48 / 191
第48話 笑顔の裏
(う…なんだこの可愛いの渋滞は)
サキは風呂から上がり、銃の手入れをして部屋に戻るとパチクリと瞬きをした。時間は深夜3時。サキの目線にはちょうど二段ベッドの上段。
「すぅ…すぅ…」
「くぅ…くぅ…」
(黒い犬と、金髪の犬だな…)
2人ともがお互いにくっついて眠っている。弘樹はリョウタに包まれて安心しきったように見えるが、しっかりとリョウタの服を握っていた。リョウタも、弘樹が落ちないようにと無意識に支えていた。
(飽きない…ずっと見ていられる。)
もともと、ずっと何かに集中することは得意だ。でもさすがに気持ち悪がられるかとも思って、顎に手を置いて考える。
(写真…とっとくか。)
音が鳴らないように設定して、データに収める。
(やった!ベストショット!!)
サキが喜んでいると、弘樹が何か怖い夢を見ているのか、眉を寄せた後、リョウタに強くしがみつく。
「おとう…さん、っ、おと、…さん」
「っ!」
静かに涙が流れて、弘樹のまつ毛を濡らした。
「ひとり…、いや…だ、おとうさん…」
サキは何もできずに見ていることしかできなかった。あの明るい笑顔の裏で、大きな悲しみを背負っていた。
ーーーー
「サキ。リョウタのこと、分かってやれ」
「分かってる…つもりです」
「いや。お前はまだ見えていない。あいつは隠すのが上手いからな。笑ってるやつほど、目の前の相手しか見てない。相手のために、ってな。自分が傷ついてることに蓋をするから…。リョウタを頼むぞ。」
ーーーー
アサヒに言われたことを思い出した。弘樹とどこか似ていると思ったのもそうかもしれない。
弘樹に手を伸ばそうとした時、リョウタの手が弘樹の頭に伸びた。
「弘樹、大丈夫、大丈夫。」
「ぅ、っ、う…っ」
「ここに居るみんなは、弘樹のこと大好きだよ」
弘樹は目を閉じたまま。そして、リョウタも目は閉じたままだ。声が届いたのか、弘樹は落ち着いてきて、またゆっくりと寝息が聞こえた。
「……良かった…」
リョウタはゆっくりと目を開くと、サキと目があった。
「あ、サキ…。ごめん、起こしちゃった?」
「いや…」
「弘樹ね、何回も泣いちゃうんだ。心配だよ…。明日ハルさんに言わなきゃ…」
「そっか。」
「でも見てよ、波があるみたい。落ち着いたら可愛い。弟ができたみたい…。」
「ふふ…そうだな。」
リョウタはゆっくり起きあがろうとしたが、服を握られていることに気付いて笑った。
「やだな。俺、こんな可愛い子に嫉妬しちゃった。」
「嫉妬?」
「だって…弘樹ってば、サキに一目惚れでしょ?…ちょっと、やだなって思ったんだ」
恥ずかしそうに笑うリョウタに、心臓が苦しくなる。
「サキ、俺たちで、弘樹の寂しさを埋めよう。弘樹の居場所はここなんだから。」
「あぁ。」
「…アサヒさんがね…、嬉しいこと言ってくれたんだ。俺の親父になってくれるって。とても嬉しくて、安心したんだ。俺…初めての家族だから。」
(この笑顔は…大丈夫だ。心からの、笑顔)
サキはつられて微笑んだ。
するとリョウタは、サキを見たままぼんやりとした。
「リョウタ、寝ないのか?疲れてるみたいだ。」
「サキ、どうしよ」
「ん?どした?」
「サキに触りたい」
「っ!?」
リョウタはそっと手を伸ばした。サキの頬に触れるとさらりと撫でた。その手が熱くて、思わず握って唇を寄せた。
「サキ…」
眉を下げて見つめてくる。その大きくて真っ黒な瞳には、少しの欲情が見えた。
(我慢…しないと。)
頭ではそう思うのに、この手をはなせない。
無言で見つめ合い、指を絡めた。
「んっ…っ、ぅ…ぅ、」
また弘樹がうなされて、2人はパッと手を離し、弘樹の背中を撫でた。今度の弘樹は冷や汗をかいて、首をはげしく振る。そして、必死に首を掻きむしる。
(何か…変だ)
リョウタも目を見開いて、弘樹の肩を揺する。
「弘樹!大丈夫!?弘樹!」
「弘樹!起きろ!!」
パチンと頬を打つと、パチっと目を見開いて、黄色みがかった瞳がキョロキョロと動いた。
「はっ…は、生きてる…っ」
「大丈夫?」
「ご、ごめんなさい。起こしちゃって…ははは…」
(あぁ…こうして笑うのが癖になってんだ)
大丈夫ですー、と笑う弘樹の汗はとまらない。指もカタカタとわずかに震えている。
「我慢すんな。」
「へ…?我慢なんか…」
「お前らは…自分を殺しすぎだ。」
「「え?」」
「辛い時に笑うな。泣き叫んでいいんだ。」
2人は同時に目を見開いて、お互い顔を見合わせた。
「怖かったら怖い、助けて欲しければ助けてと叫べばいい。いつだって支えてやるから。」
サキの言葉に、弘樹は口を引き結んでいるが、震えている。
「泣いたっていい。」
「サキ、ありがとう。」
リョウタは幸せそうに笑ってサキにお礼を言い、弘樹の肩を抱いた。
「弘樹」
リョウタが笑うと、弘樹は決壊したダムみたいに涙が溢れた。
「お父さんが、死んでから…っ、母さんがいなくなって、俺は、お父さんの組に連れて行かれたんだ…」
あの屋敷を思い出して、話を聞く。必死に息をしながら話す言葉を、リョウタが促すように手を握る。
「地下で、いつも殴られて…。殺されそうになって…。組長が来るまでずっとそんな日々だった。組長がすぐに地下室に気付いて、出してくれて…、側近にしてくれた。俺が歩くたび、殺意が向けられてた。組長が稽古をつけてくれて、いつでも自分を守れるようにって、相手してくれた。」
その言葉にリョウタは驚いていた。いいなぁ、と場違いな呟きをこぼしている。すると、弘樹も嬉しかったです、と笑った。
「組長が総会に行く時に、ついて行きたかったけど、女将さんが行くなって言うから、留守番をしていたら、また地下室に送られて…もう、組長に会えないんだと…諦めた」
弘樹は下を向いて、握られた手を眺めた。
「もう、大丈夫って分かってるのに、フラッシュバックしてるんだ…今日だって、何度も。寝てる時も起きてる時も。」
そんな風にはまるで見えなかった。アサヒの言うように、弘樹も隠すのが上手いのだろう。
「組長に心配かけたくない…なのに、恐怖が止まらない。情けないよ…」
ひっくひっくとまた泣き始めた。
コンコン…
「誰だろ…」
サキがドアを開けると、ハルが立っていた。
「ハルさん…」
「弘樹。おいで。」
「っ!」
「リョウタ、サキ。ありがとう。しばらく俺と一緒にいるよ。」
ハルは笑って弘樹を二段ベッドから降ろした。
「おやすみ」
2人は無言で見送った。
弘樹が眠れることを祈った。
ともだちにシェアしよう!