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第103話 大嫌い
サキが目を覚ますと、手を握られていた。足元に見えた黒髪。サキはふわりと笑って頭を撫でた。
「ん…っ、さき、」
夢の中でも名前を呼んでくれるリョウタが可愛くてサラサラと撫で続けた。寝返りを打ってこちらを向いたリョウタの顔に驚く。
真っ赤に腫れた目元と、酷いクマ。まつ毛と頬を濡らす涙。
(なんで…。あぁ、そうか、俺が怒らせた。)
話をしないと、と思いリョウタの肩を揺する。
「リョウタ」
「いやだ…」
「リョウタ?」
「俺のこと、好きじゃないのに、そんな優しい声で、呼ばないで」
リョウタはビショビショのまつ毛をあげた。
「好きだよ。何言ってんの」
「嘘つかなくていいって…ごめん、いつの間にここに来たんだろ…覚えてないや」
戻るね、と立ち上がった手を取った。今放したらダメだと思った。
パシン!!
「触るな!!」
「リョウタ?」
「これ以上期待させんなよ!!俺はリツさんじゃない!!」
「っ!?はぁ?そんなの分かってるよ!」
「代わりなんかできない!俺はあの人にはなれない!!前にも言ったのに!!」
「だから、代わりになんかしてない」
「じゃあ何!?妥協!?もうそばにいないもんね?だから俺なんだよね!でもまた会えたじゃん!毎日毎日会いに行って…俺の気持ちわかる!?」
泣きながら怒鳴るリョウタ。リョウタからの言葉に息を飲んだ。
「心配だよね!?大好きな人だもんね!?俺の存在忘れるくらいに!!俺だってサキを忘れるから安心して!!!」
「リョウタ、」
「サキなんか大嫌い!大嫌い!!もう俺はサキの恋人じゃない!!!サキはリツさんとヨリ戻せばいいよ!お幸せに!!」
「待っ…痛…」
折れた肋骨を押さえたら、もう目の前にリョウタはいなかった。
(大嫌い…)
嫌いと言ったリョウタの方が辛そうだった。
考える余裕がなかった、リョウタの気持ち。目の前のリツを助けないと、という焦りしかなかった。久しぶりに見た瀕死のリツに、裏切ったことなんか忘れて必死だった。
(アサヒの名前が出た時の顔…見られたんだろうな)
やっぱりショックだった。そばにいるのは自分なのに、と思ってしまった。
「あぁ…もう!!」
サキはまたベッドに横になった。
「いつまで引きずってんだろ…俺。さっさと忘れろよ…!」
乗り越えたと思ったのに、目の前にしたら前の自分に戻される。好きだった、リツがアサヒを好きだと思わないようにしていた。苦しかったことの方が多かった初恋。ユウヒも、みんなも、アサヒすら裏切ったというのに、あの声も体温も、守らなければと思ってしまう。
目を閉じると、リョウタの笑顔や愛おしそうに見つめる顔、恥ずかしそうに笑う顔、楽しそうな顔と…先程の泣き顔が浮かんだ。
「また…泣かせてしまった…。こんな俺は…リョウタに好かれる資格ないよな…」
サキは脳内に、リョウタの「大嫌い」がずっと響いて眉を下げた。
温かい手が恋しくてたまらなかった。
「リョウタ…」
握っていた手はもう冷たくて、名前を呼んでも返事はなかった。
(リツさんのことにケリつけないと。)
サキは気合いをいれた。
自分のブレた振る舞いで傷つけてしまった最愛の人を迎えるために動く決意をした。
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