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第175話 聡い人

あの日から2人は何もなかったかのように任務をこなしている。レンはあの後、普通に戻ってきたし、同じ部屋のままだし、何も変化がない。 (すごいな…俺ならきっと任務に支障が出ちゃうかも。)  大人な2人を見てカッコいいなと思っていた。 「リョウタ、少し来てくれる?」  リョウタはミナトから呼ばれて、ミナトとアサヒの部屋に入った。そこにはあの日レンが壊したインカムがあった。  「2人の様子がおかしいんだ。何か知らない?」  「え?」  「レンが車に乗ったあたりからここに音声は届いていない。もちろん映像も。レンが何かしたのは分かるんだけど…。こういうことが初めてで」  ミナトは眉を下げてリョウタを見つめた。困った様子のミナトは珍しかった。  「あの日から2人の距離がおかしいし、何よりお互いが壁を作ってるみたいで…。」  ミナトにはそう見えていたことに驚いた。リョウタは自分が表面しか見えていないことに初めて気付いた。  「あの任務のあと、2人が言い争ってました。サトルさんも機嫌が悪くて…それにレンさんが怒って…。トキカゲと寝たことが、サトルさん…傷ついたみたいで。でも、それはレンさんには伝わってなくて…」  何といえばいいのか分からないが、リョウタは一生懸命伝えた。ミナトはうんうん、と優しく相槌をうち、急かすことなくリョウタの言葉を聞いてくれた。  「なるほどね…。でも珍しいね、サトルがそんなこと言うの。」  「はい…。サトルさん、泣いてました。」  「え?サトルが?」  「きついって、泣いてました。」  ミナトは目を見開いたあと、眉を下げて机に伏せた。  「あぁ…2人に無理させちゃった…」  「ミナトさんが悪いわけじゃ…」  「サトルはね…レンがいるからここにいるんだよ。レンみたく、アサヒに憧れて、とかではない。サトルからレンが離れれば、サトルはもたない。」  ミナトはどうしよ…とうつ伏せのままこもった声で呟いた。 「この間からサトルは変だった。気付いてたのに。」  「変…でしたか?」  「トキカゲの尾行任務で疲れてたでしょ?レンも任務続きだったし。少し休ませたらよかった。」  ミナトはカレンダーを見た。つられてリョウタも見上げると、印がつけられていた。 裁判は明日。  「明日でとりあえず区切りができるはず。リョウタ、2人を頼んでいい?」  「な、何をすればいいですか?」  「2人を見てあげて。話したら聞いてあげて。そして、僕に伝えて。」  「はい!」  元気よく返事をすると、いい子、と頭を撫でてくれた。笑っているが、心配そうな微笑みだった。  (トキカゲの奇襲から、不穏な空気が漂っている…俺が弱かったから…あそこで取り逃したから…!俺が、2人に迷惑かけちゃったんだ…!)  「リョウタ」  「はい!」  「リョウタは悪くない。大丈夫。」  「っ!」  「力抜いて。目の前のやるべきことをしよう。」  「はい!」  また頭を撫でてもらえた。 今度は優しい微笑みをくれた。 

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