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第127話 ゲームオーバー
人は、頑張ろうと思っていても心がついていかない時がある。
何気ないルーティンの中で、何かを見落として、あれ?ってなって。
そこからズルズルと引っ張られていく。
(頑張らないと、頑張らないと)
常に崖っぷちで、後がなくて、毎日がゲームオーバー寸前。
弘樹は笑顔で毎日を送って、涙さえ流し方を忘れた。厳しい訓練も、ユウヒが取られるかもという不安も、新しいユウヒの相棒候補も、アサヒが気に入っていることも、全てがプレッシャーだった。
(頑張らないと、頑張らないと)
「弘樹?」
「はい。」
レンがじっと見つめてくる。それを笑顔で見つめ返す。もう癖みたいなものだ。
今レンが話したことや情報や知識は、不思議と頭に残っている。頭のいい人は教えるのが上手いな、なんて尊敬さえしていた。
「弘樹、しばらく休もうか。最近変だぞ」
「え?どうしてですか?今の、ものすごく興味深かったです。何でこの事件が起こったのかが、繋がりそうで…」
弘樹は嘘はつかなかった。本当に知りたいと思っていたが、レンはやめてしまった。
「弘樹、話をしようか」
「???…何のですか?」
「…泣きそうな顔して笑うな。何焦ってんの」
「焦ってなんか…」
一瞬、意味がわからなかった。
レンが渡してくれた鏡には、イメージした笑顔ではなかった。
(誰?こんな可哀想な子)
「ごめんな、詰めすぎた。弘樹が泣かなくなってから様子見てたんだけど…」
「そんなことないです!」
「もう少しスピードを落とそう。ゆっくりやろう。」
「嫌です!レンさん!」
レベルを下げられることが怖くて、必死にレンに縋った。やります、できます、と言うも、聞いてくれない。
(あぁ、どうしよう。もう…)
『ゲームオーバー』
そう思った瞬間、顔の筋肉が全部落ちた気がした。すとん、と。レンの声も聞こえなくて、首を傾げる。
(へ…?何?なんて言ってるの?)
必死に叫んでるような形相なのに、全く聞こえなかった。
「…っ、…?」
声の出し方もわからなくて、喉を押さえた。冷や汗だけがじわじわと背中や顔を濡らす。
(あ、限界だったんだ。)
レンが飛び出して行って、しばらくしてカズキとハルが入ってきたが、2人の声も聞こえなかった。
(いよいよ役立たずじゃんか。大好きな人の声も、聞こえないや)
笑いたいのに、筋肉の動かし方が分からなくて、ぼんやりと見つめた。
「っ!」
ハルが強く抱きしめて、ハルの心臓の鼓動が伝わって、聞こえた気がした。
(あったかいなぁ…。)
ずっとここにいたい。もうここから出たくないと、心から願うほど、弘樹は追い詰められた。我慢の限界が、支障として体に現れた。ハルから離れるのが怖くて、誰にも会いたくなくなった。いっそ地下の方が居心地が良かったと、そう思うほどにつかれていた。
「ヒロ、聞こえる?」
ユウヒが目線を合わせてくれた。
やっぱり分からなくて、ハルに隠れた。泣きそうな顔をするユウヒが不思議だった。
(何で?ユウヒは今幸せじゃないか)
ユウヒが弘樹の手を握った。そしてその手をユウヒ頬に当てた。
『す、き、だ、よ。ヒ、ロ』
ニコッと笑ったユウヒに驚いて息が止まりそうだった。ハルに抱きついたまま、目だけはユウヒを追う。
『す、き』
何度も何度も伝えてくれた。
返すことは出来なくて、ハルに隠れると頭を撫でてくれた。
(ユウヒの声、聞きたかったな…)
思い出せるように、集中して耳を澄ますけど、無音のままだった。ハルに支えて貰って立ち上がると、平衡感覚が分からなくて、尻餅をついた。目の前も歪んで、床に吐いてはまた迷惑をかけた。
(アサヒさんにバレたらどうしよう)
使えない奴と思われる、そう思うと、だんだを呼吸ができなくなって、ついに呼吸の仕方が分からなくて意識がとんだ。
『母さん、辛いよ。迎えに来て』
『貴方にはやるべきことがある』
『もういいんだ。疲れた。みんな俺のことが邪魔なんだ。何も出来ないから嫌いなんだ』
『いいえ。みんなではありません、貴方が自分を嫌っているの』
『みんなに嫌われる俺は嫌いだ』
『人の好意を受け取れない愚か者を迎える気はありません。自分を見直しなさい。』
「…?」
弘樹が目を開けると、弘樹の部屋のベッドに寝かされていた。ホワイトタイガーの大きなぬいぐるみを抱きしめていた。
ベッドの周りに、たくさんの物が置かれているのに気がついた。
(うさぎのぬいぐるみ…?あ!アイリちゃんからの手紙もある!)
ドキドキしながら可愛い便箋を開く。
『ヒロくん、早く元気になってね。アイリのぬいぐるみ貸してあげる』
丸い文字が可愛くて、ほかほかした。アイリの代わりにうさぎのぬいぐるみを撫でた。
(あー!これ絶対リョウちゃん!)
紙袋に入った甘い香り。中を見るとシナモンロール。紙袋には『サキには内緒だぞ!』と大きく書かれていた。
思わず笑っていた自分に驚いて顔をマッサージした。
カズキさんからは、無理をしないこと、寝ること、食べることと書かれたメモ。そのメモの下には分厚い、年季の入った本。
『俺が、お前と同じ歳の時のお気に入り。貸してやる。自分で翻訳しろ』
英語で書かれたその本は、翻訳しろと書いてあるのに、レンが調べた後がたくさん残っていた。それをヒントに読み進めると、確かに面白くて引き込まれた。時を忘れて読み耽って、リョウタからのシナモンロールを口に詰めながら、本をめくった。
最後のページには、手紙が挟まれていて、
『俺がここに来た理由』と書かれていた。
(…レンさんの、話?)
レンの綺麗な字が綴る、レンの過去。
弘樹はそれを夢中で読んだ。
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