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第70話 あやまち
アサヒが復活して、ミナト、ユウヒ、そしてサトルが落ち着いたが、アイリはアサヒのそばから離れなくなり、学校へ行くのを嫌がる様になった。
「ハル…、悪い。そばにいてやってくれ」
「はい。」
「今日も定時には帰れる様にするから。」
遅刻寸前まで家にいて、アイリを置いて出勤する。リョウタもそんなアイリを心配して、なるべくそばにいる様にした。
「リョウちゃん、一緒に遊ぼう」
「いいよーっ!何しよっか」
リョウタがアイリと遊んでいる間に、ハルは急いで家事をしていた。
「お医者さんごっこしよ!アイリがお医者さんね!」
「はーい!俺、患者やりまーす!」
「あ、ずるーい!アイリちゃん、俺も入れて!」
洗濯を終えた弘樹が走ってきてそう言うと、アイリは嬉しそうに笑った。
「アイリちゃん?あの…2人同時手術?」
「そう!オペをはじめまーす!」
「「お願いしまーす!」」
ハルが家事をしながら笑っている。アイリは一生懸命手術をしてくれた。
「わぁ!親知らずが抜けました!ありがとうドクター!」
「俺も!虫歯がなくなりました!」
2人でそう言うと、きゃははと嬉しそうに笑い、ハルに報告しに行った。
「「歯医者…?なぜ?」」
2人はきょとんとした後、目を合わせて吹き出した。
アイリがお昼寝をしている間に2人は訓練に行くと、サキとサトルがいた。
(サキ…あの日から練習頑張ってる。)
思わず微笑んでしまう。真剣にサトルの指導を聞き、頷いていた。リョウタは病み上がりで久しぶりの訓練に気合いが入る。
「ニヤけてるよ、リョウちゃん」
「えっ…あ、ごめん」
「全くー!デレデレしちゃってさ」
リョウタは気不味くて目を逸らした。
「いいなーっ!羨ましい」
「えっと…」
「ユウヒもさぁ…もうちょとデレてほしいよね…ムカつく。」
リョウタはきょとんと弘樹を見た。
(ユウヒと…?まさか!)
「聞いてよ、酷いんだよ?ミナトさん心配なのは分かるよ?分かるけど、その分俺にも構ってくれないとさぁー…付き合った意味ないよねー?」
「え!!?」
「え!!?なに!?」
リョウタが弘樹に顔を近付けると、弘樹がリョウタの肩を押して距離を取ろうとする。
「弘樹、付き合ってんの?」
「え、うん。」
「ゆ、ユウヒと?」
「うん。あれ?言ってなかった??」
「聞いてない!聞いてなーーーい!」
リョウタの大声に、サトルとサキも振り返った。弘樹が両手をリョウタの口に当てて、慌てていた。
「だって弘樹本当は、サキ…」
「うーわ。マウントとるの?やめてよ」
「そんなつもりじゃないよ。ただ…ユウヒよりサキなのかなぁって思ってたから…」
「やだやだやだー!リョウちゃんがマウントとってくるー!ひどーい!どうせ1番になれなかった予選落ちですー!」
怒りはじめてしまった弘樹に違うと慌てるも、不機嫌になってしまった。
(サキの言ってたユウヒの気持ち。実ったんだね!良かった!弘樹もユウヒが好きだったなんて嬉しいな。変な勘違いしちゃってた)
嬉しさと安心でほっとしていると、
「ユウヒは、リョウちゃんには、憧れだったって言ってた。僕がきっと本命なんだよね。…ちなみに、リョウちゃん、ユウヒとは何もなかったよね?」
「え!?」
「……あったんだね?」
「ちが!…それは、弘樹が来る前だから…」
「どこまで?」
「えっと…。んー…と。キス…?かな」
みるみる顔が変わり、本気で怒り出した弘樹に墓穴を掘ったことを知った。
(ユウヒ!ごめん!本当ごめん!)
この日、リョウタは弘樹にコテンパンにされた。まだ完全に回復していない身体では弘樹を追うことが出来ず、反応した頃には衝撃に打ちのめされた。目の前がぐらぐらして、心配かけないように立ちあがろうとすると、目の前が真っ暗になった。
ぶっ倒れたリョウタと、まだ落ち着かない弘樹。弘樹の容赦ない動きを見ていたサトルは頭を掻いて、弘樹に拳骨を喰らわせた。
「私情を挟むな。これは訓練だ。病み上がり相手にここまでして何の意味がある。」
「っ!!」
「他人を巻き込むな。」
サトルは弘樹を一蹴して、リョウタを担いだ。
「リョウタをボコボコにしたって、お前のイライラが治るわけはない。気になることがあるなら、ユウヒとちゃんと向き合えばいいだろ。リョウタは関係ない。」
「…ごめんなさい。」
「今日もし任務が来てたらどうするつもりだ。お前、ハルさんどころか、アサヒさんにも殺されてるぞ。頭冷やせ」
弘樹はしゅん…と落ち込んでもう一度頭を下げた。
(ごめんね、リョウちゃん。力でしか、リョウちゃんに勝てないから…意地悪しちゃった。)
弘樹はまたあの場所に行って、夕日を見つめた。
「綺麗…」
弘樹は夕日が沈んでいくのを見ることが好きになった。街中が温かい色になって、優しい気持ちになるのだ。
(ユウヒと話をしなくちゃ。リョウちゃんを傷つけたことも…言わないと。)
夕日を見るたびに、好きな人を想う。不安も安らぎもくれる、そんな人。まだ中学生なのに大人ぶっているのも可愛い。お互いまだ子どもだから、毎日が必死だ。
(来てくれるかな?リョウちゃんボコっちゃったから怒ってる…よね。)
コツンコツンと階段を上がってくる音がして、ユウヒと思って顔を上げた。
「あ…。」
上がって来たのはハルだった。声を出した瞬間に柵にぶつかる。
無言で何度も何度も打ち付けられて、喉から血の味がした。
「アイリが不安定なの分かってるよな?」
「ゴホッゴホッ」
パタパタと血を吐いた。ハルは恐ろしく冷たい顔をしていた。
「リョウタの姿見て、大パニックだ。どうしてくれる。」
(アイリちゃんが!?)
「リョウタは血が止まりにくい。また医務室に逆戻りだ。お前のこの力は、仲間を傷つけるために教えたわけじゃない。いいか、お前は、俺が頼んでここに居させてもらってる。なのに何のつもりだ」
ハルの圧にガタガタと震えた。
本当にそんなつもりじゃなかった。ストレス発散にしてはやり過ぎたのもわかってる。加減ができないほど、動揺したのも分かっている。
(俺が…ガキだから…みんなを傷つけてた)
「リョウタは、アサヒさんに選ばれた大事な大事な特攻だ。お前には及ばないかもしれないが、アサヒさんが連れてきた。そこがお前と違うところだ。」
「っ!」
「お前は、選ばれてない。」
「っ!!」
「自分の立場をよく考えろ。今の俺たちは、アサヒさんに殺されてもおかしくない。」
ことの重大さを初めて知った。
なんとなく、自分も一員だと思っていた。来たばっかりで大事な仲間に大怪我をさせた自分は、敵と見なされてもおかしくない。
頭がグラグラする。これでも手加減してくれたであろうハルは、隣に座って空を見た。
「アイリは…もう任務をしないでと泣き叫んでいたよ。」
ハルは静かに話し始めた。今にも泣きそうに歪んだ顔に、申し訳なさで押し潰されそうだった。
「サトルが任務じゃない、転んで落ちただけだと言ってもダメだった。誰も傷つかないでほしい、みんなそのままでいてほしい。そればっかり。今はミナトさんがそばにいてくれてる。」
俺は、とギロリと睨みつけて来た。
「お前を叩き直さなきゃなんねーから…な!」
「うっ!!」
「外傷つけたらアイリがビックリするから、中身だけぐちゃぐちゃにしてやるよ。バカが。」
胃液を吐いて倒れ込む。咳が止まらない。
「お前は今まで1人だったのかもしれない。でも今は違う。目の前のことだけじゃなくて、全体を見て動け。あと任務や訓練はストレス発散の場所じゃない。力自慢の場所でもない。…ガッカリさせんなよ。」
ハルは倒れ込む弘樹の頭をわしゃわしゃと撫でた。
パタパタと涙が落ちる。
「ごめんなさいっ!ごめん、なさいっ!」
「おう。俺からアサヒさんに謝っておく。」
ハルはコツンコツンと階段を鳴らして降りていった。
(リョウちゃん、アイリちゃん、ごめんね!ごめんね!)
号泣しながら謝り続けた。いつの間にか深夜になっていた。でも、戻るに戻れなくて泣き続けた。
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