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第117話 おさらい

レンは迷った末に、ミナトの部屋を叩いた。  しばらくの無音の後、クマが酷いミナトがゆっくりと出てきた。  「すげークマ。大丈夫っすか?」  「うん…。思ったより早かったね。」  座って、と中に入れてくれた。たくさんのモニターの中の一つ、ミナトが編集中のものだろうか、それに目が入ってミナトを見る。  「情報屋のヘンリー。処分しといたから」  「……は?」  「そこでね、ヒロが」  「ちょっと待ってください。どういうことですか?」  あまりにも突然のことに混乱してミナトの話を遮った。いつなのか、誰が、たくさんの質問責めをした。  バン!!  「こんな危険な任務を!弘樹にさせたんすか!!?」  「…そうだよ」  「あんたらは弘樹を殺したいのか!?ヘンリーは頭がキレる。それは俺も認めてる!一筋縄ではいかない!だから、俺も考えて、考えて…っ」  力が抜けて、座り込んだ。頭を抱えてため息を吐いた。  「これ以上、仲間を巻き込みたくないんすよ。ミナトさん、分かってよ」  「うん。だから、ヒロを選んだ」  「どういうことですか?」  ギロリとレンがミナトを睨む。  「ヒロを試すために。」  思わずミナトの胸ぐらを掴んだ。息が荒いまま、至近距離で見つめ合う。  「アサヒはヒロを信用してなかった。でも、僕らにはヒロは必要。ヒロが有能だって見せる良いチャンスでもあったんだよ。」  「っ!」  「たまたま、タイミングがヘンリーになっただけ。別件があればそこに行かせてた。」  力が抜けて、ミナトに謝った。下を向いていると、ミナトがそっとレンを包んだ。  「レン、僕たちは大丈夫だよ」  「っ!」  「気を張り過ぎないで。もっと頼って」  「十分すぎるほど、頼ってますよ」  「…まだ足りないよ。もっと。」  この細い腕が、いつの間にか強くなったように感じた。あんなにも壊れそうで脆かったこの人が、頼もしくて安心した。  「俺は…頼られたいっす」  「ふふ。サトルに甘えたなレンが何を言うの」  クスクス笑われて、レンもそうだな、と笑う。でも、頼られたいのは本当だった。  (要らないと思われたくないから)  「あ。悪いけど、先に頼っていいかな?」  思い出したように顔を上げたミナトは、モニターの前に座ると、任務中の弘樹の映像を見せた。  「……。」  レンは静かにそれを眺めた後、ミナトの視線に笑った。  「よく死ななかったですね。」  「あ、やっぱりそう思う?」  レンは苦笑いして気になるところを巻き戻して説明した。  「まず、ここの主に怪しまれたら終わり。偶然ヘンリーが声をかけたから良かったけど、始まる前に終わる可能性がありましたね。まずはマスターから落とさないと。」  「へぇー」  ミナトは素直に驚いていた。  「んで、お酒は口をつけるフリはした方がよかったかな。マスターの不信感は募る。ただ、ここはヘンリーが株上げのためかもしれないけど。」  しばらく見ていくと、弘樹がヘンリーにどんどん心を開いていくのが分かる。  「あー…。素直はいいことなんだけどなぁ」  レンは頭をかいた。 「アサヒさんの不安要素、ここでしょ?」  「正解」  「人を知ろうとするのは良いことだけど、入っていっちゃダメなんだよなぁ。ま、今回はヘンリーが落ちたから結果オーライ。」  (そして、あのヘンリーの言葉は、弘樹がアサヒ一派だと分かっていてわざと伝えたものだ。…くそ)  ヘンリーの想いを聞いて、映像から目を逸らした。 (本気だから怖いんだよ。あいつは)  そこから弘樹が、ヒロから弘樹に変わっていく様子に冷や汗をかいた。また画面に釘付けになる。  (バカかこいつ。わざわざ正体をバラす?)  「ここはねー…みんな慌てたよ。ヘンリーが雇った奴らもきてるのに、ヒロはヘンリーにホールドされてるし…さすがに焦った。」  手に汗握る映像の中、弘樹がキャップを脱ぎ捨てた瞬間息を飲んだ。  (す…げぇ。こんなに動けるのか)  軽い身のこなし、躊躇ない攻撃と防御。瞬時の判断力。狭い空間、部屋の数も把握していないのにあの動きには驚いた。  「聞いて、レン。ヒロには、サトルの要らないレンになってもらう。」  「っ!」  「囮、潜入の専門にしたいんだ」  ミナトの強い意志を持った目に、泣きそうになった。  (やっぱり…俺は…)  「違うよ。レンが動きやすくなるためだよ。レンが情報収集している間、ここはどうしても止まる。それではレンの負担が大きい。ヒロが潜入していればレンが情報を補ったり深めたり、時には別の角度から見ることができる。」  ごくりと喉を鳴らした。  (大きく、なろうとしているんだ。)  「レンが個人で雇わなくても、ヒロが動ければ問題ない。漏洩の心配も裏切りの心配もない。…でも、アサヒは不安がってるから、教育を任せたい。」  (サトルの要らない、俺。…はは、想像もできねーよ」 レンはニヤリと笑った。  「パワハラで訴えられないように気をつけます」  「なにそれ。」  「俺、厳しいっすよ?仕事に関しては手を抜く気ないんで」  「ふふ。それでいいよ」  「ハルさんもサトルも甘いんだよ。俺の仕事は、一つのミスが壊滅の危機。徹底的に扱きます」  「頼もしいよ。ありがとう」  ミナトは笑ったあと、フラついたかと思うと机に伏せて眠ってしまった。  (ずっとこれやっててくれたんだ。ミナトさんには敵わねーな)  微笑んでモニターを見ていると、まだ映像が流れていた。  『ヘンリー、お前には荷が重い。』 『くそ!君よりももっと早く会っていれば』 『早く会おうが、来世だろうが、レンの隣は俺だけだ。』 銃声と、しばらくして大雨の音が鳴り響いたあと映像が止まった。  (あぁ…もう。また俺のために動いてくれてたのかよ…。)  レンは眉を下げて、真っ暗なモニターを見続けた。  「ありがとうな、サトル。ありがとうございます、みんな」 笑った拍子に涙が落ちた。 

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