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第120話 ボスの役目

明け方だった。  浅い眠りの中、聞こえた走るような足音。  そして、大声。  「カズキ、すぐ出るぞ!」  「アサヒさん、準備できました!」  リョウタは目を開けてぼんやりと視線を泳がせた。  「とにかくサキ優先!いいな!?俺は向こうに残る」  (え!!?)  飛び起きてドアを開けると、カズキとアサヒの姿は消えてしまった。 「リョウタ」  後ろからミナトの声がして振り返る。いつもの綺麗な顔なのに、冷や汗が止まらない。  「落ち着いて聞いて。サキが撃たれた」  「っ!?」  ヒュッと喉が鳴った。  とたんに冷えていく体。勝手にガタガタと震える手を、ミナトの細い手が包んだ。  「アサヒとカズキが向かった。大丈夫。」  ひゅーひゅーとした呼吸になって、心臓が激しく脈を打つ。  (どうしよう、どうして、なんで)  目の前がぼやけると、サキの笑顔や優しい顔が浮かぶ。指輪を触ると、発狂したように制御できなかった。  「うわぁああああーーッ!!」  ミナトに抱きしめられるが、パニックのまま叫び続けた。起きてきたハルも支えてくれたけど、リョウタにはどうすることもできない。  「ハル。」  「はい」  頭を打たれて、目の前が真っ暗になった。  ーーーー  「リョウタは?」  『ハルが気絶させて、とりあえずハルの部屋。やっぱりリョウタに行かせなくて良かった。』  「サトルは無事か?」  『弾が当たってないだけ奇跡。スナイパー同士はしんどいね。』  ミナトはまだサキの所に辿り着いていないサトルの無事を祈った。敵の人数も確認できないままサキを回収するために突入させるしかなかった。  『相手が上手だった。きっとサキを知ってる』  「つーことは、俺も見たことあるはずだ。まぁ片っ端からぶっ潰す」  アサヒ首をパキパキと鳴らし、停まった車から降りた。  「さぁて。始めますか。」  アサヒは久しぶりだなぁ、と伸びをした後、瞳を紅くして走り出すと、どこからともなく銃弾が飛んできた。  「バカだな。自分の居場所を知らせてんのか?」 ニヤリと笑って、アサヒは銃を取ったそこに向けた。  パァン!!  ……ドサッ  「チョロすぎ。サキもまだまだだねー」  いくつかの視線にも笑って1発ずつ撃ち込んでいく。  「なーんでこんな奴らに手間がかかるわけ?意味わからないんだけど。」  サキの任務をしていた場所に向かう。だんだん血の匂いが濃くなって、後ろには勝手に死体が転がる。  「サトルは優等生だから。しょうがない。」  アサヒは笑いながら出てきた人を撃っていく。弾切れでも敵から銃を取ればいいとずんずん進む。  「ミナト、サトルはもう下げろ。誤射したら悪いし。」  『もう下げたよ。アサヒの1発目で気付いたみたい。』  「さすが、優等生。」  アサヒは返り血を腕拭って、机の下で隠れている人を見つけた。  「よぉ。この角度から撃ったのか?さすがだな。横流し野郎。」  「ひぃいい!」  「うちのスナイパー撃っちゃダメでしょ?死にたいのかな?ん?」  「あ、あの、あの、子どもは、生きてちゃダメだ、狙撃を、人を殺す、技に、して」  「あ?お前だって人を撃っただろ。どう違うの?」  「お、俺は、あの子の道を戻さなければならない。そう、あの子の父親に誓ったんだ」  サキと知ってて撃ったと知り、こめかみに銃を突きつけた。  「道?道ってなに?」  「真っ当な、道だ。競技としての狙撃を」  「じゃああいつが独りになった時、何で助けてやらなかった」  「あ、あの時は、よゆ、余裕が、なくて」  「あいつが1番いて欲しい時に、支えて欲しい時にいなかった奴が、あいつの道を決めるなよ」  パァン!!  ドサッ!  「はい、終了。カズキ、サキは?」  「出血が酷い。ギリギリ急所は外れてる。なんとかしてみせます」  「頼むぞ。先に戻れ」  アサヒはそう指示して、撃ったおじさんを拾い上げた。服には六角形のバッジ。 「六角グループ …。武器密輸、横流しで儲けてる癖に何が真っ当な道だ。殺すぞ。…もう殺したけど。」  (今回、サキがグループのオーナーを殺して行き場が無くなるからだろうな。仇打ちってか?ガキ相手にクソジジイが) 投げ捨てた時に、ベストから写真が落ちた。サキの家族の写真だった。その後ろには、懺悔の言葉。  『許してくれ』  (…何をだ。…サキの一家は雪崩で死んだんじゃないのか?)  何か匂う気がして、このおじさんの服を漁る。ふと、少し離れた場所に銃のケースがあった。その中には、サキの名前が彫られた銃と、裏蓋には『誕生日おめでとうサキ。パパとママより』と書かれていた。  (何でこいつが…持ってんだ?)  当時では高級な競技用の銃。  そして、許してくれ、という言葉。  (まさか、こいつ、盗んだのか!?)  銃を持ち上げると、ぐしゃぐしゃの紙があった。その紙を広げると、遺書みたいなメッセージがあった。  『ちゃんと返そうと思ったんだ。サキの誕生日までには。まさか、雪崩だなんて。やっと取り戻したのに何故だ。謝りたい。必死で探していたのを見ていながら、何も出来なかった。サンタクロースのように、とどけるつもりだったんだ。限定品の銃だからと、金に目が眩んだ俺が悪い。神様どうか許してくれ』 アサヒはそれを読んでビリビリに破いてばら撒いた。  「何が真っ当な道だ!!!!!」  死体を足で強く踏みつけた。  「何でもっと早く!!届けてやらなかった!何で!!」  ひとしきり踏みつけた後、アサヒは座り込んだ。  「どんな顔して渡せばいいんだよ…。」  アサヒは銃のケースを見て、眉を下げた。  (雪崩は…誕生日前だったんだな。ガキのくせに…たくさん我慢したんだろうな…)  「クッソ!!!」  アサヒは地面を殴った後、ゆっくり立ち上がってそのケースを閉じて、大事に抱えた。  (俺が、確実に届けます。だから天国のパパママ、あいつをまだ、ここにいさせてください)  ぎゅっと目を閉じて祈った。 

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