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第72話 知らない感情

「あ…サキさん…」  「座れ」  サキはビクビクする弘樹を部屋に呼んだ。ハルにボコボコにされた後、ユウヒに慰めてもらった弘樹。サキを見て申し訳なさそうに下を向いた。  「弘樹、リョウタと仲良いのに…どうしたんだ?」  サキは怒るというより疑問だった。本来の弘樹がどっちか分からなかったのだ。  「リョウちゃんが…羨ましかったんです。」  「羨ましい?」  「僕に無いもの、たくさん手に入れてて…みんなから好かれてて…リョウちゃんよりも、上だって感じたかったんです」  「…。」  弘樹は下を向いたままぽつりぽつりと話し始めた。サキに好かれて羨ましい、アサヒに選ばれて羨ましい、ユウヒに好かれていて、キスもしたこと、弘樹の欲しいものは全てリョウタが持っていることをサキに打ち明けた。 「まず…、勘違いから。弘樹を捜索、発見、俺に運ばせたのはリョウタだ。…その後、弘樹とリョウタ自身を重ねて、相手が死んだのも気付かず殴り続けたあと、アサヒさんに向かった。」  「へ…!リョウちゃんが?」  行き場のない感情、衝動で狂ったように向かっていくのを思い出して、サキは小さく舌打ちした。  「リョウタは全部持ってるわけじゃない。足りないから、一生懸命笑って、一生懸命努力してる。全力なんだ。弘樹は、血筋もすごいし、体術センスも高い。ハルさんに選ばれたし、なんならユウヒと…そういう関係なんだろ?アサヒさんの息子に選ばれた。リョウタより、恵まれてると思うよ」  弘樹は首を振ってそれに答えた。顔を上げた弘樹は泣くのを我慢していた。  「僕は!リョウちゃんになりたいっ!」  「…なんで?」  「好きな人に、愛されたいっ」  その目にサキはピクッと固まった。揺るがない視線。  (あれ…ユウヒじゃなかった?)  「あ…。なら、ユウヒと…」  「サキさん、一回だけ、キスして。」  縋ってくる手を払い除けた。何のつもりか分からなくて、ユウヒがいるのに、と怒りが込み上げる。  「そういうところじゃないか?」  「っ!」  「弘樹が誰も愛さないから、愛されないんだろ?」  「っ!!」  「ユウヒの本気に怖くなった?それとも本気になるのが怖い?他がよく見えるくらいに。」  弘樹は目を見開いて固まっている。  「本気でぶつからないと、ユウヒに捨てられるぞ。外ばっかよそ見してたら、隣に誰もいなくなる。辛い時にそばにいてくれる人が当たり前と思うな。そして俺をその確認に使うな」  「どうしてそれを…」  「ミナトさんに嫉妬したり、リョウタに嫉妬するくらい、ユウヒに本気なんだろ。…なに、ユウヒに妬いてほしかったの?」  弘樹は顔をぐしゃぐしゃにして泣き始めた。  「僕、自信がなくて、っ、っ、確かめたく、なっちゃって、ごめん、なさいっ!」  「あー…お前が不器用なのは十分分かったよ」  「ユウヒ、は、本当に、僕で、いいのかなぁ」  「知らないよ。ユウヒに聞いたら?」  「っつ、っ、う、聞けないっ、怖いっ、こんな、卑屈な、人間、っ、僕は、大嫌いだ」  とりあえず金髪の頭を撫でて、サキは困ってしまう。  いつもは弘樹をハルが助けてくれたが、今は頼れない。あまり相談されたり頼られたりしないサキは、どうしたらいいか分からない。  (…起きてるかな。)  弘樹の手を引いて隣の部屋に行き、コンコンとノックをする。  ガチャ  「うーわ。マジかよお前。俺に振るなよ。」  聞こえていたのか、ダルそうにお腹を掻きながらレンが出てきた。  「俺の相談乗ってくれる人、って思ったらレンさんが浮かんだので」  「おお…っ!珍しく可愛いな。よし!お兄さんが聞いてやろう!」 レンは満足そうにサキの頭を撫でた後に弘樹をニヤリと見た。  「お前、意外に貪欲なのな。リョウタから何もかも奪ったら満足か?」  「っ!ち、ちがいます…ちがい…ません」  「ん。素直でよろしい。恥じることはねぇよ。不安にさせたユウヒが悪いんだから。」  レンは優しく弘樹を抱きしめた。 「気ぃ張りすぎ。力抜け。余裕がないから焦ってんだよ。」  「っ、ぅ、っ…」  「あと、相談相手間違えてるぞ。こいつにしたって意味ねーよ。」  サキはムッとしたのをそのまま出すと、レンがクスクス笑っていた。  「ここにいる誰もが余裕なんかない。でも、力の抜きどころは分かってくる。一緒にいて落ち着くのは誰だ?」  「組長です。」  弘樹の即答にサキとレンはキョトンとした後、2人は肩を揺らして笑った。  「そこは…っ、お前、ユウヒって言えよ」  「えっ?あ、ユウヒもです!」  「「も」」  2人でハモって笑うと、弘樹は顔を真っ赤にした。  「ユウヒは、落ち着くのは落ち着くんですけど、最近おかしくて」  「…へぇ。どうおかしいんだ?」  「なんか、悲しくなったり、イライラしたり、楽しかったり、なんか…僕、情緒不安定になってく気がして」  レンはサキに合図して笑う。  「弘樹、これが、恋だよ。」  「へ…?」  「憧れやドキドキだけじゃない。好きだから欲しい、上手くいかなくてモヤモヤする、これは恋してるからなの。」  「こい…」  「やー。安心した。しっかり愛されてんな、ユウヒのやつ。」  「あい…?」  「お前、初めて人を好きになっただろ?」  「…たぶん??」  首を傾げる弘樹にレンは頭を撫でて、おいで、と部屋から出した。医務室に連れて行くのをサキはついて行った。  「うぃーす!カズキさん、リョウタの状態は?」  「いい感じ…あ、加害者じゃん。」  カズキはため息を吐いて弘樹を見た。腕を組んで眼鏡の奥の瞳が厳しい。  「君、ハルの連れてきた子じゃないなら強いお仕置きが必要だと提案するところだったよ。仲間にこんな…。ほら、座って」  カズキは不機嫌で席を案内した。戸惑う弘樹をレンが促し、席に座った。  「まずは、お仕置き」  「痛っ!」  デコピンされておでこを抑えた。そのうちに、身体を触られた。  「…ハル、やりすぎだな。…弘樹、4本折れてるからしばらく安静に」  「うはー!やるねぇ!ハルさん!」  「全く。ハルはいろいろ悩んで寝込んでるよ。君の行動が影響を受けるんだから、金輪際ないように。」  「はい。」  弘樹はリョウタを見て、涙が浮かんだ。  (リョウちゃん、ごめんね。ごめんね)  「泣くくらいならはじめからやめなさいよ。」  カズキも苦笑いして弘樹を診察した。  弘樹の初めての恋は、全員を巻き込んでしまった。 

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