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第42話 親父
「リョウタ、起きて」
ミナトの声にハッと目を覚ました。見慣れた躾部屋だったが、縛られてもいないのに体が動かない。椅子に座った姿勢のまま、目だけで前を見た。
「よぉ!落ち着いたか?」
「アサヒさん…ミナトさん…。俺…?うっ」
動こうとして激痛が走る。
「あー…悪い。手加減したつもりだけど。結構折れちまったみたいだな。」
「どうして任務中にアサヒに向かったの?」
「…へ?俺が?」
珍しく、ミナトが怒っているようだった。アサヒは仕方ないよーと嬉しそうに笑い、ミナトに、リョウタは悪くない、成長が嬉しいと説明するも、ミナトは真顔のままだ。2人の感情が逆で混乱した。
(俺…やらかした?…任務失敗?)
「やー!リョウタのギャップには驚いたなぁ!お前はリツを超えるはずだ!」
アサヒはリョウタを見てニコニコとご機嫌だ。
「ただ、忘れてるみたいだから…それをいつでも引き出せるようにしろ。理性的にあの状態になれるなら、俺はいつでもお前を前線に立たせる。聞きたいのは、何がお前のスイッチを入れたのか、だな。」
(スイッチ…?)
「突然笑い出したから…気が狂ったのかと思った。」
ミナトは呆れたようにため息を吐いた。リョウタは上を向いて考えた。
(ーー殺してやる)
「っ!」
「思い出したか?」
「はい…。許せないって思ったんです。忠誠を誓った相手を…仲間を殺そうとして…。誰の子か、ということだけで…っ、俺っ」
「リョウタ、落ち着いて」
話しながら呼吸が荒くなる。煮えたぎるようなどす黒い感情が溢れる。ミナトが寄り添って背中を撫でてくれた。歯を食いしばって、ギリッと音が鳴った。
「産まれた俺が悪いの?」
「「っ!!」」
顔を上げたが、2人の顔は見えなかった。頬を濡らすのが、何かに気付くまで時間がかかった。
「愛されるようにっ…頑張ってる…じゃないか…っ、なのに、っ、…いらないなら!いらないなら!最初で決めてくれたらよかったのに!!!!」
「リョウタ、もういいよ。」
ミナトが抱きしめてくれる。堪えていたものが、止まらない。
「愛されるために、産まれてきたのに!!誰も必要としないっ…そんな日々が、どんなに辛いか!愛されている人には分からないんだ!!平気で人を傷つけて!いらなかったら捨てて!!それでも関係なく笑ってるじゃないか!!俺たちは、毎日歯を食いしばって笑っているのに!誰も気づかない!」
「……」
「……」
自分の過去を思い出して、胸が引きちぎられそうだった。耐えて、耐えて、笑って、笑って生きてきた。でも、誰もそばにいてくれなかった。
「人に好かれるようになろうと…頑張って生きてきました。…でも、みんな、生い立ちや…血筋や…ステータスでしか見てくれません。俺は…ここに来て、初めて幸せを感じています。ハルさんは…かけがえのない存在です。ハルさんにとっても、ここはそうだと思っています。…覚悟して出たハルさんを利用した奴らは、生きている価値はありません。」
リョウタは、ミナトさんにお礼を言って笑った。ミナトはリョウタの笑顔に安心したのか眉を少し下げた。優しい目だった。
「そう思ったら、止まらなくなりました。…思ったより早く敵が全滅して…この感情の抑え方を知らなくて…アサヒさん、すみませんでした。」
「おお!思い出したのか」
「はい。抑えられなくて…アサヒさんしか満たしてくれないって思って。」
「まぁなー。サキなら即死だったぞ。」
アサヒはケタケタ笑って天を仰いだあと、ふう、と息を吐いた。
「今の話聞いて、お前を拾ったのが間違いなかったって、安心した。」
「アサヒ…」
「俺にとって、リョウタも、ハルも…もちろん仲間は家族同然だ。そう思って、真剣に接してるつもりだ」
アサヒはニカっと笑った。
「俺は、お前の親父になれそうか?」
目の前が一気に揺らいだ。ツンと鼻が痛くて、喉も閉まった。嬉しくて、嬉しくて、まだ近くにいたミナトにしがみついて大声で泣いた。
「子だくさんだわぁ〜俺。最高かよ。」
「本当、子だくさんだね。」
ミナトはアサヒを見てふわりと笑った。アサヒは久しぶりのミナトの笑顔に驚いたあと、リョウタに対してイライラしてきた。
「おい、リョウタ。いつまでミナトに甘えてんだよ、いい加減離れろ」
「いやだぁあああ」
「いいか!?息子にもミナトはやらん。ミナトは俺のだ。」
「子どもみたいなこと言わないで。リョウタ、話してくれてありがとう。」
優しく包んでくれるミナトに甘えた。仕方ないな、と笑うアサヒも優しい顔だった。居場所を貰えた、家族になってくれた。それだけでリョウタはもっと頑張れる。
「そういやリョウタ、サキ引いてたぞー?俺に向かっていくのを呆然と見てたし。言い訳は自分でしろよ。」
「えぇっ!?フォローしてくださいよ!」
「嫌なこった!」
子どもみたいに嫌がるアサヒにムッとしたが、ミナトが耳元でささやいた。
「余計大ごとになるよ。頼らなくて正解。」
「あァ!?ミナト、なんか言ったか!」
「悪口だよ。」
ミナトはポンポン、とリョウタの頭を撫でたあと立ち上がった。
「アサヒが動くと、全部変わっちゃうよ。簡単に頼らない方がいい。天性のトラブルメーカーだから。」
ミナトは睨むアサヒをスルーして、一度部屋を出た後、書類を持ってきてアサヒにぶちまけた。
「総会の暴れっぷり…。どうすんの」
「え…とぉ…」
「総会って、各トップが集まってるんだよね?ハルを取り戻すために任せたけど、これはやり過ぎ。」
「違う!あいつら俺を殺そうとしてきたから」
「僕が指示するまで待ってって言ったよね?穏便に行こうとか思わないの?」
「挨拶が始まってたんだよ!お前は行かないから分からないだけだ!」
夫婦喧嘩が始まって、リョウタは鼻水をそのままにぽかんと見ていた。あのアサヒがめちゃくちゃ詰められていた。
「茂さんとこも重症らしいよ。」
「や!それは俺じゃない!あの爺さんはきっと流れ弾に当たったんだ…と思う。見てないけど。」
全く…とため息を吐いた後、ミナトはばら撒いた資料をぐしゃりと踏みつけた。
「今回は不問にしてあげる。ハルと同時に弘樹を手に入れたから。」
「俺頑張ったのに〜もっと労ってよぉ〜」
あーん、疲れたー、とミナトに甘えるアサヒはやっぱり子どもみたいだった。
「あ、リョウタ?もういいよ?見たいならいてもいいし。」
「へっ!?あ、え!?こ、ここで!?出ます!すぐ出ます!お疲れ様でし…痛ぁあ!あっ…痛…ぅ…あーもう!」
アサヒは痛がるリョウタにケタケタ笑いながらミナトの服の中に手を入れる。リョウタは痛みを堪えて躾部屋を出た。
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