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第171話 奪還作戦
トキカゲを知るために潜入したのに、弘樹は依頼人に付くばかりで焦っていた。
(何か情報を…何か…)
秘書は弘樹を気に入ってくれているが、だからといってトキカゲに会えるわけではない。
そして、困ったことが1つ。
「藤堂くん、ほら、こっちにおいで」
「はい!」
依頼人のクラブオーナー。
この人からは何も情報が得られないばかりか、セクハラの毎日。情報が取れない人には時間を使いたくもないし、好かれたくもない。少しの可能性を信じてみても、意味のない時間は残酷に流れる。
(これでいいのか…?これがベスト?)
毎晩毎晩考えて、分からなくて、眠れなくなる。極度のストレスで、顔が真っ青になって、コンビニで女性用のメイク道具まで買った。
今夜はクラブオーナー主催のパーティー。人が多い分神経もすり減っていくが、トキカゲの姿を見ることができた。すぐに近づこうとするが、人集りで近づけない。
『ヒロ、いいから。行かなくていい』
レンの声にピタリと止まる。
やっと見えたターゲット。なのに、ストップの指示。戸惑っていると、手を引かれる。
「えっ…?」
手を引いたのはユウヒだった。高そうなスーツに、整えられた髪型。雰囲気を変えるカラコン。
「遅くなった。」
「え?あ、あの?なんで…」
「いいから。」
ユウヒは弘樹を引っ張ってトイレに押し込んだ。そこにはボストンバッグ。
「待ってるから着替えろ」
そう言われてボストンバッグを開けると、弘樹は目が飛び出しそうなほど驚いた。
「ユウヒ!?なにこれ!」
「あ?知らねー。レン兄がこれに着替えさせて脱出しろって言うから。」
ユウヒは中身を知らないようで早くしろよとイライラし始めた。
(マジか…マジなのか?ついに!)
弘樹は緊張しながら服を脱いだ。
キィ…
「遅…い、」
トイレのドアをゆっくり開けると、ユウヒは固まった。
「な、何してんのお前…」
「だって指示じゃないか!俺だってヤダよ!」
ブロンズのロングヘア。シックな黒のロングドレス。黒のピンヒール。メイク道具まであったが、使い方がわからずグロスだけ塗った。
「ユウヒ、どこから出るの?」
「……」
「ユウヒ?」
「お前…胸…」
「あ、これはヌーブラ」
ドレスの間から見せるとユウヒは顔を真っ赤にして目を逸らした。
「ユウヒ、早く行こうよ。」
「うっせ!似合いすぎて調子狂うんだよバーカ!バカ!バカ!」
ユウヒが弘樹の腰に手を回すと、弘樹はビクッと跳ねた。
「レン兄がこうしろって」
「歩きにくいから助かるよ、ありがとう」
ニコリと笑うと、こっち見るなと怒られた。
トキカゲの前を堂々と歩いても気づかれないまま、カズキが運転するバンに乗り込んだ。
「ふぅーー!疲れたァア!」
「お疲れ様。」
弘樹は横になると、ウィッグをすぐに取った。ユウヒは残念そうに見えて、イライラした。
「何。女がいいって?」
「こらこら。戻ってすぐ喧嘩ふっかけないの」
「ちげーよ!お前の女装、誰にも見せたくなかっただけだし。」
ユウヒはプイッと反対側を向いた。でも手のひらが、弘樹の膝に置かれた。
「ユウヒ?」
「お疲れ。頑張ったな」
ユウヒは目を合わせないままだった。弘樹はその手のひらの上に手を重ねると、ゆっくり握り込まれた。
(久しぶりのユウヒ)
意識すると、とんでもなくドキドキして、弘樹はもう何も言えなくなった。
(早く着替えて、ユウヒと寝たい)
2人は無言のままアジトに戻った。
こうして、『ヒロ奪還作戦』は無事完了した。
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