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第4話

 支店から中枢部への異動だからどんな逸材なのかと楽しみにしてはいたがまさかこんなにも最悪な出会いかたをするとは思わなかった。 「藤巻圭(ふじまきけい)です。よろしくお願いします」  薬を飲んだ後にすぐ上役達が出社して来たため、それ以上彼が何か言ってくることはなく、朝礼が始まった。  一日の予定の後に簡単な自己紹介をする彼の姿を見るだけでどうしようもない欲求が湧いてくる。  番(つがい)と呼ばれる相手がいればフェロモンを発することはないらしいが、そんな相手もいないため誰彼構わず誘惑するし性欲も強い。  ただ、今はヒートの周期ではないので一般的に相手を強く惑わせる香りを発していないはずだ。それでも多少は人を引き寄せるフェロモンは出ている。  それを嗅ぎ取ったということは、彼のa属性に誘発されたのか、もしくは彼がにおいに敏感なのかもしれない。  これから関わっていかなければならないのに近寄るだけで反応を示しているようでは仕事にならないだろう。  玲也は小さく息を吐いた。    引き締めた表情で淡々と仕事の説明をする。それを逐一メモを取りながら聞いてくれている。仕事に関してストイックなのは良いことだ。  彼は朝、玲也の髪に触れたところで留まり、それ以上の接触はしてこなかった。  指導を受ける身であるとわかった途端口調もフランクなものから敬語に変わった。  空調など必要のない安定した室内の気温は過ごしやすい。そろそろ昼にさしかかろうという時間だった。 「藤巻さん、お昼はどうしますか?」 「時津さんは?」 「弁当を持って来ているので、食堂で食べます。オフィスでは飲み物以外食事が出来ないので昼は食堂で」 「そうなんですね。今日は様子見で何も持って来ていないので、食堂で何か買おうかと考えています。食事は誰かと摂りますか?」 「基本的に一人で食べています」 「……」  何か言いたそうにしていた藤巻は一旦開けた口を閉ざした。  誰かと食事をすると必然的に会話をしなければならないという義務感が生じてくるので、本当に苦手なのだ。食べるならば食べることに集中したいのが玲也の考えだった。  だから一人を好むし、誰かと一緒に何かをするということも昔の虐げられていた時のことを思い出してしまうので苦手だ。  見た目は年下の彼はどうやら納得してくれたようで、食堂まで案内がてら一緒に行き、あとはわかるだろうと別々に行動した。  食堂では高校時代に後輩だという部下も来ており、食券売り場にいて何にしようと考えているようだった。同じ部署にいるので顔もわかっているだろうしお互い話も盛り上がるだろう。  玲也は一人、空いていた席についた。  大学時代に親元を離れてから、弁当は自分で作るようになった。もちろん面倒だと思う時もあるので食堂やコンビニエンスストア、チェーン店で出来合いを買う時もある。  コンビニエンスストアやチェーン店ではついつい誘惑に負けて余計なスイーツや飲み物まで買ってしまうから困りものだ。期間限定という文句はなぜあんなに購買意欲をそそられるのだろう。  一人での食事には慣れているし、楽だ。  食べ物のにおいで溢れる空間で自分の袖口をそっとにおってみる。当然周りのにおいにかき消されて自分のにおいを嗅ぎわけることなど出来ず、ただパリッとしたシャツから洗剤の爽やかなにおいが微かににおっただけった。  におうと言われたのなど久方ぶりのことで、どう対処していいのかわからない。仕事中に他の者から変な視線を送られることもなかったので、彼の、藤巻圭の嗅覚が鋭いだけなのかもしれない。  それとも薬が効いてくれたのか。可能性をいくつかピックアップしていきながら食事を摂る。  二段弁当箱の少ない方に艶めいた白米。多い方に作り置きのマスタードチキンだとか野菜を入れた鮮やかな卵焼き、かぼちゃのゴマ和えなどをつめている。毎回沢山作り、それを小分けしたタッパーに入れて、少しずつ消費していくのが習慣になっていた。  一人暮らしを始めた頃はどうしていいかわからずに単品をひたすら食べて物足りなさを感じていたので、いくつかレシピを常備しておくことが大事なのだとこの数年でやっとわかった。  何もしたくない時にも冷蔵庫を開ければ何かしらあるのも頼もしい。

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