62 / 191
第62話 親子の再会
無事に病院の臨時転院手続きを終え、患者や職員、機材も運んだ。最悪な事態に備えて、弘樹が転院先に待機することになった。リョウタはテンカが訪問すると言う病院の受付になることにし、カズキは医師に扮した。サキはどちらの病院も狙える中間地点で待機し、サトルは院長室に向かった。
コンコン
「失礼します。」
「あぁ!ありが…サトル!?」
サトルは深々と頭を下げた。
「サトル、一体どういうことだ!お前…今、何をしている。どうしてヤクザがうちを!?」
サトルは頭が上がらなかった。
医師を目指さないと決めた時も、応援して送り出してくれた父親に、なんとお詫びをしていいか分からなかった。
「お前が、反社会組織…その、ヤクザの幹部だと…そう聞いた。本当なのか?冗談だよな?サトル」
必死にすがる父親は完全に怯えていた。申し訳ない、という感情で何も言えなかった。無言は肯定。父親は倒れそうによろめきながら椅子に腰掛けた。
「昨日から、訳がわからないことばかりだ。お前たちは…弁護士兼ボディーガードの会社ではなく、同じくヤクザなのか。」
「……」
「レン君もそこにいるのか?」
「…はい。」
父親は頭を抱えた。しばらく黙った後、サトルにミナトからの声が届く。
『サトル、感情的にならないで。とにかく、絶対に守ること』
返事もできずに、ただ項垂れる父親を眺めることしか出来なかった。
「お前には、人を助ける道に行って欲しかった。これは私のエゴだったのだろう。」
自白みたいにぽつりぽつりとこぼし始めた。
「私が道を押し付けたから、こうなってしまったのだな。申し訳ない。申し訳ないサトル」
サトルは胸を刺されたような痛みがあった。相変わらず何も言えずに、作戦開始の合図を聞いた。
「俺は、守りたいものだけを、守るために今があります。」
「どういうことだ?お前の言うことがまるで理解できない!」
「多数の命は…手に余ります…。そのプレッシャーに…勝てませんでした。俺は一つのことしかできない。…ずっと守りたい人がいます。全てを捨てても、守りたい人が。」
父親は大きなため息を吐いた。
「お前の選択の結果が、今だとしてもか。」
「はい。だから、しっかりと責任はとります。誰も、死なせません。」
「手に余るのではないのか」
「先ほども言いました。俺は一つのことしかできない。俺は今、父さんのみを守ります。あとは、仲間がなんとかします。」
「無責任なことを言うな!患者も、職員も…」
「そんなこと!1人ではできないんですよ!!」
突然声を荒げたサトルに、父親は息を飲んだ。
「俺だって全てを守るって言いたいよ!でも俺はヒーローなんかじゃない!とてもじゃないが約束出来ない!父さんだけで、精一杯だ!」
サトルが叫ぶように言うと、またミナトから落ち着いてと音声が入る。
「悪かったと思うよ…。俺のせいで…。俺は…父さんを尊敬してる。本当だ。父さんは…みんなが言うように天才だ。でも、俺は…」
「研修医時代を引き摺ってるのか!あれは難病だ、お前には荷が重すぎただけだ!あんなの、研修医だったお前には無理だった!仕方なかったんだ」
父親が顔を上げた。必死に道を戻そうとしているのがわかる。サトルは首を横に振った。
「どんなに考えても、努力しても、無理な命がある。分かっています。分かっているから耐えられない。泣き崩れる人を見るたび、冷たくなる人を見るたび、今、この瞬間でさえも、1秒でも長く大切な人と一緒にいたいって思う。無責任な息子で申し訳ない。俺は、この人生をかけて、1人を守りきりたい。」
サトルは、インカムに集中して、銃を構えた。
「親不孝者で本当に申し訳ないです。」
銃を見た父親は顔面蒼白になっていた。
「父さん、3つ数えるまでに…そこのデスクの中に隠れて下さい」
「ど、どういう…」
「3」
「っ!?」
すぐに察した父親は、ガタガタと椅子を引き、静かに身を潜める。そこから見るサトルは安心したように笑った。
「2」
「1」
コンコン
「はい」
「桜井テンカと申します。」
「受付はされましたか?」
「はい。賑やかに受付をしていただきました。今は部下達がご挨拶を。」
ドアが開いた瞬間に銃を撃った。予想通り避けたその男に、サトルの手がかすかに震えた。
(恐ろしい威圧感…、殺気…。これがアサヒさんの…父親、桜井テンカ)
傷も汚れ一つない上等なスーツ。アサヒやシンヤとは違い体格が大きい。顔は似ていた。
「君が、サトル君かい?お会いできて光栄です。息子がお世話になっています。」
「……。」
「今夜は君のお父さんと話がしたくてね、通してくれるかい?」
「対応できかねます。」
「そう。君を殺せば、話せるのかな」
スゥ…と目が紅くなるのはアサヒと同じだった。バクバクと心臓がうるさい。
(死ぬかも…しれない。)
ミナトの声が聞こえない。自分の心音だけがうるさく響く。
(落ち着け、落ち着け)
「まぁいきなり殺しはしないさ。取引をしないか」
「…取引?」
「そうだ。サトル君が私の部下になるなら、今すぐ部下全員を引かせてやろう。今後の病院の経営も安定するように警備もつけよう。多額の資金も援助できる。」
「…そこまでしてもらう程の者ではありません。俺は幹部でもなんでもない。前線に立つこともない。生憎ですが、お役には立てないかと。」
銃を構えたまま言うと、テンカはほぅ、とアゴに手を置いた。
「悪くないな。謙虚で頭が良いやつだ。そして先程の反射神経もいいセンスだ。シンヤの言う通り優秀だな。」
「…左様ですか。」
「…君の…幼なじみも一緒に来ても良い、と言ったらどうだい?」
思わず目を見開いた。
(レンがバレている?何故だ!)
「1日調べたら簡単に分かったよ。リツというやつがペラペラと…。アサヒに会えると言ったら喜んでお前らを売った。…情報屋の花園レン。ククッ。まさか元外交官の息子がスパイとは。君たちは面白すぎるよ」
「黙れ!!!」
明らかに動揺したサトルは闇雲に撃つ。テンカは遊ぶように軽く避け、クスクス笑っている。
「サトル」
「っ!」
父親の声に冷静になった。汗がポタポタと落ちる。
「サトル、レン君を守りたいなら、今は感情的になってはいけない。」
父親の凛とした声に、ハッとした。気合を入れ直してギロリとテンカを睨む。
「ふん、使えないクズどもめ。」
テンカが呟いたところで、バタバタと走ってきた足音。
(リョウタか)
ドカン!!
ドアを蹴り破ったリョウタは、血だらけになりながら、ニタァと笑った。
「強そうなやつ、みっけ!!」
丸腰で向かっていくリョウタに、サトルは焦るも、自分の仕事を思い出して父親の前に立った。
「父さん、ありがとう」
「立派だ。お前は自慢の息子だ」
その言葉にサトルは鼻がツンと痛んだ。
リョウタとテンカは、恐ろしいほどの速さのスピード勝負。アサヒからは聞いていたが、リョウタの理性はぶっ飛んでいた。
(異常なスピードだな。初めて見る。でも…出血が多い…あと何分持つか…)
焦りながら、なんとか引いてくれるのを待っていたが、先にリョウタの限界が来た。
グラッ
「もう終わりか?子供にしてはよく頑張ったな」
「リョウタ!」
サトルは急いで銃を構えた。
パン!!
「…っ!おっと。噂の狙撃手か。」
テンカは銃弾の飛んできた方向を見てニヤリと笑い、そこに銃を向けた。
(やばい!サキ!!)
サトルは咄嗟に銃を向けた。
パン!!
カシャン…
(間に合った…)
テンカの手から銃が落ちた。ホッとしたその瞬間、目の前にテンカの顔があった。
「いいな。慎太郎の部下にしてやろう。育てたら化けるぞ」
片手で首を絞めあげられ、サトルは銃を落とした。まるでビクともしない腕に、自分が子どもの様だと情けなくなった。意識が薄れる中、目が父親のいるデスク下に向けられた時に、渾身の力でテンカの鳩尾に蹴りを入れた。
「ゴホッゴホッ…っかはっ」
「面白い、面白いぞサトル!」
咳き込むサトルをニヤリと見て、サキの射撃がテンカの右腕に命中してもまだ向かってくる。
(勝てない…この化け物には…)
ガタガタと、情けなく震える足を叱咤し、死んでも守ると立ち上がった。
「おうおう、可哀想に。怖いだろ?こちらに来るならもう終わってあげるよ」
「そちらには、行きません」
「そうか…それは残念だ。ならば、優秀な駒はここで消すだけだ。」
頭に銃が突きつけられ、サトルは目を閉じた。走馬灯を初めて見て、父親の顔と、仲間の顔、レンの泣き顔が浮かんだ。
(ごめんな…最期はお前の笑顔が良かった)
深呼吸したところでなかなか意識が遠のかない。目を開けると、テンカは入り口近くにいて、銃は足元に落ちていた。
(…?生きてる…)
「サトル!!諦めてんじゃねぇよ!!」
テンカの向こう側に、ブチ切れたアサヒがいた。
「死んでも守れ!!仕事放棄すんな!!お前が死んだらお前の親父はどうなる!?しっかりしろ!!」
アサヒの怒鳴り声に、返事をした。
「アサヒ、総会ぶりだな」
「さっさと死に腐れ!!!俺の邪魔をすんなァ!!!」
テンカの部下が助っ人に現れ、銃を向けるも、アサヒに瞬殺されていた。父親には見えないように隠し、ひたすら気を張って、父親が2人に巻き込まれないように守っていた。
ともだちにシェアしよう!