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第38話 総会
総会。
各地域の組長やボスが集まる情報交換と社交の場。そこで、ハルが新組長として挨拶をすることになる。側近が脇を固める組長達の中で、アサヒはのんびりと1人で向かう。
(おうおう。お偉いさんなこった。)
内心小馬鹿にしながら飄々としていると、親父の組の側近が近づいて来た。山川慎一郎、アサヒの父が絶大な信頼をしている。大柄で体格は熊のようだ。
「おい、アサヒ」
(はいはい。小言ね)
「こんにちはー!慎一郎さん。まだご存命でしたか。」
「殺すぞクソガキ。」
「やだなぁ。そしたらアンタが即死しちゃうでしょ?まだ生きたいなら言葉に気をつけたら?」
「相変わらずだな。テンカもさっさと消せばいいものを」
「まぁまぁ。長男が可愛くて仕方ないんでしょ?わざわざ俺のとこ嗅ぎ回って…ヒマなの?羨ましい」
父親の組の奴らが監視しているのは分かる。その目的がアサヒは気に入らないのだ。
「アイリの齢は?」
「教えねー。親父に言っといてくれ。孫の年も分かんねーのかって」
そう言った瞬間、ババッと道が開けた。アサヒもそれに習い、道を開け頭を下げた。黒塗の高級車から出てきたのはアサヒの父、桜井テンカ。隣にいた慎一郎はいつの間にかテンカの隣で降りるサポートをしていた。
カツン…カツン…
革靴の音を聞きながら地面だけを見つめる。
ザリっ
(チッ)
「アサヒ、元気か」
「はい」
「相変わらず、一般人のフリしてるらしいな。お前に一般人と子育ては向いてない。バカもいい加減にしろ。遊びはもう満足しただろう。さっさと戻れ。」
近くにいるだけで、アサヒでも汗をかくような威圧感。熊のような慎一郎よりも体格があり、声も低い。
「遊びのつもりはありません。…俺は自分の組を大きくしてみせます。」
「はっ!笑わせるな!大きくなるどころが裏切り者が続出してるではないか!お前に人望なんかありゃせん。みんなお前の強さに甘える臆病なウサギ共だ。」
頭を下げたまま目だけで睨みつけると、あの嫌な顔で嘲笑う。
「子守係が引き抜かれるとは哀れだな。まぁアイリだけはこちらで養ってやっても良い。」
「誰がやるかよクソジジイ。とっとと死ね」
アサヒが言うと、慎一郎が首を掴んで締め上げてきた。
「口には、気をつけろ。誰の前だと思ってる」
ギギッ
子供みたいに高く上げられて、息ができずに目を見開く。高くあがったところで、下の奴らがよく見える。そこには、顔面蒼白なハルと目があった。
(バカだな…そんな顔すんな)
ニヤリと笑って、慎一郎の手首を掴んだ。
ボキッ!!
「くっ!!」
「よせ。慎一郎。総会がはじまる。」
「…っ、はい」
慎一郎は折られた手首を押さえて屋敷に入っていった。アサヒはネクタイを引き抜いて、シャツの襟を広げた。
「ゴホッゴホッ」
まだ咽せる背中を、ハルが摩った。
「アサヒさん…っ」
「よぉ、っごほ、っ、元気にしてんのか」
「アサヒさん、俺のせいで、」
「お前に関係ねーよ。永遠の反抗期なの、俺は」
早く行け、と先に行くことを促す。ハルは正装して左手首には、あのブレスレットがあった。
(酔った時に自慢してたやつ…まだ持ってんのか)
アサヒの視線の先に気付いたハルは苦笑いした。
「これ…してないと、落ち着かなくなってしまいました。…この間…カズキに会うことができました。…治療をしていただきありがとうございます。」
頭を下げてきたハルを叩く。
「他のボスに頭下げてんじゃねぇ。お前が頭だろ。しっかりしろ。」
「っ…!そう…ですね」
「ハル…、総会で挨拶したら、もう戻すことはできないかもしれない。」
「っ!」
「期待しているなら、敷居を跨いだ瞬間に捨てろ」
「期待?」
「…もうカズキには会えない。」
ビクッと肩を揺らしたハル。
(やっぱりブレブレじゃねーか。こんなのすぐに潰されるぞ)
「それは…覚悟できていま…す」
何度も何度もブレスレットを撫でている。無意識だろうが、アサヒはため息を吐いた。
「実はさ…アイリが、狙われてんのよ」
「え!?」
「クソジジイ。アイリの能力を欲しがってる。俺の母親も、妹も、妻も殺した…女を生かしておかないあのクソジジイがだ。笑わせるよな。」
「そん…な…」
「もし、お前があのクソジジイの指令があって、うちに来たらお前でも殺すからな。覚えておけ。」
アサヒは服装を整えて、屋敷に向かった。
「アサヒさんっ!!」
ハルの叫びみたいな声にため息を吐いた。
(何だよその声。お前もう限界じゃねーか)
ハルの立派な姿を見たいとも思っていた。頭として、やっていく覚悟を見たら、仲間を説得しなければとも考えていた。
立ち止まると、後ろから走ってきて頭を下げられた。
「俺!…戻りたいです…」
「バカが。出て行ったのはお前だろ。みんなお前無しでもやっていけてる。気にすんな」
「俺が!みんな無しではやっていけません!」
「知るか。お前が選んだ道だろ。」
あくまでハルの覚悟を尊重する。必死のハルに何があったのか、知りたくもない。ただ、ミナト達のあの作戦が功を奏したのは分かった。
「助けてほしい、奴がいます…。」
ハルの言葉に、アサヒも止まった。
「弘樹…。あいつが気になっていました。義美の旦那の隠し子です。義美は弘樹が当主になることを阻止するために、俺を呼びました。頷かなければ、弘樹を殺すと分かっていました。…全員が、弘樹を殺したがっている。そんな組の当主なんか、そんな義理なんか、いらない。俺は、バカだから弘樹を守る方法が分からないんです。」
ハルは頭を下げたまま、震えていた。
「あの子は…昔の俺みたいなんです。」
「なら、お前が当主になって、守り育てればいいだろう?そうしてもらったように」
アサヒは簡単に頷くつもりはなかった。総会の時間は刻々と過ぎている。
「俺だけでは、守れません。側近にはしましたが…今だって生きてるか不安で。」
いつ誰が狙ってくるか分からないことに神経がすり減っているようだ。アサヒは腕時計を見て、この話を中断させた。
「お前、挨拶あるだろ。急げ」
「っ!!…………はい」
泣きそうな顔をしたあと、とぼとぼと歩いていくハルにまたため息を吐いた。
(手がかかるぜ。)
ーーーー
「木讃岐組…次期当主を仕ります…藤堂義晴と申します。以後…お見知りおきを。」
「フン…。川崎組のナンバー2が…こんな落ちた組の当主とは笑わせる。お前、恥ずかしくないのか。川崎組の当主は義理堅いやつだった…なのにお前ときたら、行方不明の後に仇のはずのうちのバカ息子の下につき、さらには独立だと。尻軽にもほどがあるな」
上座で嘲笑うテンカに萎縮して何も言葉が出なかった。アサヒよりも遥かに恐ろしいオーラ。他の組長も同調して笑う。ハルは全員から銃を向けられているかのような、血の気が引く思いだった。
「まぁ手始めに…お前の力を見せろ。」
「は…?」
「うちのバカ息子を討て。そして、その娘を連れてこい。それができればお前のシマを広げてやろう。報酬もやるし、当主として歓迎しよう。」
ざわつく屋敷内。相変わらず嫌な笑みを浮かべる。
(「お前でも殺す」)
先ほどのアサヒの言葉も思い出して、怯えた。勝手に手が震えて、何も考えられない。
「可哀想に。こんなに怯えて。あいつが怖いならうちの傘下に入ることも了承しよう。桜井組に協力さえしておけば安泰だ。」
「……傘下には入りません。」
「ほう…。媚びは売らないと。いいのか?」
「俺は…」
ドカン!!!
襖と共に、護衛の下っ端が飛んできた。全員口から泡を吹き、気絶していた。
「悪いなクソジジイ。こいつは俺が貰う!」
「アサヒ…さん…?」
アサヒは長い和室を一瞬で駆け抜けてテンカの前に行き、べ、と舌を出した。
「コイツも、木讃岐組も俺のもんだ。」
「ふざけるのもいい加減にしろ!!」
テンカの怒鳴り声で全員が銃を向ける。
「甘いなぁ。俺を誰だと思ってんの」
アサヒはハルに銃を渡す。
「自分の命は自分で守れ。いいか、ここを抜けるとサトルが来てる。まっすぐ走れ。ここは俺に任せろ」
「アサヒさんっ…」
「ミナトに弘樹を調べさせてる。そこにはリョウタとサキを向かわせた。大丈夫だ。」
ハルは目が潤み、ありがとうございますと呟いた。
「ったく!とんでもない尻拭いだぜ。オムライスで手を打ってやる」
アサヒはニッと笑った後、丸腰で銃撃戦の中へ向い、ハルへの道を作った。
「走れ!!ハル!!」
ハルは涙を拭って、駆け抜けた。
庭に出た瞬間に複数の視線を感じた。
(まずいっ!!囲まれてるっ!)
パンッ!
「ぐっ!!」
足を撃たれて勢いよく倒れる。撃ったのは、同じ組の奴らだった。
(なるほど、組長として認められた瞬間に撃つつもりだったのか。あくまで総会を越えるための駒…。弘樹を庇うのも嫌ってか。)
理解すると未練や責任感や義理が一切なくなり、久しぶりに銃を使った。見知った顔を躊躇なく撃ちながら、足を引きずり、見慣れたバンを見つけた。
「ハルさん!」
号泣したレンがドアを開けて手を伸ばした。その手に掴まり、倒れ込むように後部座席に乗ると急発進した。
「待ってくれ!アサヒさんが!」
運転していたサトルにハルが叫ぶと、サトルは冷静に言った。
「タイヤが撃たれたら終わりだ。あと、撃たれた脚を止血しないと。ハルさんが死んだら意味がない。」
そう言って振り向いたサトルも鼻が赤かった。レンはわんわん泣きながらハルにしがみついてきた。
「ハルさん…っ、良かった、っ、おかえりっ!おかえりっ!」
「レン…サトル、ただいま」
血を流し過ぎてハルはゆっくりと目を閉じた。
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