。独り占めしたくて、子どもみたいに拗ねて気を引いたり、構って貰えるまで篭ったり…。」  もう一度リョウタを抱きしめながら、サキは呆れたように話す。リョウタは今のサキからは想像がつかなくて、可愛いな、と少し微笑んだ。  「でもリョウタには…そばにいて、笑っていてほしいって思うんだ。泣いてたら慰めたいし、傷つけたくない。…正直、リツさんを前にしたら俺は弱い。でも、リョウタのためなら強くなれる。」  「何で…?」  「守りたいからだ。」  「…そんなに俺…弱い?」  「いや、少し前まで一般人なのに、すごいと思う。努力も見てる。ただ…ほっとけない。どこか危なっかしいし、誰にでも愛想も良すぎるし、優しいし、可愛いし、この…何だかしっくりくる感じも手放したくないというか…」  だんだん声が小さくなるサキ。リョウタはふふっと笑った。不器用だけど一生懸命伝えてくれた事が嬉しかった。 「つまりは、俺のこと大好きってこと?」  「だから、そう言ってるだろ!心配でたまらないんだよ!年上のくせにふわふわしてて…俺のこと見てないようで、見てくれてるし…」  惚れないわけないだろ…と悔しそうに言うサキが可愛くてドキドキした。こんな告白は一度もされたことが無くて、恥ずかしかった。  「サキ。迎えに来てくれてありがとう」  「うん」  「守ってよ?俺のこと。」  「…あぁ。」  「俺も…サキのそばにいたいな」  顔を見上げると、目を見開いたサキと目が合った。リアクションが無くて、周りくどかったかな、とニコリと笑った。  「俺も、サキが好きだよ」  サキは表情が明るくなってもっと強く抱きしめてきた。 「っ!…リョウタ、本当に?本当?」  「うん!サキの隣は安心する。何より可愛いし!こんな嬉しい告白されたことない!」 そう言うと、サキの向こう側で、壁から覗き込むハルを見つけて固まった。  「あれっ?ハルさんだ」  「あぁ!?着いてこないでって言ったのに!」  「ふっはは!!俺らもいるぜぇ?」  「レンさん!…サトルさんも!?」  さまざまな場所からニヤニヤしながら出てくる。木陰からは膨れるアイリと、不機嫌なユウヒ。  「ひどーい!アイリの旦那さんなのに!」  「くっそ!また取られたぁ!」  怒る2人をカズキが宥める。  「全く…サキってば世話が焼けるよ。こんな優しいリョウタを怒らせるなんて…。」  「本当だよ!焦ってテンパってたしな。」  ぎろりとハルとレンを睨みつけるサキだったが、みんながサキを気にかけていることが分かって嬉しかった。  (サキ、愛されてるな)  リョウタの満面の笑みに、その場にいた全員がホッとしたように笑う。その笑顔を見て、心配かけたことを知った。  「帰ろう。飯の時間だ。」  「わーい!ハルさん!今日は何!?」  「今日はブリの煮付け」  「やっっったぁ!!!」  「なんでも喜ぶんだな」  ハルに頭をわしゃわしゃされて喜ぶと、ジロリと睨んでくるサキに驚く。  「サキ、嫉妬深いから苦労するぞ」  ハルに耳元で囁かれ、もう一度サキを見ると、今度はハルを睨んでいた。  (サキってば…可愛い…)  サキと目が合って、ニコリと笑うとサキは顔を真っ赤にして目を逸らした。嬉しそうに緩む口元がリョウタを更に笑顔にした。

ともだちにシェアしよう!