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第109話 サキの決意

カランコロン… 「ただいまー」  「お父さんっ!お帰りなさーい!」  「アイリーお前は癒しだぁあああ…」  アサヒは勢いよくアイリを抱きしめて頬擦りしている。後ろからサトルとサキが続いて入ってきた瞬間、リョウタは部屋に逃げてしまった。  (帰ってきた…リツさんは、一緒じゃなかった…。それもそうか…、アサヒさんが許すわけない…)  コンコン  「っ!」  リョウタはビクッと体を揺らして固まり、静かにドアを見つめた。心臓が耳元に移動したのか、ドクドクとうるさい。しばらく黙っていると、また小さなノックが聞こえた。  (どうしよう、どうしよう、どうしよう)  頭が真っ白になって、体が動かない。ドアノブが回ると、勢いよく後ずさって壁に頭をぶつけて、大きな音が鳴った。  「大丈夫か!?」  「ぅわああ!?」 スーツ姿のサキが登場して、リョウタは枕で顔を隠した。  (わ、わ、どうしよう!入ってきた!)  目の前がぐるぐるして、ひたすら顔が熱くて、逃げ場がないのに逃げたくてたまらなかった。  ふわ… 頭を撫でられて、鼻がツンと痛む。  大好きなあの大きな手が、細く長い指が頭を優しく撫でてくれた。  「リョウタ、話がしたい。」  「……。」  「嫌?」  嫌かと聞かれても、今のリョウタはパニックで何も考えられない。  固まったままでいると、サキはまた頭を撫でた。  「リョウタが顔を上げるまで、ここにいる」  (えっ!?)  思わず顔を上げそうになったが、ぐっと堪えた。  「いいのか?俺は待機に慣れてる。何時間だって、何日だって待つ」  サキの声はなんだか柔らかくて、どんな顔しているのかも分かって、すごく恥ずかしくなった。  「リョウタ」  あの大好きな声で呼ばれると、力が抜けてくる。きっと、サキは乗り越えたのだろう。だから、こうして迎えにきてくれた。  「リョウタ」  優しい声。 頭にある体温。  すぐ近くにある息遣い。  (降参だ)  リョウタはゆっくりと顔をあげた。  「リョウタ」  想像していたよりも、はるかに優しい顔で、愛おしそうに笑う顔だった。  「リョウタ、迎えにきた」  「うん…っ」  「待っててくれてありがとう」  「うん…っ」  「怒ってくれてありがとう」  「うん…っ」  「ずっと、好きでいてくれてありがとう」  「うンッ…ふっ、んっ」  最後の返事は、サキの唇に吸い取られた。  優しい優しいキス。  2人の頬を流れた涙が混ざり合って溶けていく。 少し唇が離れて見つめ合う。  潤んだ目が輝くサキには、もう迷いがなかった。  「リョウタ。俺、越えられたよ。」  「うんっ」  「たくさん泣かせてごめん。」  「ううん」  「リョウタが、好きです」  真剣な顔に嘘はなかった。  きらきらの瞳にはリョウタしか映っていない。 「リョウタがいたから、越えられた。やっと、前に進める。…前には、リョウタと一緒に歩いていきたい。」  「うんっ…」  「一緒に、いてくれる?」  「…うん」  「リョウタ、愛してる」  嬉しい言葉ばかりが脳内を埋め尽くして、あの悲しかった日々が嘘みたいに晴れていく。  サキの体温が欲しかった。  サキの声が欲しかった。  サキの心が欲しかった。  「もう、離されないように、絶対離さないから。」  「うん」  「リョウタを一生幸せにします。」  左手の薬指に通ったリングに驚いてサキを見る。サキは優しい顔で笑ってリョウタの頬にキスをした。  「結婚よりも、重いよ。俺の愛は。」  「サキ…これ?」  「リョウタは、俺のって証。アサヒさんは重いからやめとけって言うけどさ、どうしてもリョウタを繋ぎたいから。」  シルバーのリングがキラリと光る。  「シルバーだから安い…けど、でも俺のお金でちゃんと、買ったから。絶対外さないで」  真剣なままのサキに、リョウタは口角が上がる。リングをそっと撫でて唇に持っていきキスをした。  「絶対、外さない。返してって言われても返さないよ?」  「言うわけない!」  サキは心外だと怒る。  そんなサキを見て力が抜ける。  「リョウタ、笑ってくれた…」  今度はサキが号泣しはじめて、大きな体を抱きしめた。背中を摩って、サキの嗚咽を聞く。  (サキもたくさん考えてくれたんだ。心の傷に向き合ったんだね)  「気持ち整理できたんだね」  「っうん!」  「俺、サキがいないとダメみたい」  「うん!」  「サキの1番に、なってもいいの?」  「1番だよっ!リョウタがいないと…俺はあの日のままだった!リョウタがいたから、俺は進めるんだっ!リョウタじゃなきゃダメなんだ」  泣きながら言うサキが愛おしくて、何度もサキの薄い唇に口付けた。 「サキ、俺も愛してる。俺はずっとサキが好きだよ。大嫌いって言ってごめんなさい」  サキは目が無くなるんじゃないかというほど泣いていた。少し前の自分のようで、でも、サキの涙は嬉し涙だから違うか、とぼんやり考えていた。  せっかくスーツを着て大人っぽいのに、泣き顔は子どもみたいでチグハグ。まだ大人になりきれないサキが好きで、スマート見えて不器用なサキが好きで、必死なサキが好きなんだと、拭っても拭っても溢れる涙を見ながら改めて実感した。  「リョウタが好き」  泣きながら、何度も何度も伝えてくれる。指を絡めて握られた左手は、離してくれない。でも、それでいいかとリョウタはサキのしたいようにさせた。  「サキ、迎えにきてくれてありがとう。ずっと不安だったんだよ?…サキのバカ」  「ごめんなさいっ、俺、リョウタが好き」  「ありがとう」  「リョウタ、ずっと俺のそばにいて。約束」  「うん」  「いなくなったりしないで」  「うん」  やっぱりサキにはトラウマなのだろう。そんなことしないよ、とキスをする。サキの好きだよと言う声がだんだん小さくなって、リョウタに体重が乗る。  「サキ?…ふふっ、寝ちゃった」  緊張したのだろう。たくさん考えただろう。何度も苦しい思いをして、そして向き合えた。 「サキはたくさん頑張ったんだね」  すやすやと眠るサキの頭を撫でて、そのままの姿勢のまま、ベッドから毛布を取ってサキに被せる。ネクタイやベルトを引き抜いて、シャツのボタンを少し開けた。  リラックスできたのか、気持ち良さそうな寝顔に変わった。 「リョウタが…好き…」  寝言でも言ってくれて、リョウタはクスクス笑った。  「俺もサキが好きだよ。」  薬指の輝きにリョウタは顔が熱くなった。  「参ったな。プロポーズじゃん」  今頃気がついて、リョウタは恥ずかしくて嬉しくて心臓がまたうるさくなった。  (ありがとう。サキがいて良かった)  リョウタもだんだん泣いた目がしょぼしょぼとしてきて瞼が落ちた。左手は繋いだまま。 

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