175 / 191
第175話 聡い人
あの日から2人は何もなかったかのように任務をこなしている。レンはあの後、普通に戻ってきたし、同じ部屋のままだし、何も変化がない。
(すごいな…俺ならきっと任務に支障が出ちゃうかも。)
大人な2人を見てカッコいいなと思っていた。
「リョウタ、少し来てくれる?」
リョウタはミナトから呼ばれて、ミナトとアサヒの部屋に入った。そこにはあの日レンが壊したインカムがあった。
「2人の様子がおかしいんだ。何か知らない?」
「え?」
「レンが車に乗ったあたりからここに音声は届いていない。もちろん映像も。レンが何かしたのは分かるんだけど…。こういうことが初めてで」
ミナトは眉を下げてリョウタを見つめた。困った様子のミナトは珍しかった。
「あの日から2人の距離がおかしいし、何よりお互いが壁を作ってるみたいで…。」
ミナトにはそう見えていたことに驚いた。リョウタは自分が表面しか見えていないことに初めて気付いた。
「あの任務のあと、2人が言い争ってました。サトルさんも機嫌が悪くて…それにレンさんが怒って…。トキカゲと寝たことが、サトルさん…傷ついたみたいで。でも、それはレンさんには伝わってなくて…」
何といえばいいのか分からないが、リョウタは一生懸命伝えた。ミナトはうんうん、と優しく相槌をうち、急かすことなくリョウタの言葉を聞いてくれた。
「なるほどね…。でも珍しいね、サトルがそんなこと言うの。」
「はい…。サトルさん、泣いてました。」
「え?サトルが?」
「きついって、泣いてました。」
ミナトは目を見開いたあと、眉を下げて机に伏せた。
「あぁ…2人に無理させちゃった…」
「ミナトさんが悪いわけじゃ…」
「サトルはね…レンがいるからここにいるんだよ。レンみたく、アサヒに憧れて、とかではない。サトルからレンが離れれば、サトルはもたない。」
ミナトはどうしよ…とうつ伏せのままこもった声で呟いた。
「この間からサトルは変だった。気付いてたのに。」
「変…でしたか?」
「トキカゲの尾行任務で疲れてたでしょ?レンも任務続きだったし。少し休ませたらよかった。」
ミナトはカレンダーを見た。つられてリョウタも見上げると、印がつけられていた。
裁判は明日。
「明日でとりあえず区切りができるはず。リョウタ、2人を頼んでいい?」
「な、何をすればいいですか?」
「2人を見てあげて。話したら聞いてあげて。そして、僕に伝えて。」
「はい!」
元気よく返事をすると、いい子、と頭を撫でてくれた。笑っているが、心配そうな微笑みだった。
(トキカゲの奇襲から、不穏な空気が漂っている…俺が弱かったから…あそこで取り逃したから…!俺が、2人に迷惑かけちゃったんだ…!)
「リョウタ」
「はい!」
「リョウタは悪くない。大丈夫。」
「っ!」
「力抜いて。目の前のやるべきことをしよう。」
「はい!」
また頭を撫でてもらえた。
今度は優しい微笑みをくれた。
ともだちにシェアしよう!