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第169話 ドアの向こう側
コンコン
リョウタはノックの音に目を覚ました。少し動くと目の前がぐらりと歪む。真っ暗な部屋に、ケータイの明かりだけが青白くその場を照らす。
ヴーヴー ヴーヴー
今度はそのケータイが震えた。なんとか手を伸ばして画面を見て、応答した。
「サキ」
『良かった。気が付いたか?』
「うん。ここは…どこだろ…真っ暗だ」
『お仕置き部屋だ。お前またアサヒさんに向かったんだろ?体は大丈夫か?』
「動いたらぐらつく。」
目眩がして目を閉じた。サキの呆れた声を聞いて、心配かけたことを知った。
「サキ、こっち来て。抱きしめてよ」
『行けないよ。開けるなって言われてる』
「え?俺、閉じ込められてるの?」
『そうだよ。お前がしっかり休むようにって』
リョウタは床を這いながらドアに近づき、手で押してみるもびくともしなかった。少しの重みも感じる。
「リョウタ」
電話口ではなく、ドアを隔てて聞こえたサキの声。通話を切って、サキに向かって声をかけた。
「サキ。俺…アサヒさんに…八つ当たりしちゃった…」
「うん、そうだな」
「自分の弱さを目の当たりにして、怖くなった。悔しかった。だから…」
「リョウタ」
「ここで止まってる場合じゃないんだ」
「っ!」
開けて、とサキにお願いした。
でもサキはダメだと言った。
目の前が歪む。
(誰も、分かってくれない!!)
ドン! ドン!!
ドアを思いっきり蹴って、頭に血が昇る。
「開けろよ!!出して!!」
「リョウタ」
「開けてくれないなら、こんなドア」
パキパキと指を鳴らす。
短く息を吸うと、足に鋭い痛みを感じた。
パァン!!
リョウタは足を抑えて倒れ込んだ。
ドアを貫通している小さな穴。転がるゴム弾。
「お前の暴走を止めるのは俺だ。」
「…!」
「やっぱりまだだ。今のお前は外に出せない。アサヒさんの言う通りだ」
「…っ、」
「リョウタ、こっちに来て」
リョウタはゆっくりと立ち上がり、またドアに近づいた。サキが音を立てるところに手を当てた。
「リョウタ、大丈夫」
「何が…だよ。全然…大丈夫じゃない…」
「奇襲には奇襲で返す」
「え?」
リョウタは思わず顔を上げた。
「弘樹がトキカゲのところに潜入した。然るべき日まで、リョウタがやることは冷静になることだ。」
「冷静…?俺なんか冷静になったところで」
「周りを見て動ける。…アサヒさんがリョウタを評価している点の一つだそうだ。」
(アサヒさんが?)
「リョウタ。強さが全てだと思うか?」
「……。」
「じゃあなんでテンカは堕ちた?強さが全てならまだ生きてるはずだ。でも奴はもういない。強さは全てじゃない。」
「……。」
リョウタは足から力が抜けた。ずるずるとドアを伝って床にペタンと座った。
「今の最善を尽くすことができる。必要ならそれ相応の力を発揮する。それがリョウタだ。仲間も認めてる」
リョウタは鼻の奥がツンと痛くなった。
「冷静になりきれないほど、最善が浮かばないほど働きすぎて、疲れていた。今回の敗因は、たったそれだけだ。」
だから休もう。
サキの声は優しくて、短く呼吸しながら聞いていた。カリカリとドアを引っ掻いて、声を殺して泣いた。
「サキ…っ、ありがとう」
「うん」
「ごめんなさい…っ」
「うん」
こんな日は甘えたい、サキに触りたい。でも、このドアが開くことはない。貫通した穴も小さすぎて見えない。
「サキぃ…っ、さき、っ、ごめん、なさいっ、ごめんなさい」
「泣くなよ…今は抱きしめられないんだから」
サキは歯痒そうに声を絞る。
もどかしくて、ドアにくっついて少しでもサキに近づきたいと身体を寄せた。
「リョウタ。リョウタがしっかり休んで元気になったら、抱きしめるから」
「うんっ」
「リョウタ、おやすみ」
「……おやすみなさい」
嫌だったけど挨拶を返して、しばらくそのままでいた。ドアの向こう側のサキは動く気配が無くて、不思議だった。
「サキ?」
「早く寝ろ。寝るまでそばにいるから」
サキの優しさに心が少し温かくなってリョウタは素直に目を閉じた。
ーーーー
「すぅ…すぅ…」
聞こえた寝息にサキは安心して窓を見た。月が綺麗な夜だ。ゴム弾の銃を取り出して床に置いて、サキも廊下に横になった。
「さっさと復活しろよ、リョウタ」
おやすみ、とドアにつぶやいてサキも目を閉じた。
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