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第128話 『俺がここに来た理由』

自慢じゃなくて、何となく要領が良くて、何となくいつも上位にいた。  家柄も、成績も。  でも、刺激がなくてつまらなかった。  ちやほやしてくる大人達の目的も察していたし、表情から何を考えているのかが分かって、人が大嫌いだった。  だから、日本を出たくてたまらなかった。  ここは性に合わないと言い訳して、逃げたかった。息苦しかった。理想を押し付けられる環境も、外交官の息子という肩書きも全部。  夏休みになれば1人で海外に行って、いろんな所を見た。同じ時間が、まるでちがう時間みたいで面白かった。 ガイドブックに載っていない所にも興味を持った。 一本、通りを外れただけで、別世界が広がった。  (無法地帯…。ここが、そうなんだ)  踏み入れてはいけないと、本能が警鐘を鳴らしたのに、興味が足を動かす。  (あぁ…ほら。)  すぐに、餌食にされた。  一瞬だった。  訛りが強くて分からない言語。たぶん、その界隈での業界用語。 (…売られる)  何度も出てくるワードを結びつけて、自身の向かう先が分かった。縄をこっそり解いて、トラックの荷台から飛び降りた。  場所が違えば即死。でも、こいつらが高速道路なんか、検問のあるところを通るはずないと踏んで、賭けに出た。  (よし!!)  ゴロゴロと転がって、すぐに建物の影に隠れた。持ち物は何一つ残っていない。 ひと息ついたところで、終わりを確信した。  向けられた至近距離の銃。 あまりにも驚きすぎて何も出来なかった。 覆面をした人がぼんやりと見えた。 パァン!!  音がした。  目の前の人が吹き飛んだ。  「こんなとこで何してんだガキが!!!」  駆けつけた若い男の人。  日本語。  「ミナト、行方不明のクソガキ見つけた!」  桜井アサヒとの出会いは、アサヒの任務だった。大きな手と、説教が、嬉しくて、泣きながら着いていった。その道中にも何度も何度も守ってもらって、無事家族の元に返されるまでずっと握ってくれた手が恋しかった。  「ねぇ、俺もお兄ちゃんみたいになりたい」  「無理だね!こんな貧弱で!知ってるか?お前高く売れるらしいぞ!いい所に買ってもらえ」  「お兄ちゃんになら安くてもいいよ」  「一丁前に交渉してくんな。俺が必要だと思えば買ってやる。でも俺はお前を必要だと思わないからいらねー。」  「要らない」と初めて言われた。  みんなが自分のことを出世のために必要にしているのに。  ーーーー 自慢じゃなくて、何となく要領が良くて、何となくいつも上位にいた。  家柄も、成績も。  ーーーー  桜井アサヒには通用しなかった。全部無意味なのだ。 だから、ワクワクした。絶対必要と言わせると、絶対買ってもらうんだと。今あるものを捨ててでも。 「じゃあなクソガキ!もう変なとこに行くんじゃねーぞ。せめて日本にしろ。食があわねーからストレスだったぜ」  「日本なら…また会える?」  「…残念。もう会えないよ。お前は、俺の方に来るな。お前には素晴らしい未来が待ってんだ」  ぐしゃぐしゃと頭を撫でられて、少しドキドキした。 また会うことしか考えてなかった。  そこからたくさん勉強して、全て完璧にした。見た目も、知識も、人脈も。路地裏に回ったり、バーに通ったり、お偉いさんとも友達が増えた。  その中で、不穏な情報があった。  (取引…。人身売買。日本でもあんのか)  嬉しそうに小さな女の子の写真を見せる、大手の会社取締役の息子。その中には様々な子どもたち。そして、見覚えのある子どもも。 (利用させてもらいます。)  話を合わせて、気に入った子がいる様に見せて、オークション先に潜入もできた。 (さて。ここからだ。)  目的は、桜井アサヒに必要とされること。情報が正しいと、信憑性が高いとアピールするために。 桜井アサヒのブレーンには届いているはずだ、やっとみつけたメールアドレス。これは依頼用。そこに今日の情報を流した。ハッキングさえされていなければ、確実に来る。  「今日の目玉商品は…」  口角が上がった。  銃声と喧騒。桜井アサヒの部下たちが子ども達を保護する。汚い大人達が慌てふためく。 ゾクゾクした。  (あ、俺がやりたいことは、これだ。)  逃げ惑う人の中、1人にしか目がいかない。  (貴方も現場に来たんですか。貴方が動くのは、本当に任務の難易度が高い時だけ) それもそうかと、その人に近付く。  幼い男の子を抱きしめる桜井アサヒ。  そして、泣き喚く小さな男の子、彼にそっくりな息子のユウヒ。  「お久しぶりです。お兄ちゃん。俺を買ってくれません?」  「ははっ!安くても文句言うなよ?」  「もちろん。価値は自分で上げてみせます」  「食えねぇガキだな。相変わらず。物好き」  「何とでも。貴方に買って貰うために相当頑張りました」  「家柄も捨てるとかバカかよ」  ーー 自慢じゃなくて、何となく要領が良くて、何となくいつも上位にいた。  家柄も、成績も。  ーー  そんなのいらない。  俺がやりたいことはここにある。  覚悟はあの日、握った手の大きさに憧れた日から変わってない。  一生この人に着いていく。  お前にはいるか?  着いて行きたい、理想の人は。 ハルさんでも、アサヒさんでも、ユウヒでもいい。 弘樹がそばにいたい人が、必要だと思ってくれるように、やるしかないんだ。 選ばれるんじゃなくて、選ぶしかない選択肢を突きつけてやれ。  待ってるだけじゃダメだ。  何も変わらない。  動け。弘樹なら、できる。  俺が保証する。  何故なら、俺が弘樹を選んで、育ててる。  もうお前は選ばれている。  それだけは、忘れるな。  ーーーー  弘樹は最後の文面で、その手紙を濡らした。  レンの過去、どうありたいのか、どうあるべきかを考えるきっかけになった。  (この人から、もっと学びたい)  しゃくりあげながら、何度も何度もその手紙を読んだ。

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