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第54話 大切な人の話
ハルは遅く帰ってきた2人を叱って、それぞれ寝かせた後、キッチンで仕込みを始めた。夜中抜け出すことが多い弘樹。きっと1人になりたいのだろうと、好きにさせた。まさかユウヒまで抜け出していたとは思わず、血の気が引いて必死に街中を探し回った。
レンから聞いた、桜井シンヤの奇襲。レンのナンパだったようだが、真の目的が何か分からないから危険だ。
ミナトからの連絡で2人が意外にも近くにいたことを知って、管理不足を反省していた。
弘樹はここに来て、サキに憧れ、リョウタと親友になり…そしてユウヒに愛された。たくさんの奇跡に、ふと目が潤みそうになる。大人になっていくユウヒの存在が、地下で殴られ続けた弘樹の心を少しずつ癒していた。
ーーーー
アジト近くの雑居ビルの入り口にアサヒがいた。変な奴が上に上がらないように見ていたようだ。ハルはその隣に立ち、2人の様子を聞いて驚いた。
「アサヒさん…ユウヒ、いいんですか?」
「ん?何が?」
「弘樹で…。」
「それはユウヒが決めることだ。たとえ、リョウタを選ぼうが、それこそお前を選んだとしても、俺は何も言わないさ。」
アサヒは笑った後、頭を掻いた。
「ただ、俺たち見てるから…ユウヒの恋愛対象も男になっちまったのは…ちょっと負い目はあるけどな、正直。」
苦笑いして、2人が降りてくるまで夜風に当たった。
「ユウヒは、女を知らないから…。まぁ、あの変態女は置いといて、な。母親とも僅かしかいれなかったし、俺の妹とも幼い頃だけだったからな。」
「そうですか…」
アサヒにタバコを渡すと、嬉しそうに受け取ってくれた。それに火を貸して、仲良く煙を吐き出す。
「一生懸命恋愛してんのは、可愛いなって思うよ。」
「ははっ!たしかに!」
「アイリが相手なら、弘樹殺してたかもしれないけどな。アイリの相手には厳しいぞ、俺は。」
「あはは!そんなもんですか?」
「そう。世の中の父親はみんなそうさ。」
アサヒは落ちた灰を見て、微笑んだ。
「成長をさ、俺の奥さんにも見て欲しかったと思うよ。恋愛ごとは口うるさくアドバイスしてそうだけどな。…俺がさ、ミナトのこと気になってる時もうるさかったもんなー。」
アサヒは思い出してクスクス笑った。
「え!?昔からミナトさんを?」
「まぁね。純情だろ?…敵陣にいた瀕死のアイツをわざわざ連れ帰るなんて、一目惚れ以外ねぇよ。」
灰を革靴で揉み消して、アサヒはハルを見た。
「ミナトの他には、お前だな、ハル。敵陣から奪ったのは。お前もミナトも、欲しかったから意地でも手に入れた。」
「アサヒさん…」
「2人には大きなストレスだっただろうけど、お前ら無しじゃ楽しくねーから。」
アサヒの笑顔を直視できなくて目を逸らす。ドキドキして、タバコの煙で誤魔化した。
「アイラも、もちろん愛してた。あいつ以上の女はいない。政略結婚だけど、信用してたし、俺を1番理解してる。」
「ミナトさんよりも?」
「あぁ。ミナトは自分のことで精一杯だ。トラウマもあるしな。…弘樹と同じさ。」
アサヒはしゃがみこんで、大きな欠伸をした。さすがに疲れたようだ。
「いつまでイチャついてんのアイツら。イライラしてきた。」
「ま、まぁ、もうすぐ来ますよきっと」
「全く…見せつけやがって。リョウタにぞっこんかと思えば乗り換え早いなぁ。」
その言葉に、ハルも苦笑いした。
(それを言えば、弘樹もそうだ。あんなにサキのことばっかりだったのに。)
通じ合うものがあったんだろうと、納得した。ご機嫌で降りてきた2人にアサヒが拳骨を喰らわし、ハルは説教をして弘樹を泣かせた。
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(今日はユウヒ、学校間に合わないだろうな。…昼食も用意しとくか)
冷蔵庫を見てレシピを考えていると、後ろからハグされて肩が跳ねる。
「っ!びっくりした…おはよ。早いな」
「……」
まだ頭が起きていないのか、カズキは眼鏡もかけずに背中に張り付き、無言のままスリスリと顔を寄せる。
(寝起き可愛いよなぁ…)
朝が苦手なわけではないが、覚醒するまで時間がかかる。いつもはカズキが覚醒するまで、一緒にベッドでゴロゴロしているのだが、今日のハルは一睡もしていなかった。
「はる…」
「んー?」
卵を取って、ボウルを出す。まだ背中に張り付いたままが面白い。
「どこいってたの?」
「ユウヒと弘樹の捜索。見つかったよ。今は眠ってる。」
「ん…よかった」
ハルが準備を続けると嫌がるように唸る。クスクス笑って、カズキの頭を撫でた。
「カーズーキー?邪魔。そろそろどいて」
「……」
(無視か!本当面白いな!)
「カズキー?ほら、準備するから。」
「……」
「っ!!」
後ろから手が伸びて、敏感なそこを急に揉みしだく。慌てて前屈みになって、シンクの淵を掴み、カズキの手首も掴んだ。
「っなに、してんの!みんな起きてくる時間だからやめろ」
振り向くと舌が入ってきて目を見開く。
(我慢…させすぎたか?)
ハルは焦ってカズキを離そうとするが、変な体勢で力が入りにくい。
(こんな時間じゃなきゃ相手してやるのに!)
「カズキ!!」
「っ!!」
怒鳴るとビクッと跳ねて身体が離れた。カズキと向かい合って頬を撫でた。
「今日、買い物付き合ってくれないか?」
「っ!…もちろん!もちろんだよ!」
嬉しそうに笑ったカズキは一気に目が覚めたようだ。
『買い物』、という言葉は2人だけの秘密。
ルンルンと手伝うカズキに笑って準備を進めた。
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