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第35話

未緒と一緒に館に来た燕尾服の男とは顔が違っていた。別の男だった。 「本日の菖蒲の間の受け子だよ。今回が初卸し日だ。よろしく頼むね」 「はい、承知いたしました。こちらへどうぞ」 天沢は未緒の手を放し、軽く背中を押した。 「行っておいで。怖くないよ。快楽に身を任せれば、この世界も楽しいはずだよ」 バイバイと手を振る天沢。 「どうぞ、こちらへ」 燕尾服の男が、夕刻で暗くなり始めた足元を行灯で行く先を照らす。 一歩ずつ天沢の手を借りず、履きなれない底の高い下駄で、裏門の燕尾服の男のもとへ足を進ませた。 燕尾服の男のところまで行ったところで、再び後ろを振り向き、バイバイと手を振っている天沢に一礼した。 燕尾服の男が未緒へ手を差し延べた。 未緒はその手に手を添え本館を出た。 館を出ると外の森林の香りがした。懐かしい。自分の育った田舎はいつもこの香りがしていたものだ。 農業の次男坊。畑は長男が継ぐ。畑の大きさ次第では次男坊も農業職に就ける。 家にはそれだけの畑があったが、昨年の不作に次、今年も不作になってしまった。 口減らしの為都会への奉公へと出されたが、未緒の担当した口減らしが未緒の美少年ぶりを見て、身請け先が、小売業の服問屋から口減らしの独断で男娼屋行きとなった。 その方が手数料が取れたのであろう。 そして男娼屋は顧客の榊から初物の美少年が出たら、連絡するよう言付かっていた。

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