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第105話 優しい人

温かい。  久しぶりに熟睡できた。やっぱり適度な運動や疲れは必要なんだと欠伸をして目を開けた。  「っ!?」  床に座ってリョウタのベッドに頭を預けるのはサキ。握られた手にリョウタは声が出ないほど驚いた。  (熟睡の理由じゃないよね!?違う!絶対違う!!) そばに来てくれたのが少し嬉しいけど、心を鬼にしてサキを起こす。  「サキ!」  「ん…っ、すぅ…すぅ…」  「サキってば!起きろ!」  「んー…リョウタ…」  あの声と優しい顔で頭を撫でられて、顔が近づく。  (うっ…サキ、寝ぼけてる!?) ベシッ!!  「??」  「やめてよ!別れてもこんなことすんの?」  「あ……?あれ、」  「勝手に入ってこないで!」  「ごめ…」  「出て行ってよ!」  「…」  泣きそうになるサキの顔に、罪悪感が込み上げる。とぼとぼと部屋を出るサキを見送って、布団に倒れた。  (もう…疲れるなぁ…)  甘やかしたい気持ちが溢れて枕を抱きしめた。 ーーーー  (サキの視線をもの凄く感じる…)  絆されそうになるため、あの朝からあからさまにサキを避けた。もう別れたんだから普通にしないと、と思うもリョウタにはできない。だから目を逸らして、視界に入りそうになると体ごと反対側を向いた。  リツは回復したのか、サキはずっと家にいて、リョウタの疲労はピークだった。サキは普段部屋に籠っていたのに、最近はリビングでリョウタの様子を見ていて、リョウタほ気が休まる場所が部屋しかなかった。 (任務、入ればいいのに。)  平和が1番なのに、そんなことを思うほどリョウタは疲れ切っていた。 (特攻…弘樹がやるって言ってたな…。たぶんサトルさんが訓練してるから大丈夫だよね。弘樹、俺より強いし。)  考え始めると、申し訳なさと、自分への苛立ちで、深夜になるとリョウタは個人でトレーニングを始めた。  (みんなに甘えてばかりじゃダメだ。家事だけじゃなくて、いつでも動けるようにしとかないと) 街中をランニングして、絡まれたら実践として相手した。少しだけ鈍くなっていたが、少しずつでいい、と言い聞かせて、体を動かした。  (なんかスッキリする)  近くの公園で汗を拭ってストレッチをする。少しだけ星が見えて口を開けたまま空を眺めた。  「お疲れー」  後ろから聞こえた声に振り返る。仕事だったのか、スーツのレンが立っていた。  「わ!レンさん決まってる!お仕事ですか?」  「うん。そんな感じ。」  レンが近くのベンチに座ったので、すぐに隣に座った。  「はは!犬っぽいなぁ〜お前は」  汗をかいた頭を撫でられて、汚いですよ、と慌てていると、ぎゅっと抱きしめられた。  ふわりと香る、レンの香水。  「ごめん、リョウタ。ごめんな。」  「えっ?ど、どうしたの?」  「俺…。リツとサキのこと引き裂いたの…ずっと後悔してて」  (あ、嫌だ。聞きたくない)  「レ、レンさん。スーツ、汗臭くなっちゃうから、」  「嫌だと思う。でも、聞いて。」  「嫌だよ…聞きたくないよ…俺」  情けないなと、下を向くとレンのスーツに涙が落ちた。泣いても泣いても終わらない。いつまで経っても傷が塞がらない。  「ごめん。俺たちが、いつまでも過去に置いてきたものを、まだ掴んでるから。サキと話したんだ。頭ではお互い分かってる。カズキさんが言うには、これは、トラウマだって」  「トラウマ…」  「そう。だから、そう言う場に遭遇すれば、あの時出来なかったことをやろうとしてしまう。あの時もああすればもしかしたら、そんな事を思ってしまうんだ。現実は変わらないのに。」  レンは、自分自身に話しているように聞こえた。馬鹿にしたような声音。苦しんでいるのはレンもサキも同じのようだ。  「サキには深い傷…だったみたいだ。あの時の俺らはまだガキだった。俺は情報を掴んで、しばらくリツを観察しても、信じられなかった。何よりリツがサキを裏切るはずはないと思っていた。情報という残酷な真実を持ってきたがために、サキを動揺させて、サキに深い傷を負わせたのは俺だ。サキはちゃんと話もできないまま別れるしかなかった。」 レンの肩が震えていて、リョウタはレンの背中を落ち着くようにと撫でた。 「俺のせいなんだ。リョウタ。あいつは本当に先に進みたがってる。リョウタが来てくれて、あいつを好きになってくれて安心してる。俺の罪も軽くなったような気がしていたんだ。お前の傷も、サキの傷も、俺が背負うから…だから、サキを許してやってほしい」  レンの嗚咽混じりのお願いは、簡単に頷くことはできなかった。  (じゃあレンさんの傷は?)  情報屋として、仕事として知り得た事実が悲劇を招いたとして、遅かれ早かれそうなっていたはず。なのに、レンはいつまでも自分のせいだと責めていた。  「レンさん。まずは、レンさんも治療が必要じゃない?」  「っ…っ、」  「思い詰めさせてしまってごめんなさい。でも、これは、俺の…俺たちの問題なんだよレンさん。人の傷まで背負わなくていいよ。」  「リョウタ…っ、でも」  「俺は、レンさんの仕事を誇りに思ってるし、レンさんを尊敬してる。サキのことは、俺とサキの問題だからレンさんが責任を感じることはないんだよ。」  涙を溢すレンを強く抱きしめた。今にも壊れそうなこの人を見守る存在が今日はいなくて、仕事ではなかったことを知る。  「サキがリツさんのこと、整理できるまでは、俺は戻るつもりはありません。来てくれたのにすみません。」  「俺の方こそ…ごめん。」  「もぉー!レンさん!元気出してください!ね!?男前が台無しですよ?」  涙を拭いて、レンの顔を見て笑ってみせるが、ムニっと頬を引っ張られた。  「そのままお返しするよ。俺の前では無理して笑わなくていい。泣いててもいい。怒ってもいい。全部、聞かせろ。」  (あぁ…やっぱり優しいお兄ちゃん)  へへっ、と笑うのに涙腺だけがおかしくて、拳を握る。  「…俺…サキが好きすぎて嫌になるっ!」  「うん」  「リツさんが素敵な人すぎて、っ、」  「……」  「どうやったらあの人からサキの心を奪えるのか、分からないっ!」  「…もう奪ってんだけどな…」  「俺とリツさんなら、っ、サキは…迷わずリツさんを選ぶでしょ?…っ、俺を選べないなら、俺を嫌いにさせてほしいよっ…」  夜の公園で大声で泣いた。  全てを吐き出して、レンの肩にもたれて目を閉じた。涼しい夜風が気持ちよくてゆっくり眠った。 ザリッ 「お前…愛されてんのに馬鹿だな」  「っ…っ、ぅっ…ぅ、っぅ、」  「聞いてたんだろ?」  「っ、…うん、っ、」  「お前がケリつけるまで、より戻す気ないみたいだから、カズキさんのカウンセリング頑張れよ」  レンは号泣するサキにリョウタを預けた。黒いバンが停まって、ドアを開けた。  「サトル、時間ジャスト!」  「馬鹿か。勝手にいなくなるな。俺とサキはお前ら探すのにどんな苦労をしたか」  「へいへい。すんませーん」  レンが助手席に乗ると、前髪があげられた。  「泣いたのか」  「…少し。リョウタが優しすぎて、俺の馬鹿さに死にたくなる」  「あぁ。馬鹿だよ。死んだらその優しいリョウタの傷は一生残る」  「そうだよな。うん。分かってる。」  下を向くと、頭を撫でられた。 サキが後ろのドアを開けてリョウタを運んだ。  「お前たちは本当に世話が焼けるよ」 サトルは号泣するサキに笑った。 

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