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第59話 サキの目標
ー10年前
「ねぇ、君〜。お願い、うちに入らない?」
「入りません」
「家族もみーんな死んじゃったんでしょ?君を引き取るところはあるの?」
「ありません」
「ならおいでよ〜」
アサヒは射撃場に通っていた。最年少8歳で優勝した狙撃手がいると聞いて、わざわざ車で長時間かけて毎日スカウトに励んでいた。長い前髪で隠れた目から、根気よく獲物を待ち、撃つ。その姿が美しいのだ。
パン!
「わぁ!お見事」
「まだいたの。しつこい人は嫌われますよ」
小さい子どもが大人のような言葉遣い。可愛くない、とクスクス笑うと嫌そうに顔を顰める。
(背伸びしちゃって)
狙撃で有名な家に生まれたサキ。小さい頃から銃を握っていたようだ。猪や鹿や鳥を撃って暮らしていたようだが、冬のある日、雪崩に巻き込まれた一家は、サキ以外は死亡した。雪崩が起こる前に、父親がエントリーをしていた大会で1人で参加し、優勝したサキはその時初めて涙を流した。
アサヒが通い始めて半年の頃だった。珍しく射撃場にいないサキに、周りに聞き込みをするも、知らないとみんな首を振る。体調でも崩したのかと、サキの家に行ってみると、複数人の大人がサキの家にいた。
(様子がおかしい…あいつが大人をこんなに集めるわけがない)
近づいていくと、幼いサキの叫びと、破壊されるような音が聞こえ、アサヒはその家に飛び込んだ。
(ははーん。強盗ね。)
「なんだ、てめぇ?」
「この子の里親でーす。何してんのうちの子に。」
「あ!?このガキにゃこんな高価なもんいらねぇだろ!!なのにこのガキしつけぇ!」
「それは!パパのなの!!やめてよぉ!」
銃にしがみついて泣きじゃくるサキ。全身ぼろぼろになっても、父親の形見は離さなかった。
「うるせぇクソガキ!!」
パン! パン! パン!
アサヒは持っていた銃で強盗犯を撃ち抜いた。サキは銃に抱きついたまま、ガタガタと震えていた。
「君、もう大丈夫。終わったよ」
「あ…あ…、殺した…殺した…」
「うん。殺したよ。だって生きてる価値ないじゃない?人の物盗ろうとするなんて。…大丈夫?」
「うん、でも、パパのいつものやつと、ママのが壊れちゃった」
「そっか。君が無事なら良かったよ。怪我してるけど、痛くないかい?」
「痛くないっ、こんなの!…悔しいよ、パパとママのなのに!…っ、僕、お兄ちゃんみたいに、強くなりたいよっ」
ぐしぐしと腕で涙を拭い、銃を抱きしめてわんわん泣くサキが、やっと子どもらしく、素を出したことが嬉しくて、アサヒはサキを抱きしめた。
「お前、一人で頑張って、ここ、守ってたんだな」
「うん…っ!ぅ、っ、怖かった!いつも、眠れなかった!熊が来たら、パパもいないのにどうしようって」
毎日銃を抱いて眠っていたようだ。こんな小さな子どもが1人で山の中にいたのだ。暴発でもしていれば命はなかった。
「こんなガリガリで…。子どもはいっぱい食べなきゃなんねーんだぞ。」
「うるさい!子ども扱いするな!」
長い前髪の隙間から、意志の強い目が見えた。
「俺はアサヒ。今日から俺のところで修行だ。実戦しながら成長していけばいい。」
「うん…分かった」
「ほら、必要なものは車に入れろ。」
「お兄ちゃんが使うの?嫌だよ、これは、僕のだよ。誰にも渡したくない」
「違うよ。お前が使うんだろ?」
頭をわしゃわしゃと撫でてやると、抱いていた銃を持って泣きながら笑った。
ーーーー
「ちっちゃい頃から見てるからなぁ…。お前には甘いよなぁ俺。」
頬杖をついて、優しい顔でサキを見つめる。リョウタはサキのことを知れて嬉しくなった。そっと後ろから抱きしめると、お腹にまわした手に、サキの手が重なった。
「あの時から…俺の目標は変わらない…でも、アサヒさんが遠すぎて…自分が嫌になるんだ…」
小さな声で漏らす言葉に、リョウタは背中に頬を付けた。
「サキ、一緒に目指そう。」
「……。」
「目標は高い方がいいし!どっちが先にアサヒさんに近づくか勝負しよ!」
リョウタが言うと、アサヒはクスクス笑った。
「今は、サキが近いかな。リョウタ、頑張れよ。お前弘樹に越されそうだぞ。」
「えっ!!?そうなんですか!?」
焦るリョウタにサキがクスクス笑い始めた。
「ふは!リョウタがいて良かったな。サキも元気になった!」
アサヒはまたわしゃわしゃとサキの頭を撫で、銃を拾うと服の中に隠した。
「…サキ、お前は俺みたいにならなくていいんだよ。お前が熊を恐れてた時みたいなのを、俺は四六時中、これからも死ぬまでだ。…今日は弾切れ忘れてたから、お前が敵だったら俺は死んでる。」
「っ!」
「お前には、大切な人と、弾切れなんか気にしないくらい笑って生きてほしいよ。」
アサヒの顔は儚く見えて、少し不安になった。じゃ、寝まーす、と部屋に向かうアサヒにサキは後ろから抱きついた。
「俺は!アサヒさんがそうなれるように、守れるようになりたいんです!!」
「…あぁ。待ってるよ」
ニコリと笑って部屋に入って行った。サキはくるりと振り返ったかと思うと、リョウタを抱き上げてキスをしてきた。
「サキ…?」
「リョウタ、そばにいて。」
ぎゅっと抱きしめてきて甘えるサキに笑って、サキのつむじにキスをした。
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