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第34話 旅立ち

「今まで…ありがとうございました。」  「おう。気をつけろな。」  深夜。  アサヒの部屋を叩いたハルはアサヒと2人でたくさんの話をした。 仲間を裏切れないこと、親父の屋敷が気になること、妹を助けてやりたいこと。アサヒは先程の荒れた様子は無く、ウイスキーを飲みながら、そうか、とゆっくり相槌を打って聞いてくれた。話しながら整理をして、やはり戻らなければ、と考えた。  「アサヒさん。」  「行くなら…子ども達が寝てる間にしてくれねーか。本当に…お前のことを慕ってる…。お前も揺らぐだろ」  困ったように笑って、ありがとな、とグラスをぶつけてきた。疲れたようなこの人が心配になったが、覚悟を決めた。  寝たふりをしてるカズキに謝って、荷物をまとめた。アイリの作文は、綺麗に畳んでバッグに入れた。  (あ…。これ…。)  カズキと食料の買い出しに街に出た時、寄り道して買ったペアのブレスレット。プラチナか金じゃないとダサいと言ったハルに怒りながらも、プラチナのものを買った。たった一つの、証。  (カズキ、これを持っていったら…俺は戻りたくなる。)  自分のブレスレットをアクセサリーケースに大切にしまって、一緒に置いてあるカズキのブレスレットを撫でた。カズキはこれが全く似合わなくて、一回しか身に付けてくれなかった。  (…離れ難いな…。)  無意識に、カズキのブレスレットをバッグに入れた。  ドアノブを握ると、ベッドが軋む音がして止まった。  「行くのか」  「あぁ。ごめん。」  「謝るようなことしたの?違うでしょ?ハルのしたいことがそれなら、僕は見送るしかできない。」  どこまでも優しいカズキに、目の前が揺らぐ。  「忘れないでね。ハルのことを大好きな人がたくさんいるけど、愛してるのは僕だけだよ」  目を見開いて、その言葉を噛み締める。  振り返りたい。抱きしめて、キスがしたい。  「…っ。俺もだよ。」  それしか言えなかった。ただ前だけを見て、朝日が登りそうな地上に出た。ひたすら進んで、とある角を曲がると、黒い高級車が横付けしてきた。  「お待ちしておりました。義晴様」  「おう。」 「姐御がお待ちです。」  「あぁ。義美のところへ頼む」  ハルは車に乗った瞬間に感情を捨てた。  ーーーー  「ぅわぁっち!!ふーっ!ふーっ!」  キッチンが騒がしくてリョウタが起きると、ハルのエプロンを着たアサヒが料理中だった。  「おう!おはよう!そっち食ってみて」  「あ!はい!いただきます!」  少し焦げ付いた卵焼きは美味しかった。頷くと、安心したように笑った。階段からぺたんぺたんと聞こえ、見上げると、ミナトが呆れたように声をかけた。  「どういう風の吹き回し?料理できたんだ」  「まぁな!感覚でな!センスってやつ?」  「…まぁ…いろいろ察したけど。」  ミナトはアサヒに後ろから抱きついた。リョウタは顔を真っ赤にしてドギマギしながら盗み見た。  「頑張ったね、アサヒ」  「……。」  「殺してでも繋ぎ止めるかと思ってたのに」  「やりたいようにさせるさ。飽きたら、戻ってくるだろ」  アサヒは何でもないように料理を盛り付け、時計を見て慌ててスーツに着替えて出ていった。  「ミナトさん…?まさか?」  「うん。ハル、行っちゃったみたいだね。」  「そんなっ!そんなの…っ」  「ユウヒとアイリは分かってたのか、一晩中泣いて、やっと今眠ったよ。今日は学校お休みだね」  ミナトは真顔のまま、アサヒの料理を食べた。  「ふふっ…マズイなぁ…適当すぎ…」  少し口角が上がって、それでも少しずつ食べ進めていた。  「ハルは守るものが多いから…仕方ないね。もともとここにきたのは、アサヒが無理矢理だったし…。」  「あの、昨日言ってた…義美さん?に関係が?」  リョウタが質問すると、ミナトは手を止めて流し目でこちらをみた。  「義美は嫁いだ組が潰れそうで、最近ボスになったみたい。でも女ならなめられやすいから、兄であるハルを呼び出したってわけ。ハルは察したんだと思うよ。もしかしたら…ハルが当主になるのかもね。」  ミナトは話しを急に止めて左耳に手を当てた。  「うん、レン。そのまま追えそう?」  (え!!?任務中だったの?この人…いつ寝てるんだ?)  いくつか指示したあとに、ミナトはごめん、とリョウタに謝ってきた。  「話の途中だったね。ハルには親がいない。妹とハルは血は繋がってないけど、兄妹同然。同じ組長に育てられたからっていうのもあるけど、義理深いハルだからね」  「そっかぁ…」  「だから、それを利用するのは許さない」  「え?」  眼力が強くなったミナトに、ゾクッとした。アサヒのような殺気だった。  「これは、僕の意思でレンに動いてもらってるの。アサヒは行かせたけど、僕なら行かせない。」  「ミナトさん…」  「義美は強かで有名だ。優しいハルを、とことん自分のために使うつもりだ。そしてハルは、消えていた期間の負い目があるからそれでも耐えるはず。そんなの組織と義美にしかメリットはない。ハルは満たされない」  ハルは幸せにならないと、と言った後、ミナトは突然立ち上がり、また左耳に手を当てて、急いで部屋に戻っていった。 

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