118 / 191

第118話 スパルタ

「「いいなー!!」」  予想していた声にハルは苦笑いして振り向いた。弘樹の前に用意されたコース料理を羨ましそうにするリョウタとユウヒ。アイリはリンゴをウサギ型にしたら大人しくなったが、この2人はずっと抗議してきた。  (良いわけあるか!本人見てみろ。)  内心ため息を吐いて弘樹を見た。  「……っ、」  顔面蒼白。緊張して両手で持った似合わないフォークとナイフがカタカタと音をたてている。  1人だけ正装。バッチリ決められた髪型。姿勢を崩すことも許されない。目の前でレンが鋭い眼光で弘樹を見ている。  「ハルさん、何ですか?弘樹誕生日ですか?」  「あんな可哀想な誕生日があってたまるか!」  サキのアホみたいな質問に思わず強めに返す。確かに、と不思議そうに弘樹を見つめた。  他のメンバーにはいつものような家庭料理を用意して、座ろうかと椅子を引いた時だった。  「なんだぁ!?その食い方ぁあ!」  「ひいぃ!すみません!」  「乱暴に置くんじゃねぇ!」  「す、すみません!」  「コラァ!泣くんじゃねぇ!料理に失礼だろぉが!!料理の感想はぁ!?」  「はいっ!!と、とても美味しいです!」  「何が、どう美味しいか言ってみろ!」  リョウタとユウヒは静かに席について、いつもの家庭料理を静かに食べ始めた。カズキやアサヒも驚いたまま箸が止まっている。ミナトだけがいつも通りだった。  「ぅわぁあああん!あーーっ!」  「泣くなっつってんだろ!!」  「いやぁああああ!できないーーっ!」  ついに号泣する弘樹は涙も鼻水も流しながら大声で弱音を吐いた。止める気はないのか、レンはそのまま見ているだけだ。  「レンさん、これはいったい…?」  「テーブルマナーだ。」  「「テーブルマナー?」」  「あぁ。これから弘樹は特攻から俺の部下になる。これは基礎中の基礎。妥協する気はねぇ。」  ひっくひっくと泣く弘樹を、心配そうにユウヒが見つめる。  「えっ?じゃあ特攻は?」  リョウタが驚いてアサヒに聞くと、アサヒはニコリと笑った。  「お前、ハルからクビ宣言されたろ?出戻りだな」  「ちがいます!卒業です!」  「おんなじだ。とにかく、弘樹にはレンの仕事もしてもらう。情報屋の特攻、かな。」  「へー。かっこいいな!弘樹はすごいな」  「まぁリョウタは向いてないですね」  「何だとサキ!!」  久しぶりのやりとりにみんなは微笑んでいるが、ハルは弘樹が心配で仕方なかった。 「もういい。食うな。次は英語だ。ついてこい」  「ぅう〜〜っ、うぅ〜〜っ」  引き摺られて去っていった弘樹にみんなが同情した。  「ミナト、さすがに…」  「だって知らなかった。あんなにスパルタなんて。いや、本人は言ってたんだけど、そこまでとは…。」  ミナトはモグモグしながらアサヒに謝っていた。 「あれは、レンが自分でやっていたことです。」  サトルがご馳走さまでした、と手を合わせて頭を下げた後、淡々と話し始めた。  情報を貰うにはあらゆるジャンルの「常識」を知らなきゃいけない。できていないと舐められる。相手に見下された瞬間から命に関わると。  「だから、ミナトさんみたいに各国の情報はもちろん何ヶ国語も、そしてそれぞれの文化、作法、歴史を叩き込む。たとえばジェスチャーでも、国が違えば侮辱の意味となる場合がある。あれは、仕事をする上で必要不可欠なんです。」  全員が、へーっ、とリアクションをして、また黙々と食べ始めた。  「まぁ基礎の後は、記憶の仕方、相手の見抜き方、話し方、最終的には相手を落とす」  「大変そうだ…」  「そう。大変な仕事だ。だが、ヒロにはできる。大丈夫。」  サトルの言葉は心強くてハルは初めて安心した。おそらくアサヒもそうなのだろう、少し微笑んで弘樹の残したものを取っておくように指示した。  片付けが終わると、泣きながらレンの部屋から出てきた弘樹。普段着に戻ってリビングのソファーに座った。  「焼きそばが食べたいよぉ〜」  「ふは!安上がりな奴」  ハルは弘樹に笑って、残していたステーキも使って焼きそばを作ってあげた。すると涙も止まり、目を輝かせものすごい勢いで食べ、美味しい美味しいと笑った。  「んもー。ハルさん、甘やかさないでくださいよ」  疲れたのか、食べ終わった瞬間にテーブルで撃沈した弘樹を見た風呂上がりのレンが悪態をついた。  「食べ方汚ねぇな。」  「まぁまぁ。すぐにはできないだろ」  「俺はできた。」  「優秀なお前と一緒にするな。最近まで地下にいた奴だぞ」  「でも〜。」  レンは髪を乾かしながら、部屋に戻り、よれよれの英語のワークブックを取り出した。  「なんだ?これ。弘樹の?」  「そう。貰ったのは2日前。んで、全部暗記済み」  「はっ!?」  「嬉しかったんだとよ。勉強できるのが。だから、弘樹はそーゆー機会がなかっただけ。こいつは化けるぞ」  レンがニシシと笑う。  あのスパルタも期待あってのことらしい。  「マジ、リョウタじゃなくて良かったわぁ。リョウタは食べ物あげたら誰にでもついて行きそうだからなぁ。その分弘樹は賢い方よ。躾しやすい。」  「へえ」  「あの自頭の良さ見つけたミナトさんとサトルが怖いわ」  鼻歌を歌いながら部屋に戻っていったレンを唖然と見送って、ヨレヨレのワークブックを見た。  「すっげ…。暗号みたいだな」  漢字も苦手なハルには、当たっているのかも分からなかった。  (とりあえず、頑張れ!)  苦笑いして弘樹の頭を撫でた。

ともだちにシェアしよう!