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第40話 本能

「はぁ…はぁ…っ」  リョウタはかなりの苦戦を強いられていた。日本刀の距離感がまだ掴めないことと、ある人物を探すのに手こずった。  (どこだ?側近の…弘樹さん。金髪の…)  実際に顔を見たのがリョウタとカズキのみのため、リョウタが現場に行くも、まるで見つからない。  (ハルさんが戻ってくるというのに!!ここでヘマは出来ない!)  軽い斬り傷だらけになりながら、廊下を進む。  (これ…壁じゃ無い…?)  色が少しだけ違う壁紙を手で押してみた。  キィッ  少しだけ覗くと地下に続く階段があった。  (隠し戸…カラクリ屋敷みたい…) 『リョウタ、ここの壁、一度閉じると中からは開けられないのかも。何かで固定して。』  『ミナトさん、俺が行きます』  『サキ、頼むよ』  サキとミナトの会話を聞き、しばらくサキを待つ。少しの隙間から血の匂いがして焦る。  「リョウタ」  「サキ、お願いね!血の匂いがする…怪我してるかも!」  そう言って、地下の階段を駆け降りた。  (意外に…広いんだな…)  階段を降りると、トンネルの中みたいに空洞になっていて、声が響く。  カツン カツン… 「弘樹さーん?」  名前を呼びながら探すと、床に、血が広がっていることに気づく。  (引き摺られた…?)  血を辿っていくと、横たわる金髪の少年。  (この人だ!!どうして!) 「弘樹さん!!!弘樹さん!しっかりしてください!!」  顔が真っ青だ。血の気はなく、青あざもたくさんあった。腕も足も折られてるのかだらりと垂れて、脇腹からは血が流れている。  (マズイ!!かなり危険な状態だ!)  リョウタでも分かるほど危険な状態。ハルのためにも何としてでもこの子を救いたかった。弘樹を背負って階段を駆け上がる。リョウタは車を横付けする様に頼み、サキに弘樹を預けた。  「サキ、お前は弘樹さんと先に行ってくれ!」  「分かった!」  サキは弘樹を担ぐとレンの手配したバンに乗った。 (殺してやる…)  リョウタには味わったことのない、噴き上がるような怒りが収まらなかった。組のために忠義を誓った者を、気に入らないからと葬る奴らが許せなかった。リョウタはゆっくり歩きながら、目の前の敵を気絶ではなく、殺していった。  (お前たちに生きてる価値はない)  この人達から弘樹を守るために、自分の義理を通すために、ハルが選んだ道だ。それを… (ハルさんまで殺そうとするなんて)  返り血が汚く感じてイライラする。こんな弱いオッサン達が、都合の良いように利用しようとしていたのだと思うと、悪戯に殺戮したくなる。  「ふふっ…あはははっ!あはははは!!」  『リョウタ?リョウタ、どうしたの?』  ミナトの心配する声が聞こえなくなり、笑いが止まらない。  (くだらない!お前たちなんか!俺たちから大切な人を奪った罪で死刑だ!!!)  ハルの葛藤する顔  カズキの涙  アイリの我慢する顔  ユウヒのつまんなそうな顔  レンの必死な顔  サトルのぼんやりした顔  ミナトのアサヒを睨む顔  アサヒの待ってくれと苦笑する顔  (みんなみんな、お前たちのせいだっっ!!)  「ヒィイ!っ!お前、桜井組っ…お、お助けを」  「弘樹さんを暴行したのは誰だ」  「あれはっ、女将さんが…」  「…お前らは止めなかった。家族じゃないのか?弘樹さんが何をしたって言うんだ」  「あいつは…っ、女将の子じゃないからっ」  「だから何」  「だから…っ、汚い女の…子だからって…だから、生きてる価値は…ぐぅぇっ!!」  リョウタは初めて自分の中の残虐的な部分を知った。誰から産まれたか、ということだけで、殺される必要はあるのか、産まれてきた子に罪は無いのに。大人の身勝手で、命が無駄にされているのが耐えられない。 ーーーー  『お前はいらない子だから捨てられたんだろ』  『参観日また誰も来てくんなかったの?カワイソウ』  『いいよなぁ、親がいないなら自由だろ?』  ーーーー  耐えてきたものが噴火みたいに大爆発した。  「生きてる価値ないのはお前らだろうが!!!!」 狂ったように殴って、相手から声が聞こえなくなっても止まらなかった。解消できなくて、悔しくて、叫び、殴り続けた。  パシン!!  腕を取られた後、やっと声が聞こえた。 「リョウタ!落ち着け!」  「っ!!」  「リョウタっ…」 いつの間にかサキが戻ってきていた。ぎゅっと抱きしめられてドクドクと心臓がうるさい。  「サキ、リョウタ任せていいか?」  「はい」  声の方を見ると、返り血で汚れたアサヒがいた。リョウタを止めたのはアサヒだったようだ。  アサヒが行ってしまって、リョウタは自分の手を見た。真っ赤に染まった両手。思い出す人の感覚。床を見ると原型を留めない死体。  (俺が…俺がやったんだ…)  「リョウタ?」  「ぅ…う…っ、」  「リョウタ!落ち着けって!!」  「ぅ…ーーっ、…っぅあああーーッ!!」  サキを振り払って、アサヒを追う。  「待てって!馬鹿!巻き込まれるぞ!」  それでもこの焦燥感から逃げるように叫びながら走る。  (俺が…仕留める!こいつらは生かしておくわけにはいかない)  あの日治療で使った広い和室の襖を開けると、1人を除いて全員倒れていた。  「…?…サキ、任せるっていっただろ」  瞳が紅く見えて、やっとリョウタは止まることができた。 「この女将、俺が全員殺したらビビって自害しやがった。汚ねえよな。」  アサヒがゴミを見るような目で女将を見た。  「リョウタ、終わりだ。」  「アサヒさん、リョウタが変なんです」  「まぁ…本気で任務をやったんだろ。それか、初めて意思を持って殺したか。」  2人のやりとりをどこか他人事のように聞いていた。  (邪魔された…)  またあの焦燥感が襲ってきた。  「ふーっ、ふーっ」  「あら。収まってないな。サキ、悪いな、手荒いマネするけど」  のんきに話しているアサヒに、衝動の矛先が向かう。今、この衝動を抑えられるのは、この人しかいないと本能がそうさせる。  「リョウタ!!」  確実に間合いを詰めたのに、殺意で向かったのに、目の前にアサヒはいない。  「イイね!お前はまだ成長段階だったんだな。」  「うぅーっ!」  「ほら、おいでリョウタ」  遊ぶように挑発されて、頭が沸騰しそうだった。アサヒを殺す理由はない。でも向かうのが止められない。理性がなくなって本能で殺戮を楽しむ自分が怖かった。  「お前に足りなかったもの…やっと見つけた?忘れんなよ。この憎しみは糧になる。忘れるな、仲間を傷つける奴は、自分を傷つけるやつは、」  「うわぁあああーーッ!」  「徹底的に殺せ」  この言葉を聞いたあと、目の前が真っ赤に染まった。

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