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第89話 アサヒとマヒル③

親父が帰ってきて、側近の慎一郎に席を外してもらって、あの日の真相を切り出した。  「こちらの機密情報を持ち逃げしたからな。制裁を加えたまでだ。何を今更。何年前の話だ。まぁ…お前の初任務だったな、確か。」  「あぁ。そうだ。ガキだったからよく分かってなかったんだ。機密情報って何だ」  「…誰の入れ知恵だ。」  「気になったんだ。何で俺はミナトの家族を殺さなきゃならなかった?」  堂々巡りを何度も繰り返していると、親父は面倒臭そうに言った。  「まぁ、使えると思った奴が無能だったから処分したまでだ。」  驚きの回答に親父の首を掴む。  「何のつもりだアサヒ。」  「それだけか。殺した理由は。」  「まぁ、そうだな。だから言ったのだ。敵に情が移るから持ち帰るなと。本人も死にたがっているし、可哀想だと思わないのか。」  ブチン!!!  「ふざけんなっ!!!」  ドカン!! 「こら!アサヒ!親父に何してる!」  「あぁ!?ぶっ殺してやる!こんなっ!理由で俺たちは働かされてんのか!!」  「その金で生きているくせに何を言う。」  ヘラヘラ笑う顔がムカついて頭に血が昇る。マヒルの言ったことが真実だった。今までの正義は何だったのか。自分の行いが、任務成功が、どれほどの被害を生んだのか、幼いアサヒには耐えられなかった。  「アサヒ!お前は次期当主だ!殺されたくなければ今は引け!お前に勝ち目はない!」  慎一郎に言われてそちらに気をとられていると、口に銃を突っ込まれた。  「まぁ、反抗期と言ったところか。我が息子ながら常軌を逸してるな。見事だ。」  「親父!アサヒは許してやってくれ!」 「そうだな。可愛い息子の成長だからな。」  そう言うと、腕をおかしな方向に曲げられる。  「利き手以外の練習にもなるだろう」  バキバキッ  右腕を折られて倒れ込む。襖の隙間から涙をこぼすマヒルと、アイラが見えた。  (馬鹿野郎。見てんじゃねーよ。ダサいだろ)  「ほう。マヒルの入れ知恵だったか。」  「っ!!」  「まぁ、嫉妬した馬鹿な母親が情報源だろう」  「っ!」  「アサヒ。お前は余計なことを考えずに目の前のことだけやればいいのだ。頭を使う奴は力がない奴だ。力がないから机上の空論に頼るのさ。いいか、勝つのは力がある奴だけだ。力のない奴は」  そう言って親父はマヒルを見た。  「死ぬだけだ」  ーーーー  アサヒは右腕を固定した後、ミナトの部屋に行った。気が重かったが、素直に謝ろうと思った。  コンコン  ガチャ  「わ…。アサヒどうしたの、その腕」  「親父にやられた。入っていい?」  「うん。いつもそんなこと聞かないで勝手に入るのに…」  ミナトの部屋は本だらけだった。図書館で借りてきたものや、勉強熱心なミナトへの先生方からのプレゼントもあった。  「ごめん。」  「え?」  ミナトに勢いよく頭を下げた。ミナトはきょとんとしていたが、この顔が涙に変わることが予想できて複雑だった。  「お前の家族、俺が殺したんだ」  「……。」  「初任務だった。だから、意味がわからないまま、言われるがまま殺した。」  「あれ…アサヒだったの。」  「あぁ。俺だよ。」  「嘘だよね。だって、たくさんの人が乗り込んできていたもん。アサヒはその場にいただけで…僕を助けた…」  「フラッシュバックしないように、みんな黙ってたんだ。俺も。任務だから、って。仕方なかったって。」  「じゃあ…何で僕も殺してくれなかったの?どうして僕だけ助けたの…?」  (あぁ…やっぱり泣かせてしまった)  「アサヒが生かしたんだから!!理由を教えてよ!!僕はいつまで生きなきゃいけないの!!?ねぇ!!アサヒ!!答えてよ!」  ミナトはたくさんの本を投げてくる。  避ける気にもならなくて全部食らうと、心配そうに投げる手が止まる。  「なんで…っ、アサヒが泣くの」  「お前が、泣き止むための、言い訳が何も浮かばないっ…ごめんな、ごめん。お前を死なせたくなかった…それだけだよ」  「やめてよ!謝ったって許さない!!早く連れてって!僕はみんなの所に逝きたい!!」  「生きてくれよっ、お願いだ!お前のこと絶対幸せにするから!!一生をかけて!絶対に!!そばにいてくれよ!」  泣き叫ぶようにミナトに言った。  これ以上の本音はなかった。後悔に押しつぶされて、力がないこと、知識がないことが悔しかった。  今のままでは誰も救えないし、誰も幸せにできない。  その絶望から逃げたかったけど、立ち向かう決意をした日だった。  「お前も!俺の大切な人も全部!全部全部俺が幸せにするからぁ!…っ!なぁ!?だから!お願いだ!お前だけは、俺を見捨てないでくれっ!お前がいないと…っ」  情けないと思った。ダサすぎて嫌だった。でも、言葉が分からなくて、ただ必死だった。涙も鼻水も流しながら、頭を下げ続けた。  もう、本は飛んでこなかった。  代わりに、細い腕が包んでくれた。  「泣かないでよアサヒ。アサヒが泣くと…どうしたらいいか…分からないよ。…僕にはアサヒしかいないんだから…。アサヒが殺さない限り、僕は死ねないんだよ。」  「殺すわけないだろっ、好きなんだよ、お前のこと。誰よりも」  「…アサヒ、僕を幸せにしてくれるんでしょ?なら、まだ少しはそばにいる。」  「っ!ミナトっ!お前はおじいちゃんになるまで俺と一緒に幸せに暮らすんだ!」  「ふふっ…何言ってんの。僕はアサヒの子ども達に会いたいよ」  「なら、アイラも、子どもたちも、マヒルも一緒だ!俺たちだけで暮らそう!」  「え…?それ…どう言う意味?」  ミナトはきょとんと首を傾げた。泣いて真っ赤になった鼻をスンと鳴らして不思議そうだ。  「俺がもう少し成長したら、ここを出る」  「え?!次期当主でしょ?何言ってんの、そんなの…」  「やる。例え死んでも。俺は、ここにいたら後悔が増えていくだけだ。俺は俺のやり方で生きていく」  「アサヒ…」  「ついてきてくれるか?」  アサヒは少し不安になってミナトに聞いた。  「何言ってんの。生かすも殺すもアサヒ次第。ついていくしかないでしょ。」  「ありがとう」  「アサヒ、1つだけ約束してくれる?」  「ん?なんだ?」  「僕を独りにしないで。」  不安そうなミナトを左腕で強く抱きしめた。当たり前だ、と言って目を合わせた。  この日、初めて2人はキスをした。  初めてのキスは涙の味だった。 

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