60 / 191

第60話 歪んだ愛情

桜井テンカの本拠地。  部下に無理矢理連行されて連れてこられたシンヤはドキドキと緊張していた。  (呼び出し!嬉しいなぁ!)  「コォラ!シンヤ!何勝手なことをしている!俺の顔に泥を塗るつもりか!」  「…え?どろ?」  (雨降ってる…?)  シンヤは窓の外を見た。綺麗な夕焼け空が広がっている。 首を傾げるシンヤに、テンカは血管が切れそうなほど怒りで目が血走っている。  「ごめんなさい…。何も言わずに何処かに行ったのは謝るよ。でも、僕、泥遊びなんかしてないよ?…そうだ!親父!兄さんに会ってきた…」  ドカン!!  次に目を開けた時には、割れた襖の中にいた。  (わぁ…相変わらず速すぎて見えないや。)  親父を見ると、先ほどと同じ姿勢のままだ。  「これ以上バカな発言をしたらお前を殺す。1番出来の悪い奴が残るなんてな。さっさとアサヒを戻せ!!何のためにお前を残してると思ってんだ!!」  「何のためなの?」  「アサヒを連れ戻して継がせるためだ!弟がいればあいつは戻ってくるはずだ!お前は最後の人質みたいなもんだ。」  テンカの隣の慎一郎が、お言葉を選んで下さいと言うが、シンヤはだんだん熱が冷めていった。  (あぁ…やっぱり、親父には兄さんだけでいいんだ。)  「シンヤ、親父は今、気が立っているからだ。真に受けるんじゃない」  シンヤは下を向いて、頭から垂れる血を見つめた。  (僕は…ただの人質。兄さんを戻すための存在。好かれるようにしないと、嫌われちゃう)  「親父、ならいい考えがあるよ」  シンヤはニコリと笑った。慎一郎は可哀想な人を見る目でシンヤを見ていた。  「言ってみろ」  テンカがギロリと睨みつける。シンヤはそれにもニコニコと笑って説明をし始めた。  「ミナトだよ。ミナトを取り引きのカードにしたら、すぐ動くと思うよ。今回もね、ミナトを狙ったんだけど…。部下たちが邪魔でさ。でも、兄さんまで現場に出たの」  「ほぅ…ミナト。あいつは生きていたのか」  「ミナトはアジトから出してない。相変わらずミナトの頭脳を使ってるから、何事も上手くいってるんだよ!そしてね、兄さんの部下には優秀なボディーガードと、狙撃手がいるよ。」  それを聞いたテンカは、少し考えたあと、ニヤリと笑った。 「あぁ。ボディーガードは聞いたことあるぞ。一度だけ前線に来ていたな、アサヒ達が壊滅的にやられた時だったか…。確か…医者の家系のやつらしいな。面白い。親戚の誰かには引っかかるだろう。まずはアサヒのシマから一番遠い総合病院の院長と話をしよう。」  テンカはシンヤにちょいちょい、と手招きした。軋む身体を引き摺りながらゆっくりとテンカに近づく。  目の前に着くと、テンカはそっとシンヤを抱きしめた。  「よくやったシンヤ。いい情報だ。先ほどは気が立っていた。申し訳ない。俺の可愛い息子。お前がいてくれて良かった。」  シンヤは温かさに思わず目が潤む。テンカの背中に手を回して、目を閉じると涙がぽたりと落ちた。  「痛くないか?あぁ、腕も折られて可哀想に」  「痛くないよ。親父が触ってくれるだけで、治ったみたい」  「可愛いことを言うな、我が子よ。」  テンカが笑うと、シンヤは顔を真っ赤にして抱きついて甘えた。  (親父を独り占め…至福だ…)  「親父、今日は一緒に寝て?」  「いいとも。今日はご褒美だ。これからも頑張れば褒美をやろう。」  「本当?」  「あぁ。ただ、動く前に俺に報告しろ。お前はいつも詰めが甘いからな。」  「やだ。今日は怒んないで。」  テンカの服が血に染まっていくのを、気になるようで慎一郎はソワソワしていたが、結局何も言わなかった。親子の時を邪魔すると、シンヤは誰だろうと殺してしまうからだ。もともと愛情不足のシンヤは、愛されたくて異常行動をとる。幼児返りは日常茶飯事、そして行き過ぎた愛は、見るに耐えない要求に発展する。 「親父、キスして」  「またか…。お前飢えすぎだろ。さっさと女を作れ」  慎一郎は目を逸らした。  (見たくもない。大の大人の男の…親子のキスなんか気持ち悪すぎる。)  生々しい音を聞きながら、シンヤが気が済むのをひたすら隣に立って待っている慎一郎だった。  ーーーー  「すぅ…すぅ…」  身体中にガーゼや包帯で巻かれ、幸せそうに眠るシンヤの隣で、テンカはとある所へ電話をかけた。  『はい、城之内総合病院です。』 「こんにちは。院長の城之内昴さんをお願いします。」  『はい、どちら様でしょうか。』  「桜井テンカと申します。」  『確認致します。しばらくお待ちください。』  (シンヤ…たまには役に立つな。あいつの気まぐれは当たりもあるから手放せない。歴代で1番の落ちこぼれだが、チャンスを呼ぶ回数は多い。仲間も作れないから扱いやすい。)  保留音を聞きながら口角が上がる。  (病院は今頃大慌てだろう。経営状況も上々。まさか、1発目で当たりだとは運がいい。優秀な医師ばかりの病院を、息子1人のせいで潰すわけにはいかないよな?)  5分以上たっても繋がらないことに笑いが止まらなくなる。  (城之内諭…。院長の長男。優秀なやつが何故アサヒのところにいるのか。頭のキレるやつを先に叩く。)  シンヤが寝る前に言った、「お友達ができた。」と言う話。サトルという名前で全てが一致した。サトルがバレたことが運のつき。  (今まで特攻に使わなかったのは身バレを防ぐためか?身元不明者ばかりを前線に出したのは周りへの配慮。アサヒらしい。)  『お待たせしております。ただいまオペ中のようでございます。こちらより折り返しを…』  「いえ構いません。明日、22時に伺いますので。」  『確認致します…』  「確認は必要ありません。これは、決定事項です。では。」  電話を切って、クスクス笑う。  「ん…おやじ…?」  「あぁごめんよ。今電話に出ていたんだ。急ぎのな。」  「やだ。ぼくのじかんなのに…」  「はいはい。」  シンヤはテンカの腕を引っ張り、無理矢理腕枕をしてもらった。  長い黒髪でシンヤの顔が少しだけ隠れると、長いまつ毛と真っ白な肌が、手にかけた妻に似ていた。  (あぁ…こいつのバカさは、あいつの遺伝か。)  クスクス笑うと、シンヤは目を開けた。  「兄さんと僕、どっちが好き?」  「…シンヤに決まってるだろ?」  「うん。ありがとう。」  心底嬉しそうに笑う息子に、つられて笑う。  顔を真っ赤にして唇を重ねてきて、上に乗ってきたシンヤは、先ほどの熱が復活したのか、必死にテンカのものを扱いた。  「若いな…」  「親父、もう一回、これ、ほしい」  「仕方ないな」  (必死な顔は悪くないな…)  テンカは好きにさせながら、明日の作戦を考えた。

ともだちにシェアしよう!