40 / 191
第40話 本能
「はぁ…はぁ…っ」
リョウタはかなりの苦戦を強いられていた。日本刀の距離感がまだ掴めないことと、ある人物を探すのに手こずった。
(どこだ?側近の…弘樹さん。金髪の…)
実際に顔を見たのがリョウタとカズキのみのため、リョウタが現場に行くも、まるで見つからない。
(ハルさんが戻ってくるというのに!!ここでヘマは出来ない!)
軽い斬り傷だらけになりながら、廊下を進む。
(これ…壁じゃ無い…?)
色が少しだけ違う壁紙を手で押してみた。
キィッ
少しだけ覗くと地下に続く階段があった。
(隠し戸…カラクリ屋敷みたい…)
『リョウタ、ここの壁、一度閉じると中からは開けられないのかも。何かで固定して。』
『ミナトさん、俺が行きます』
『サキ、頼むよ』
サキとミナトの会話を聞き、しばらくサキを待つ。少しの隙間から血の匂いがして焦る。
「リョウタ」
「サキ、お願いね!血の匂いがする…怪我してるかも!」
そう言って、地下の階段を駆け降りた。
(意外に…広いんだな…)
階段を降りると、トンネルの中みたいに空洞になっていて、声が響く。
カツン カツン…
「弘樹さーん?」
名前を呼びながら探すと、床に、血が広がっていることに気づく。
(引き摺られた…?)
血を辿っていくと、横たわる金髪の少年。
(この人だ!!どうして!)
「弘樹さん!!!弘樹さん!しっかりしてください!!」
顔が真っ青だ。血の気はなく、青あざもたくさんあった。腕も足も折られてるのかだらりと垂れて、脇腹からは血が流れている。
(マズイ!!かなり危険な状態だ!)
リョウタでも分かるほど危険な状態。ハルのためにも何としてでもこの子を救いたかった。弘樹を背負って階段を駆け上がる。リョウタは車を横付けする様に頼み、サキに弘樹を預けた。
「サキ、お前は弘樹さんと先に行ってくれ!」
「分かった!」
サキは弘樹を担ぐとレンの手配したバンに乗った。
(殺してやる…)
リョウタには味わったことのない、噴き上がるような怒りが収まらなかった。組のために忠義を誓った者を、気に入らないからと葬る奴らが許せなかった。リョウタはゆっくり歩きながら、目の前の敵を気絶ではなく、殺していった。
(お前たちに生きてる価値はない)
この人達から弘樹を守るために、自分の義理を通すために、ハルが選んだ道だ。それを…
(ハルさんまで殺そうとするなんて)
返り血が汚く感じてイライラする。こんな弱いオッサン達が、都合の良いように利用しようとしていたのだと思うと、悪戯に殺戮したくなる。
「ふふっ…あはははっ!あはははは!!」
『リョウタ?リョウタ、どうしたの?』
ミナトの心配する声が聞こえなくなり、笑いが止まらない。
(くだらない!お前たちなんか!俺たちから大切な人を奪った罪で死刑だ!!!)
ハルの葛藤する顔
カズキの涙
アイリの我慢する顔
ユウヒのつまんなそうな顔
レンの必死な顔
サトルのぼんやりした顔
ミナトのアサヒを睨む顔
アサヒの待ってくれと苦笑する顔
(みんなみんな、お前たちのせいだっっ!!)
「ヒィイ!っ!お前、桜井組っ…お、お助けを」
「弘樹さんを暴行したのは誰だ」
「あれはっ、女将さんが…」
「…お前らは止めなかった。家族じゃないのか?弘樹さんが何をしたって言うんだ」
「あいつは…っ、女将の子じゃないからっ」
「だから何」
「だから…っ、汚い女の…子だからって…だから、生きてる価値は…ぐぅぇっ!!」
リョウタは初めて自分の中の残虐的な部分を知った。誰から産まれたか、ということだけで、殺される必要はあるのか、産まれてきた子に罪は無いのに。大人の身勝手で、命が無駄にされているのが耐えられない。
ーーーー
『お前はいらない子だから捨てられたんだろ』
『参観日また誰も来てくんなかったの?カワイソウ』
『いいよなぁ、親がいないなら自由だろ?』
ーーーー
耐えてきたものが噴火みたいに大爆発した。
「生きてる価値ないのはお前らだろうが!!!!」
狂ったように殴って、相手から声が聞こえなくなっても止まらなかった。解消できなくて、悔しくて、叫び、殴り続けた。
パシン!!
腕を取られた後、やっと声が聞こえた。
「リョウタ!落ち着け!」
「っ!!」
「リョウタっ…」
いつの間にかサキが戻ってきていた。ぎゅっと抱きしめられてドクドクと心臓がうるさい。
「サキ、リョウタ任せていいか?」
「はい」
声の方を見ると、返り血で汚れたアサヒがいた。リョウタを止めたのはアサヒだったようだ。
アサヒが行ってしまって、リョウタは自分の手を見た。真っ赤に染まった両手。思い出す人の感覚。床を見ると原型を留めない死体。
(俺が…俺がやったんだ…)
「リョウタ?」
「ぅ…う…っ、」
「リョウタ!落ち着けって!!」
「ぅ…ーーっ、…っぅあああーーッ!!」
サキを振り払って、アサヒを追う。
「待てって!馬鹿!巻き込まれるぞ!」
それでもこの焦燥感から逃げるように叫びながら走る。
(俺が…仕留める!こいつらは生かしておくわけにはいかない)
あの日治療で使った広い和室の襖を開けると、1人を除いて全員倒れていた。
「…?…サキ、任せるっていっただろ」
瞳が紅く見えて、やっとリョウタは止まることができた。
「この女将、俺が全員殺したらビビって自害しやがった。汚ねえよな。」
アサヒがゴミを見るような目で女将を見た。
「リョウタ、終わりだ。」
「アサヒさん、リョウタが変なんです」
「まぁ…本気で任務をやったんだろ。それか、初めて意思を持って殺したか。」
2人のやりとりをどこか他人事のように聞いていた。
(邪魔された…)
またあの焦燥感が襲ってきた。
「ふーっ、ふーっ」
「あら。収まってないな。サキ、悪いな、手荒いマネするけど」
のんきに話しているアサヒに、衝動の矛先が向かう。今、この衝動を抑えられるのは、この人しかいないと本能がそうさせる。
「リョウタ!!」
確実に間合いを詰めたのに、殺意で向かったのに、目の前にアサヒはいない。
「イイね!お前はまだ成長段階だったんだな。」
「うぅーっ!」
「ほら、おいでリョウタ」
遊ぶように挑発されて、頭が沸騰しそうだった。アサヒを殺す理由はない。でも向かうのが止められない。理性がなくなって本能で殺戮を楽しむ自分が怖かった。
「お前に足りなかったもの…やっと見つけた?忘れんなよ。この憎しみは糧になる。忘れるな、仲間を傷つける奴は、自分を傷つけるやつは、」
「うわぁあああーーッ!」
「徹底的に殺せ」
この言葉を聞いたあと、目の前が真っ赤に染まった。
ともだちにシェアしよう!