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第108話 卒業

今日のリョウタはソワソワしている。何度もにんじんを持ってきたり、戻したり。上の空になったかと思えばまたソワソワ歩き回る。  パコン  「うわ!ビックリしたぁ!何ですかハルさん!」  「お・ち・つ・け!」  「…はい」 動揺しているのも分かる。アサヒとサトルとサキがリツのいるテンカのもとに出かけたのだ。それが、リツと話すため、となれば仕方ないことなのかもしれない。  「リョウタ、落ち着かないなら体動かすか?」  「へ?」  「もう家事は目処がついたし、お前も鈍って来たろ?」  「ハルさんが見てくれるんですか!?嬉しいっ!やったー!」  一気に笑顔になったリョウタの頭を撫でて、エプロンをかける。ミナトに伝えて2人で外に出た。  「ハルさん!俺、弘樹が羨ましかったんです!ずっと教わってたと聞いて」  「あぁ…。教えないと命に支障がありそうだったからな。ま、お前はゆっくりやろう。」  相変わらずキラキラな目を向けてくるリョウタに苦笑いして、リョウタの技量をチェックする。  (速さはあるな。けど、全部に全力すぎて次が遅い。勿体無いな。目がいいのだろうが、体がついてこない。)  「おし。」  パシン  リョウタの拳を止めて、止めさせるとリョウタは驚いていた。  「すげーっ!見ないで止めたっ!」  「は?見てたよ。だから止まったんだろ」  リョウタは興奮して話を聞かない。サトルの苦労を感じて、先程気付いたところを指摘した。なかなかうまくいかないリョウタに、リラックスの仕方から教えた。  「お前は力が入りすぎる。リラックスリラックス」  「リラックス〜リラックス〜」  「そうそう。」  力が抜ければ体の使い方も柔らかくなる。瞬間的にパワーが乗るようにすれば、スピードもそのままで威力が落ちない。  (こいつは化けるぞ。弘樹を越えるかもな)  リラックスからの短い呼吸でパワーが出せるように何度も何度も練習をさせる。  (リョウタは頭で考えずに、体に覚えさせた方がいい。とにかく連続で。)  サトルもリョウタにひたすら実践をさせている理由が分かった。感覚を掴むとアレンジまでできる。今も、殴るだけから蹴りへの応用、そして避けるときにも活かされてきた。  「よし、分かったみたいだな」  「わぁ!俺、全然疲れてない」  「そうだ。でも、ほら、2時間はトレーニングしていたんだぞ」  「え?……気がつかなかった」  リョウタは時計を見て驚いたあと、ニカッと笑った。  「ハルさん!ありがとう!!」  久しぶりに笑ったリョウタの頭を力強く撫でた。  (やっぱこいつは特攻向きだ)  「よし!今日から食事係は卒業だ!」  「えぇーーーっ!?なんで!?クビ!?」  嫌だ嫌だと駄々こね始めたリョウタにクスクス笑う。  「お前を食事係にしとくのが勿体ないからだよ。リョウタはさ…体動かしてる方が似合う。家事だとてんてこまいでこっちが笑い死ぬ。」  「う…まぁ、たしかに…」  「帰ってきたサキを見て決めたらいい。意地張らないでやれよ?あいつ、目に見えて変わっただろ」  リョウタに頑張って声かけ続けたサキを思い出しながら笑うと、リョウタは俯いてしまう。  (まぁ…不安だろうな。)  「ハルさん、俺…リツさんに勝てる所、あるのかな?サキを好きなままで…いいのかな」  下を見たまま、泣きそうな声が聞こえる。 「人に言われて好きという感情を消せるのか?だとしたらお前すごいな。」  「そんなっ!」  「誰に聞いたって、何言われたって、お前はサキのこと好きなままなんだろ?それが答えじゃねーの?」  (本当に…サキのせいで脱水症にでもなるんじゃないの。)  リョウタに近づいて顔を上げさせると、涙でびしょびしょのリョウタが見えた。  「リツに勝ってる所はな、こんなにボロボロになってもサキを愛し続けるところかな。どんなサキでも受け入れるし、必要としてる。サキにもそんなお前が必要なんだよ。…サキだけを見てくれる、リョウタが。」  鼻水まで溢れ出した顔を、持っていたタオルでゴシゴシと拭いてやった。  「でも俺…っ」  「でもじゃない。俺に聞いたくせに否定すんのか?俺の意見は変わらねぇ。お前がなんと言おうと、お前はリツに勝ってるし、これからも勝ち続ける。お前は負けない。」  強く抱きしめてハッキリ言うと、リョウタはもう「でも」と言わなくなった。かわりにハルの服を握って、ありがとうと言った。  リョウタが泣き止むと、サキ達が帰る前に、アジトに戻った。 

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