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第22話 初恋
「リョウタ、なんか色気出てきた?」
「へ?いろけ?何ですか?」
ハルに指摘されきょとんと首を傾げた。風呂上りにそんなことを言われ、何のことか検討もつかない。上半身裸でタオルで濡れた髪を拭く。
あの任務から、体調も回復して気持ちも安定した。終わったことだと割り切って、改めてレンの偉大さや仲間の有り難さを強く感じて、また鍛錬を開始している。
確かに筋肉量もアップしたかな、と、二の腕を触ってみる。
「んー身体だと、腰がなぁ。」
「腰?背筋かな?」
ハルがここの所、と腰を指で触った瞬間、ビクッと跳ねた。
「アッ」
「あ、悪い…」
「えっ!?いや、あの!ははは…」
思わず出た高い声に、リョウタとハルは顔を真っ赤にした。ハルは慌てて手を引き、キッチンへ向かってタバコを吸い始めた。リョウタも気まずくなって部屋に戻る。
(ビックリしたぁ…)
電流が走ったみたいに感覚が震えた。自分で触ってみても何ともないのに不思議だった。
キィ…
「リョウタ、邪魔。入り口で何やってんの。風邪ひくよ」
「うわぁ!?ご、ごめん」
「?なんだよ、そんなに慌てて。」
トレーニングだったのか、銃の入ったアタッシュケースを持っていた。
「練習?」
「あぁ。今日はミナトさんに付き合ってもらった。色んな場面を想定してのもの。」
「へぇ…ミナトさんが?」
「息抜きに、って来てくれた。」
アタッシュケースを置くと、ベッドにコートのまま寝転んだ。
「緊張した…疲れた」
「うはは!お疲れ」
「ミナトさんがいるってことは、アサヒさんも見てるから…」
最近のサキは表情豊かになった。今は、心底疲れたって顔。気疲れしたのだろう。
(可愛いな…お疲れさん)
ふふっと笑って服を着ると、目が合った。
「っ!」
「ん?」
サキが顔を真っ赤にして寝返りを打った。
「サキ?」
「な、に」
「どうした?」
「なんでもない」
ウソをついているのが分かって、もしかしたら言いたいことがあるのかもしれないと思って、サキベッドの上にあがって、サキの顔を挟むように両手を付いた。
「隠し事?」
「っ!!」
目が合った瞬間、面白いくらいに真っ赤になって目が逸らされた。
「揶揄うなよ…っ、分かってんだろ」
「揶揄う?」
「俺が…リョウタを好きだって、知ってて…こんなこと…」
悔しそうにそう言って腕で顔を隠した。
(え?)
「サキ…」
「本当…こんなところもリツさんに似てるし…」
「は?俺はリツさんじゃない」
自分でも驚くほど冷たい言い方だった。嬉しかったのに、代わりだと思うとイライラした。ベッドから降りて背を向けた。
「サキ。俺は俺だ。俺にリツさんを見てるなら、やめてくれ。」
「違うっ!そんなこと…」
ベッドから慌ててサキが降りてくる。気にかけてくれる、優しいサキの隣が、安心する居場所だった。
「似てるから、優しくしてくれるのか?俺は…優しいサキが隣にいてくれて嬉しかったのに…。」
泣きそうになるのが恥ずかしかった。
そうだ。ここの人達は、元特効のリツが大切だった。リツに似た後釜を探していた。それだけだったのに、自分が勘違いをしていた。
(自分が必要とされていると思ってた)
バカみたいで、でも整理がつかなくて、部屋を飛び出した。廊下でハルとぶつかったが無視して外に出た。
任務や訓練以外で出ることが少なくなった外。
ここが居場所だったのに、いつの間にか地下や夜が居心地良くなった。
(太陽の下は気持ちいいな…)
行き場もなく、とぼとぼと歩く。無意識に、育った施設の前に来ていた。2年前に出たこの施設。次来る時は、たくさんの食事と服を届けたいと思っていた。
(何にもないや…。ただ、人殺しになっただけ)
真っ当に生きれば良かった。
施設の前で、あの日の選択をひたすら後悔した。
細々とでも、コツコツと、地道に生きていれば、ここにも笑って帰ってこれただろう。
(もう…戻れない)
手のひらを見て、ギュッと握る。
この手は、人を傷つける方法を身につけてしまった。
ザリッ
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、」
後ろから荒い呼吸が聞こえて振り返ると、力強く抱きしめられた。
「見つけた…っ、良かった」
「んだよ!離して!!」
「ごめんっ、リョウタ、違うんだ」
「違わない!俺はリツさんじゃない!みんなが求めてるリツさんにはなれない!だからもう、俺は抜け…」
顎を持ち上げられ、上から小さな顔が降ってきて、唇を塞ぐ。驚いて固まると、ゆっくり唇が離れた。
「リョウタが好きだ」
真っ直ぐな目に、何も言えなくなる。ただ目を見て固まった。
「初めは…正直似てると思った。でも、リツさんと違うことがある。」
「…?」
「俺が、守りたいって思ったんだ。」
「守る…?」
「リツさんには…甘えてた。独り占めしたくて、子どもみたいに拗ねて気を引いたり、構って貰えるまで篭ったり…。」
もう一度リョウタを抱きしめながら、サキは呆れたように話す。リョウタは今のサキからは想像がつかなくて、可愛いな、と少し微笑んだ。
「でもリョウタには…そばにいて、笑っていてほしいって思うんだ。泣いてたら慰めたいし、傷つけたくない。…正直、リツさんを前にしたら俺は弱い。でも、リョウタのためなら強くなれる。」
「何で…?」
「守りたいからだ。」
「…そんなに俺…弱い?」
「いや、少し前まで一般人なのに、すごいと思う。努力も見てる。ただ…ほっとけない。どこか危なっかしいし、誰にでも愛想も良すぎるし、優しいし、可愛いし、この…何だかしっくりくる感じも手放したくないというか…」
だんだん声が小さくなるサキ。リョウタはふふっと笑った。不器用だけど一生懸命伝えてくれた事が嬉しかった。
「つまりは、俺のこと大好きってこと?」
「だから、そう言ってるだろ!心配でたまらないんだよ!年上のくせにふわふわしてて…俺のこと見てないようで、見てくれてるし…」
惚れないわけないだろ…と悔しそうに言うサキが可愛くてドキドキした。こんな告白は一度もされたことが無くて、恥ずかしかった。
「サキ。迎えに来てくれてありがとう」
「うん」
「守ってよ?俺のこと。」
「…あぁ。」
「俺も…サキのそばにいたいな」
顔を見上げると、目を見開いたサキと目が合った。リアクションが無くて、周りくどかったかな、とニコリと笑った。
「俺も、サキが好きだよ」
サキは表情が明るくなってもっと強く抱きしめてきた。
「っ!…リョウタ、本当に?本当?」
「うん!サキの隣は安心する。何より可愛いし!こんな嬉しい告白されたことない!」
そう言うと、サキの向こう側で、壁から覗き込むハルを見つけて固まった。
「あれっ?ハルさんだ」
「あぁ!?着いてこないでって言ったのに!」
「ふっはは!!俺らもいるぜぇ?」
「レンさん!…サトルさんも!?」
さまざまな場所からニヤニヤしながら出てくる。木陰からは膨れるアイリと、不機嫌なユウヒ。
「ひどーい!アイリの旦那さんなのに!」
「くっそ!また取られたぁ!」
怒る2人をカズキが宥める。
「全く…サキってば世話が焼けるよ。こんな優しいリョウタを怒らせるなんて…。」
「本当だよ!焦ってテンパってたしな。」
ぎろりとハルとレンを睨みつけるサキだったが、みんながサキを気にかけていることが分かって嬉しかった。
(サキ、愛されてるな)
リョウタの満面の笑みに、その場にいた全員がホッとしたように笑う。その笑顔を見て、心配かけたことを知った。
「帰ろう。飯の時間だ。」
「わーい!ハルさん!今日は何!?」
「今日はブリの煮付け」
「やっっったぁ!!!」
「なんでも喜ぶんだな」
ハルに頭をわしゃわしゃされて喜ぶと、ジロリと睨んでくるサキに驚く。
「サキ、嫉妬深いから苦労するぞ」
ハルに耳元で囁かれ、もう一度サキを見ると、今度はハルを睨んでいた。
(サキってば…可愛い…)
サキと目が合って、ニコリと笑うとサキは顔を真っ赤にして目を逸らした。嬉しそうに緩む口元がリョウタを更に笑顔にした。
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