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第63話 医者

「サトル、あの子をこちらへ連れて来れるかい?」  「へ?」  父親の声に振り向くと、リョウタが倒れているのを指さした。  「あの子の止血が必要だ。」  「父さん…今は父さんのそばを離れるわけにはいかない。」  「私は医者だ。目の前で倒れている人をほっとけない。行けるかい?」  現場に出たアサヒには、巻き込まれないようにと言われているが、サトルは頷いて最短距離を見た。  (行ける!!)  飛び出した所で、テンカがこちらを見た。  (くそ!追いつかれる)  パン!!  テンカの足にサキの2発目の銃弾が命中して、バランスを崩した隙にリョウタを抱えてデスクに戻った。  「はぁ!はぁ!はぁ!」  (サキ!ありがとう!助かった!)  父親は狭いデスクの中でリョウタの止血を始めた。あまりの手際の良さに驚いて見入っていた。  「この子…血が止まりにくいね。輸血がしたい。サトル…」  「ダメだ!ここから移動はできない!」  「サトル。私を守ることは、この子も守ることだ。自分だけがのうのうと生きることはあり得ない。死んだ方がマシだ。…闘ってくれたんだろう?このバカな親子のために。」  「父さん…」  「たった1人で…こんな幼い子が。ありがとうと伝えたいんだ。」  サトルは大きくため息を吐いて、ミナトに連絡を取った。  「ミナトさん…」  『あぁ、やっと聞いてくれた…。大丈夫、話は聞いてたから。輸血するんだよね。2階まで行ける?そこでカズキと合流してほしい。』  「…この親子喧嘩を抜けられる気がしません。」  『サキの銃弾2発が命中してる。アサヒと闘える状態じゃない。すぐ走って!』  ミナトが急に合図を出した時、テンカが少しよろめいた。アサヒもサトルを見て走れ!と指示し、サトルは2人を担いで走った。  「サトル!私は自分で!」  「ダメだ!」  「じゃあせめて後ろでいい。怪我人を…」  「自分を優先してくれ!!」  サトルは余裕なく叫び、エレベーターに倒れ込むように乗り込んだ。下まで降りると、銃を構えた。カズキの姿が見えて、2人を運ぶと力が抜けた。  父親とカズキが処置しているのをぼんやりと見て、改めて尊敬した。  自分が出来なかった仕事。医者を諦めることを許してくれた父親。  そして、自分が生きることを諦めたとき、諦めるなと怒鳴ってくれたアサヒ。  (こんな俺でも、できることがあるはず)  サトルが近づくと、父親は当たり前のように指示してきた。ゴム手袋をはめ、3人でリョウタの治療をした。  「夢だった。こうして息子のお前と命を救うこと。」  手術が終わって、父親の言葉にサトルは俯いた。  「夢が叶ったよ。嬉しい親孝行だ。立派になったな。」  「ぅっ…っ、…っ」  「サトルは、サトルの人生を悔いなく生きていればいい。たまには顔を見せてくれ。レン君にも…よろしくと伝えてくれ。」  声が出ず、コクコクと頷いた。  「サトルがレン君を追いかけたのは分かっていたけど、何をしてるのかはさっぱりだ。」  「っ…っ、」  「いっつもレンばっか守ってますよ。レンが倒れるとそこから動きません。」  カズキが笑って答えると、想像できますね、と父親は笑った。  「サトルを、よろしくお願いします。不器用な子です。愛嬌もないし、頑固なところもあります。ただ、底なしに優しい奴です。」  サトルは涙が止まらずに下を向いていた。父親が頭を撫でて、立派だ、と言うと、小さくありがとうございます、と言ったサトルに、カズキはニコリと笑った。 

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