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第66話 代償
リョウタとアサヒが同時に発熱し、カズキとサトルは医務室に籠りきりだった。
日頃の疲れもあったのか、2人して39℃を超える体温と、グッタリした姿は全員を不安にさせた。
「は…っ、は…」
「くぅ…くぅ…」
アサヒの方がだいぶきつそうで、呼吸も荒かった。
「お父さん…リョウちゃん…頑張って」
学校帰りにマスクをしてアイリも看病を手伝った。2人の汗を拭いて、体温を計り、まだ下がらないのを見て眉を下げた。
リビングにはソワソワするサキと、ミナト。2人とも無言で椅子に座り、下を向いたまま動かない。
「おーい。起きてますかー?」
ハルは2人にスープを出した。2人はチラリとスープを見たが、また視線を落とした。
「こらこら。2人まで体調崩すつもりじゃないよな?カズキ達がついてるから大丈夫だ!」
「うん。ありがとう。」
ミナトはやっと顔を上げて、不安そうにこちらを見た。ゆっくり口に運び、美味しいと少し笑ったが、また目に色がなくなった。
「アサヒが弱ってるの、初めて見たから。…勝手に、アサヒはいつも大丈夫だと思ってた」
「…まぁ、アサヒさんも人の子ってことっすね。」
「そうだね。…あぁ、情けないなぁ…」
ミナトは顔を隠して小さくつぶやいた。ハルは聞こえないフリをしようか、聞いた方がいいのか迷った。
「こんなにも、アサヒに依存して…アサヒがいないだけで、耐えられない」
泣き出しそうな声に、サキも思わずミナトを見て、そばに寄り添った。
「怖い…っ」
「ミナトさん…」
震える手を、サキとハルが優しく握った。
ミナトのメンタルをコントロールしていたのはアサヒだった。それが一時的になくなり、感情が制御不能になっていた。
ハルは肩で呼吸をするミナトの背中を撫でて、レンを探したが、仕事中のようだ。
(どうする?こんなミナトさん、どう対応したら正解なんだ?)
ハルが迷っていると、2階から見ていたユウヒがゆっくり降りてきた。後ろからそっとミナトを抱きしめてミナトの首筋にぐりぐりと頭を寄せた。
「ミナトさん、一緒に寝よ」
「ユウヒ…」
「アイリが付きっきりだから…隣で寝てよ。」
相変わらずグリグリと頭を擦り付けるユウヒを止めようと口を開くと、ミナトが笑い始めた。
「ユウヒ、くすぐったいってば。これやめて」
「やーだ」
「懐かしいな…毎日こうして甘えて…アサヒと取り合いしてたよね」
「ん…やっと、ミナトさん独り占め」
「…ありがとう、ユウヒ」
ミナトは顔色が良くなり、ユウヒの頭を撫でた。ユウヒはニカッと笑って、早く早くと腕を引っ張り、あっという間に部屋に連れ込んでいった。
「ゆ、ユウヒすげぇな」
「さすが、アサヒさんの息子。強引なところは同じだ」
ハルとサキはポカンと口を開けて見ていた。
しばらくして、ハルとサキはこっそりとユウヒとアイリの部屋を覗いた。
「寝てる…」
「本当だ…爆睡」
ユウヒはミナトの中にすっぽり収まって気持ち良さそうに眠っていた。ミナトもしっかり抱きしめて眠っている。
「初めてみた…ミナトさんの寝顔」
「あぁ…。美人すぎるな。」
「アサヒさん達見てるみたい」
「何あれー!浮気!」
間からヒョッコリ顔を出した弘樹は唇を尖らせて見ていた。
「「しーっ!」」
「だって!」
ハルが弘樹の首根っこを掴んで一階へ降りていく。
「ユウヒはやっぱ綺麗な人がいいんだ!」
涙目で訴える弘樹に、サキはきょとんと首を傾げた。
「弘樹も…ユウヒのこと好きなのか?」
「うん。この間付き合ったんだ。なのに、僕は放置してミナトさんと浮気!最低!」
うわーん、とハルにしがみつく弘樹に、サキはクスクス笑った。
「ユウヒ…そっか。良かった。弘樹、ユウヒをよろしくな」
「うわ…カッコイイ」
「こら、目移りすんな」
「痛っ!んー!今日はさんざんだ。サキさん慰めて!」
今度はサキに抱きついてきた。サラサラの金髪は意外に柔らかい。
「ん…サキさんの手、おっきい」
「っ!?」
甘えた声に驚いてパッと手を離す。やめないで、と言う声に固まると、ハルが苦笑いして弘樹を回収した。
(一瞬ドキッとした…)
サキはうるさい心臓を押さえた。
「サーキ。勘違いすんな。お前リョウタ不足なんだよ。治っても無理させるなよ」
「もちろん、大丈夫だよ」
「いーや大丈夫じゃないな。あーあ、リョウタ可哀想っ!起きたら野獣が待ってるなんて」
怖い怖いと笑うハルと、サキさん野獣!?と赤くなる弘樹に困って何も言えなかった。
(…たしかに、リョウタ不足かな…)
眠そうに目を擦った弘樹を部屋に連れて行ったハルを見送って、静まり返ったリビングの椅子に腰掛けた。
(リョウタ、早く元気になって)
いつもの温もりがなくて、あの笑顔がなくて、物足りない日々。回復するまで辛抱だが、やっぱり寂しい。
もう一度リョウタに会いに行こうと立ち上がり、小さく医務室をノックした。
「…サキか。」
サトルだけが起きていて、アイリとカズキは簡易ソファーですやすやと眠っていた。
「リョウタ、まだ熱は下がらないな。」
「アサヒさんは?」
「今は38℃。投薬でゆっくり眠ってる。一時は40℃までいったよ…心配だ。」
サトルは大きなため息を吐いて椅子に座り込んだ。
「申し訳ないよ。本当に。なんと謝ればいいのか…」
「サトルさん…」
「こんな大怪我…アサヒさんは要なのに…俺のせいで…」
今にも消えそうな声に、サキはなんと言えばいいか迷って黙った。
「…何回も、…言ったろ…。サトルの…せい…じゃない…気に…すんな」
「「アサヒさん!」」
2人で駆け寄ると、顔が赤く、きつそうな顔だが、笑ってみせた。
「俺…が、弱い…だけだ…。心配…かけたな…。」
弱々しく手を伸ばしてきて、サトルに触れると、少しだけ握った。
「俺の…親父…が、悪かった…巻き込んで…ごめんな」
「アサヒさんが謝ることはありません!」
「次は…、圧勝…するから……」
フッとまた眠りに落ちたアサヒの手を握って、下を向いたサトルをそっとしておこうと部屋に戻った。
(もっと強くならないと)
サキはパチンと顔を叩いた。
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