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第48話 笑顔の裏

(う…なんだこの可愛いの渋滞は)  サキは風呂から上がり、銃の手入れをして部屋に戻るとパチクリと瞬きをした。時間は深夜3時。サキの目線にはちょうど二段ベッドの上段。  「すぅ…すぅ…」  「くぅ…くぅ…」  (黒い犬と、金髪の犬だな…)  2人ともがお互いにくっついて眠っている。弘樹はリョウタに包まれて安心しきったように見えるが、しっかりとリョウタの服を握っていた。リョウタも、弘樹が落ちないようにと無意識に支えていた。 (飽きない…ずっと見ていられる。)  もともと、ずっと何かに集中することは得意だ。でもさすがに気持ち悪がられるかとも思って、顎に手を置いて考える。  (写真…とっとくか。)  音が鳴らないように設定して、データに収める。  (やった!ベストショット!!)  サキが喜んでいると、弘樹が何か怖い夢を見ているのか、眉を寄せた後、リョウタに強くしがみつく。  「おとう…さん、っ、おと、…さん」  「っ!」  静かに涙が流れて、弘樹のまつ毛を濡らした。 「ひとり…、いや…だ、おとうさん…」  サキは何もできずに見ていることしかできなかった。あの明るい笑顔の裏で、大きな悲しみを背負っていた。  ーーーー  「サキ。リョウタのこと、分かってやれ」  「分かってる…つもりです」  「いや。お前はまだ見えていない。あいつは隠すのが上手いからな。笑ってるやつほど、目の前の相手しか見てない。相手のために、ってな。自分が傷ついてることに蓋をするから…。リョウタを頼むぞ。」  ーーーー  アサヒに言われたことを思い出した。弘樹とどこか似ていると思ったのもそうかもしれない。  弘樹に手を伸ばそうとした時、リョウタの手が弘樹の頭に伸びた。  「弘樹、大丈夫、大丈夫。」  「ぅ、っ、う…っ」  「ここに居るみんなは、弘樹のこと大好きだよ」  弘樹は目を閉じたまま。そして、リョウタも目は閉じたままだ。声が届いたのか、弘樹は落ち着いてきて、またゆっくりと寝息が聞こえた。  「……良かった…」  リョウタはゆっくりと目を開くと、サキと目があった。  「あ、サキ…。ごめん、起こしちゃった?」  「いや…」  「弘樹ね、何回も泣いちゃうんだ。心配だよ…。明日ハルさんに言わなきゃ…」  「そっか。」  「でも見てよ、波があるみたい。落ち着いたら可愛い。弟ができたみたい…。」  「ふふ…そうだな。」  リョウタはゆっくり起きあがろうとしたが、服を握られていることに気付いて笑った。  「やだな。俺、こんな可愛い子に嫉妬しちゃった。」  「嫉妬?」  「だって…弘樹ってば、サキに一目惚れでしょ?…ちょっと、やだなって思ったんだ」  恥ずかしそうに笑うリョウタに、心臓が苦しくなる。  「サキ、俺たちで、弘樹の寂しさを埋めよう。弘樹の居場所はここなんだから。」  「あぁ。」  「…アサヒさんがね…、嬉しいこと言ってくれたんだ。俺の親父になってくれるって。とても嬉しくて、安心したんだ。俺…初めての家族だから。」  (この笑顔は…大丈夫だ。心からの、笑顔)  サキはつられて微笑んだ。 するとリョウタは、サキを見たままぼんやりとした。  「リョウタ、寝ないのか?疲れてるみたいだ。」  「サキ、どうしよ」  「ん?どした?」  「サキに触りたい」  「っ!?」  リョウタはそっと手を伸ばした。サキの頬に触れるとさらりと撫でた。その手が熱くて、思わず握って唇を寄せた。  「サキ…」  眉を下げて見つめてくる。その大きくて真っ黒な瞳には、少しの欲情が見えた。  (我慢…しないと。)  頭ではそう思うのに、この手をはなせない。  無言で見つめ合い、指を絡めた。  「んっ…っ、ぅ…ぅ、」  また弘樹がうなされて、2人はパッと手を離し、弘樹の背中を撫でた。今度の弘樹は冷や汗をかいて、首をはげしく振る。そして、必死に首を掻きむしる。  (何か…変だ)  リョウタも目を見開いて、弘樹の肩を揺する。  「弘樹!大丈夫!?弘樹!」  「弘樹!起きろ!!」  パチンと頬を打つと、パチっと目を見開いて、黄色みがかった瞳がキョロキョロと動いた。  「はっ…は、生きてる…っ」 「大丈夫?」  「ご、ごめんなさい。起こしちゃって…ははは…」  (あぁ…こうして笑うのが癖になってんだ)  大丈夫ですー、と笑う弘樹の汗はとまらない。指もカタカタとわずかに震えている。  「我慢すんな。」  「へ…?我慢なんか…」  「お前らは…自分を殺しすぎだ。」  「「え?」」  「辛い時に笑うな。泣き叫んでいいんだ。」  2人は同時に目を見開いて、お互い顔を見合わせた。  「怖かったら怖い、助けて欲しければ助けてと叫べばいい。いつだって支えてやるから。」  サキの言葉に、弘樹は口を引き結んでいるが、震えている。  「泣いたっていい。」  「サキ、ありがとう。」  リョウタは幸せそうに笑ってサキにお礼を言い、弘樹の肩を抱いた。  「弘樹」 リョウタが笑うと、弘樹は決壊したダムみたいに涙が溢れた。  「お父さんが、死んでから…っ、母さんがいなくなって、俺は、お父さんの組に連れて行かれたんだ…」  あの屋敷を思い出して、話を聞く。必死に息をしながら話す言葉を、リョウタが促すように手を握る。  「地下で、いつも殴られて…。殺されそうになって…。組長が来るまでずっとそんな日々だった。組長がすぐに地下室に気付いて、出してくれて…、側近にしてくれた。俺が歩くたび、殺意が向けられてた。組長が稽古をつけてくれて、いつでも自分を守れるようにって、相手してくれた。」  その言葉にリョウタは驚いていた。いいなぁ、と場違いな呟きをこぼしている。すると、弘樹も嬉しかったです、と笑った。  「組長が総会に行く時に、ついて行きたかったけど、女将さんが行くなって言うから、留守番をしていたら、また地下室に送られて…もう、組長に会えないんだと…諦めた」  弘樹は下を向いて、握られた手を眺めた。  「もう、大丈夫って分かってるのに、フラッシュバックしてるんだ…今日だって、何度も。寝てる時も起きてる時も。」  そんな風にはまるで見えなかった。アサヒの言うように、弘樹も隠すのが上手いのだろう。  「組長に心配かけたくない…なのに、恐怖が止まらない。情けないよ…」  ひっくひっくとまた泣き始めた。  コンコン… 「誰だろ…」  サキがドアを開けると、ハルが立っていた。  「ハルさん…」  「弘樹。おいで。」  「っ!」  「リョウタ、サキ。ありがとう。しばらく俺と一緒にいるよ。」  ハルは笑って弘樹を二段ベッドから降ろした。  「おやすみ」  2人は無言で見送った。  弘樹が眠れることを祈った。

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