79 / 191
第79話 完璧という壁
サトルは荒い息のまま、勢いよくドアを開けた。カランコロンと言う音を背に、ズンズンと自室へ向かう。
ガチャ
「サトルッ!どうしよう、レンが」
取り乱し、ガタガタ震えて、真っ青なミナトの顔に心配になり、サラサラの髪を撫でた。
(俺よりも先にアサヒさんを戻せば良かった。)
しがみついて泣き喚くミナトの背中を摩って、手の甲に刺さったままのナイフを見て、ギロリと睨むと気まずそうに目を逸らした。
「何のつもりだ」
「…。」
「レン」
目を逸らしていると思えば、ナイフに手をかけた。咄嗟にミナトを抱き寄せて視界を塞ぐ。
勢いよく抜けたナイフは鈍い音を立てて落ちた。滴るものが、レンの涙に見えた。
「辞めたい」
「…あぁ。お前がそうしたいなら…」
「うん。だからしたの。もう、疲れたんだぁ。もう、」
次の言葉をミナトに聞かせないように、ミナトの後頭部を打って気絶させたあと、レンの唇を塞ぐ。
「レン」
「サトル。疲れたよ。もう、疲れた。」
涙は出ていないのに、泣いているような顔だ。
「情報屋を、辞めればいい。俺もついて行く。」
「ダメ。お前はここに必要だ。」
「それを言うなら、お前だって」
「もう疲れたんだ!!!」
血が流れる手で顔を隠して小さくなってしまったレン。
昔から、軽そうに見えて思い詰めやすいレン。
常に完璧を目指して、要領良く動くことができる。ミナトに次ぐ頭脳。
(また自分を責めて…)
自分への否定も徹底的に行う。だから、消えたい、に繋がってしまったのだろう。今までもあったが、刺すまでは初めてだった。
(それほど、思い詰めたのか。馬鹿だな)
サトルはミナトを部屋へ戻すために抱き上げた。
「さとる…?怒ったの?どこいくの?」
不安そうな声が聞こえて、にこりと笑う。
「ミナトさん、寝かせて来る。すぐ戻る」
「いやだ」
「なら、一緒に行こう」
「うん」
手からぽたりぽたりと落ちるのを横目に見ながらミナトをベッドへおろした。血の流れる方の手を繋いでまた部屋に戻る。
「レン」
「不思議だけど、痛くないよ。」
「そんなわけあるか。見せてみろ。…あぁ、お前の身体に傷がつくなんて。俺のせいだ」
縫合してガーゼや包帯を巻きながら言うと、何で!違う!と喚く。
「俺が、レンのそばにいればこんなことにはならなかった。もっと支えてやれたら…」
「ちがうって、ば、っ、なんで、そんな、こというの、さとる、は、わるく、ないのに」
眉を下げて幼い子どものようだ。込み上げる涙を堪えて怒っている。
「レンは、もう俺といたくないんだよな?」
「ばかぁ!そんなこと、言ってないのに!」
「いなくなる、っていうのは、そう言うことだ。」
レンはぐずぐず泣きながら、ごめんと謝ってきた。
「失敗が、悔しくて…っ、耐えられなくって、逃げたかったんだ、っ、」
「あるよな。俺も分かるよ」
「価値がない、人間な気がして、だから、いらないならって、俺、それで、」
「結論から言うと、価値はある。あと、リョウタと弘樹は回収済みだから安心しろ。」
そう言うと、はっと顔を上げた。
「稔はサキが射殺。ユウヒも成長していたよ。」
「…2人は?」
「随分可愛がられたようだ。稔…あいつはリョウタに惚れ込んでた。気に入ったのだろう。」
手当てをして、レンを抱きしめる。
「俺だって、レンが危険な状態の時は何も考えられない。何していたんだと消えたくもなる。でも、死ぬわけにはいかないと日々思っている」
「あ…約束?」
「そうだ。お前が情報屋に入る時の、俺との約束だ。俺が死なない限り、お前は死ねない」
そうだった、と笑うレンからはリラックスしてきたのを感じた。
「サトル。弱い俺は、さっき殺した。だからもう強い俺しかいないよ」
「どうだか?お前の弱さは完璧という壁で守られてるからな。いつ顔を出すか分からんぞ」
「誰よりも完璧でいる。これは、俺にしかできないから」
「メンタルを鍛えろ。ワガママばっかり言ってるから、こんなことに耐えられないんだ」
サトルが説教をし始めると、つまらなそうに、はいはいと聞いて鼻をほじりはじめた。
(精神年齢はユウヒくらいだな)
思わず笑うと、笑うな、と抱きついてきた。
「サトルごめんね。まだまだ、…ずっとそばにいたい。」
「あぁ。まだ俺もやり残してることたくさんあるから…。」
最後はレンの唇に塞がれた。
やっぱりこいつとは、片時も離れてはいけないと思った。
(アサヒさんの気持ちがわかります。ミナトさんをほっとけないこと。)
レンをひたすら抱きしめて、背中を摩った。
ともだちにシェアしよう!